第21話 パンデモニウム

 メリーサは緊急事態を報せる魔道具マナクラフトのアラートを聞きながらヴェルネータを駆ける。

 不測の事態のためにヴェルヘムに待機させていた数十の兵を連れ施設に直行する。

 アラートは侵入者の存在を報せる重要度の高い警報だ。


「付いてこれる者だけ全速力で付いてこい! 遅れる者は捨て置く! 後から合流しろ!」


「りょ、了解っ!」


 メリーサの速度に付いてこれない兵を置き去りにしながら、彼女は施設を視界に捉える。 

 外観は破壊されているわけではなく、アラートが無ければ緊急事態に陥っている風には見えなかっただろう。

 侵入者は強行突破ではなく、映像魔法に映らず、監視員に察知されることなく施設に入り込んだようだ。


「鼠が……」


 細剣を抜き放ち、付いてこれた十数の兵を従え施設に突入する。


「総員、直ちに敵勢力を排除せよ」


 瞬間。


「——通さない」


「ッ!」


 銀閃がメリーサの頬を掠めた。

 煌めく白刃を間一髪で躱したメリーサは身体に染み付いた動きで反撃を繰り出す。

 一瞬の内の三連突き。しかし手応えはない。細剣の軽さと速さを十全に活かしたカウンターは、翻る襲撃者のローブを突くだけに留まった。

 距離を取った襲撃者は、頭蓋の被り物をカラッと鳴らす。


「躱すか、手練れだな」


「…………」


 襲撃者の得物はメリーサと同じような細剣と、白銀の長槍。

 佇まいは流麗で、隙が無く、水のように掴みどころがない。

 中級執剣武官であるメリーサが手放しで褒めてしまう程に、その立ち姿は洗練されていた。

 

 しかし、襲撃はそれだけにとどまらない。


 ドゴンッッ!

 直後、メリーサの後方で起こる爆発音。そして兵たちの悲鳴。

 目の前の敵から目を離すことが出来ないためメリーサは振り返ることはないが、想像するだけでも兵たちに甚大な被害が出たことがわかる破壊音だ。


「メリーサ様ッ! 対峙敵影一人! 同じくローブと獣の頭蓋です!」


 その状況に気付いた部下の報告に、メリーサは舌を打つ。

 現在の敵影二人。施設の中には何人入っているかわかったものではない。

 勢力、目的のわからない襲撃者ほどやり辛い。


 だが、とメリーサは対峙する襲撃者を睥睨する。

 動物の頭蓋とローブ。その特徴は、関係者全員に周知されている。


「アスタロト商会……だな?」


「…………」


 襲撃者は答えない。肯定も否定もせず、ただ獣が獲物を狙うようにメリーサが生み出す隙を今か今かと待っている。

 立ち姿だけでなく、問答においても隙は少なそうだ。メリーサは反応を引き摺り出そうと言葉を紡ぐ。

 ここで排除するにしても、アスタロト商会とやらの目的はハッキリさせておくに越したことはない。


「霊薬を知る者。帝国に楯突く愚か者ども。……貴様らの目的とはなんだ」


「…………」


 カラ……。

 すると、なんの反応も見せなかった目の前の頭蓋が傾く。

 まるで「何言ってんの?」とでも言いたげに右に首を傾げたようにも見える。


「あくまでとぼける気か。メギスト森林での策を邪魔した際に自分で正体を明かしたのだから、我々はそれを宣戦布告として受け取っているぞ」


 メリーサの言葉に、襲撃者は次に左に首を傾けた。

 煽っているような行動に、メリーサは細剣を強く握りしめる。


「貴様の正体も、私には見えているぞ」

 

 作戦を失敗して情報を持ち帰った下級執剣武官デムシュの報告によれば、『会長』を名乗るアスタロトとやらの外見は馬の頭蓋。目の前の者は肉食獣のそれだ。アスタロト本人ではないのだろう。

 つまりアスタロトとやらは施設に侵入している可能性が高い。

 狙いは……幻獣・天葬の紫しかいないだろう。


 外でアスタロトの目論見を護衛する姿から、自分たちを足止めしようとする彼らの行動も自ずと理解できる。

 彼らの存在も、周知されているからだ。


「アスタロト商会直属、『傭兵団パンデモニウム』。聞くところによれば、相当な手練れらしい。先ほどの撃ち合いを鑑みれば、尾ひれがついているわけではなさそうだな」


 デムシュが持ち帰った情報の中にあったパンデモニウムという傭兵団の存在。

 こけおどし……というわけではどうやら無さそうだ。


「……?」


「……?」


 だが、目の前の襲撃者はメリーサの言葉に全くぴんと来ていないような様子を見せる。

 思わずメリーサも、同じ角度で首を傾げた。

 相手のそれが演技なのか、本当に見当違いなのかが予想できない。


「……パンデモニウム……ではないのか?」


「パン……?」


 本当に困惑に満ちた女の声が襲撃者の被る頭蓋から漏れる。

 そこでメリーサは、「あれ、ほんとに違う?」と咳ばらいを一つ。


「いや、貴様らと同じような姿をしたアスタロトとやらに、たちがいるという話を聞いていたのだが……どうやら違うようだ」


「っ!」


 そう言いながら細剣を構え直すメリーサ。

 

 だが――――。


「全幅の……信頼」


 呟き、身体を震わせる襲撃者は、次の瞬間バッと顔を上げて得物を構え直す。

 そして、確かな自信を覗かせる声を発した。


「——良く知っている。私は、そう……パンデモニウムのア……『アガートラム』」


 何がきっかけで隠すことを止めたのか、女はそう名乗った。

 やはり……とメリーサは目を細める。

 銀の腕。その意味を持つ名を名乗る彼女は、先程よりもノリノリに見えた。


「我が主の覇道を邪魔するすべてを排斥する、刃たる銀の腕。——当然、お前たちの企みも、ここに潰える」


 そして、その姿は一瞬にして掻き消える。

 残像の残してブレる神速の影は、銀の切っ先をメリーサに伸ばす。

 体勢を崩しながらもそれを弾くが、それもいつまで続けられるか定かではない。

 それほどまでに、目の前の襲撃者は速く、鋭いのだ。


「くっ!」


「お前たちはただここで、アスタロト様の思惑を見ているだけでいい」


 心なしか後方で鳴る破壊音も勢いを増している。

 しかしそんなものを気にしている暇など無い。

 目の前の銀の閃きは、メリーサの命にすぐにでも手を掛けようとしていた。




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