第17話 なんか……仲悪いね

 依頼のために帝国領土の都市ヴェルヘムへの出張当日。

 俺の馬車の前に並んだ見慣れ過ぎた顔ぶれに辟易する。

 きっと今俺の顔は相当引き攣っていることだろう。


「……初めまして。今回依頼を承りましたオウルです。ランクは銀級シルバー……です。こっちは姉のアグナ」


「……初め、まして」


「今回は依頼を受けてくれてありがとう。よろしく頼む」


 俺は努めて白々しく振る舞う。

 軽い会釈をくれる二人はとんでもなくやり辛そうだ。

 俺と初対面であるわけがない二人がこんな寒い演技をする理由は、二人の横に並んだ奴に起因する。


「……で、お前なんでここいんの?」


「なによ、悪い?」


「どちらかと言えば悪いだろうが。え、なに、お前付いてくんの?」


「当然! 今回の依頼は、私たち三人で受けたんだから!」


 悪戯が成功したようなしたり顔のラトラナは胸を張り、「安心しなさい」と笑う。


「報酬はいらないわ。ただの戦力の足しだと思ってくれればいいわ!」


「戦力の足しって……銅級ブロンズだよな?」


「馬鹿言わないでよ。本来護衛依頼なんてよほどの危険地帯でもない限りは銅級ブロンズ冒険者に回される依頼。ギルド側も私が入っても問題ないと思ったから受理されたわけだし」


 そこまで言って、ラトラナは俺に顔を寄せる。


「それに、結構な遠出になるでしょ? 知り合いはいた方が良いわ。精神衛生上ね」


「……なるほどね」


 わかる。彼女の行動はすべて善意なのだろう。

 二人と知り合い……というかほとんど家族のような間柄であることは俺が意図して隠しているためラトラナが知らないのは当然だ。この様子だとアグナとオウルもその秘密を守ってくれているのだろう。

 俺が不愛想なことは彼女も重々理解しているため、依頼の道中を慮ってくれたってところか。

 まぁこの不測の事態は甘んじて受け入れよう。俺の面倒な生業が生んだ自業自得だ。


「わかった。そう言うことなら、間を取り持ってくれ」


「あら、あんたにしては素直ね。いいわ! このラトラナに任せなさい!」


 自分の胸を叩くラトラナを、アグナとオウルがジトっと睨んでいる。

 そんな視線に気づくこともないラトラナは誰よりも先に馬車に乗り込み、


「じゃあ行くわよ! 都市ヴェルヘムッ!」


 そんな風に号令をかけた。




 都市ヴェルヘムまで馬車を最速で走らせて一週間と少しは掛かる。

 護衛依頼とは言うものの、整備された街道まで魔物が出てくることも少なく対処が必要なアクシデントと言えば盗賊くらいのもの。盗賊も大国の周辺であれば瀕出することもなく、俺たちの道行きは殆ど平和そのものだった。

 

 なのだが……。

 

 道中。


「御者台もう一人座れるわね。私が」


「あなたはこっち」


「ラトラナさん、いろいろ決めることがあるのでこっちで話し合いましょう」


「そ、そうね、わかったわ」


 夜。


「今日の夜はさっき狩った魔物の肉よ! これはなんと生でいけるヤツなの! はいアスタ、食べてみて! あー」


「あむ……おいひい」


「ラトラナさん、姉さんが食べちゃってごめんなさい。アスタさんには僕の分を差し上げますから」


「……え、ええ……そう?」


 アクシデント。


「ヒャッハー! いい馬車じゃねぇか! 荷物置いてけぇええ!」


「うわ古典的な盗賊……。私がいる馬車を狙うなんて運が無いわね。ここは任せ――」


「私たちがやる。あなたは隠れてていい」


「ここは銀級シルバーの僕たちに任せてください。“銅級ブロンズ”のラトラナさん」


「…………」



 お前らがギスギスしてどうすんだよッ!

 なんで!? 間取り持ってくれんじゃねぇの!?

 こういうやり取りがある度に俺がラトラナを慰めることになるんだけど!?


 あぁ……早くヴェルヘム着かねぇかなぁ……。

 俺の願いは届かず、ヴェルヘムまでの一週間、このやり取りは続いた。


 段々機嫌が悪くなっていくラトラナ。

 慰め、機嫌を取る俺。

 それを見て機嫌が悪くなっていくアグナ。

 隠れて慰め、機嫌を取る俺。


 俺の気が休まるのは二人の機嫌に左右されないオウルだけだ。


「二人とも馬鹿だなぁ、ね、兄さん」


 こんな感じで、オウルも時々怖いときはあるけど……。

 いや、俺の弟は純粋なんだ……ギスギスしてる二人を見て笑うことなんて絶対しないんだ……はは。



 そうして、俺の胃が限界を迎えた八日目。

 馬車はようやく、都市ヴェルヘムの門を潜り抜けた。

 

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