第9話 稼ぎ時

 メギスト王都の中央——王城のお膝下である中央区画。

 そこには都でも有数の重要施設であるギルドが並立している。


 冒険者ギルド。商人ギルド。魔術師ギルド。その他諸々。

 どれもが目を惹く華美な装飾。周囲には日中を問わず人気が絶えることが無い盛況ぶり。

 王都で最も栄えているのは、この中央区画だろう。


 本日、冒険者ギルドは、いつも以上の賑わいを見せている。

 それは、自分たちが苦戦している特異種ユニーク討伐のために訪れた帝国からの援軍が原因だ。

 観衆の視線の先にいるのは数人の男女。


 まず、下級執剣武官デムシュ。

 下級とついてはいるが、それは執剣武官の中ではの話。総数数百万を数える帝国軍人の中で上位100人の中に入り込むほどの実力者だ。

 冒険者で言えば、恐らく白金級プラチナから聖銀級ミスリルに相当するだろう。

 

 そして、もう一人。


「おい……本物だぜ」


「そりゃそうだろ」


「私、サイン貰ってこようかな!」


「やめとけ。そう言うの嫌いらしい」


「わっか……人族であれって……でも、オーラやべえな」


「史上最年少の神宝級アダマスだろ? 他の神宝級アダマスたちは長命種が多い。あの人は例外中の例外だから気にしなくていいだろ」


 一際視線を集めるのは、黒髪金目の少女。

 ランク神宝級アダマスの冒険者。冒険者たちの頂。

 五つの武具を扱い、五つの属性を操る様からつけられた二つ名は『宝石ほうせき

 ——ラトラナ・エンジュ。


 彼女は向けられる視線に無機質に目を向け、またつまらなそうに肩を竦める。


「なんでこんな目立つとこで話さなきゃいけないのよ。うざったいわね」


「すぐ終わります。もう少し辛抱を」


 デムシュはラトラナを宥め、すっと前方に手を指す。デムシュが用意したエールのジョッキが並べられたテーブルに頬杖を突いたラトラナは、その手の向く先を睥睨した。

 その時、冒険者たちのざわめきが大きく膨らんでいく。


「おいっ、来たぞ!」


「よっ、我らが!」


「アグナさん……やっぱ綺麗だなぁ」


「おいやめとけ。何人の冒険者がフラれてると思ってんだ。オレでも無理だったんだから諦めろ」


「オウルく~ん! 頑張って~!」


「オウルちゃん……俺の癖が歪んだ責任取ってくれ……」


「誰かコイツ隔離しとけ!」


 喧しい冒険者たちの垣根が海を割るように開かれ、二人が座っているテーブルへの道が出来上がる。

 その道を悠々と歩くのは、二人の冒険者。


 『銀獅子』。『金狼』。

 銀級シルバーで二つ名持ちの冒険者など彼女らを除いて存在しない。

 しかし、ラトラナは「へぇ」と興味深そうに声を漏らす。

 ラトラナには、どうして彼女らが二つ名持ちなのか一瞬で理解できた。

 そう形容するしかない程の存在感。立ち姿からでもわかる戦闘力と潜在成長力。


銀級シルバーにしとくのはもったいないわね」


「だからこそ、今回この作戦に指名させていただきました。噂通り……いえ、噂以上で安心しました」


「……ほんと、あんたらが考える事ってわかりやすいわ。帝国に連れて帰る気?」


「さて、どうでしょうか」


 優秀な人材は漏れなくスカウトする帝国のことだ。今回もその例に漏れないのだろうと、ラトラナは嘆息する。


 そうしている間にデムシュとラトラナの対面に、メギストの双星が到着する。


「アグナ・トラム」


「オウル・アウルです……よろしくお願いします」


 素っ気ないアグナに苦笑いしながらオウルが申し訳なさそうに頭を下げる。

 若い銀級シルバーの冒険者。しかし、出世欲などから帝国側に媚びへつらう様子はないようだ。

 飾り気の無い二人に、ラトラナは警戒心を薄め、対話の姿勢に入る。


「私は帝国の執剣武官、デムシュ。そして彼女が、神宝級アダマスの冒険者、ラトラナ・エンジュです」


 その紹介に、二人の視線は確かな興味を持ってラトラナに向けられた。

 彼女は目を細め、金銀の獣人を値踏する。


「へぇ、まさか女の子二人組とは意外だったわね。まぁ性別は実力に関係ないんだけどさ」


 そうしてなんとなしに放った言葉に、オウルは再び申し訳なさそうに手を上げた。


「あ、そ、その……僕、男、です」


「——は?」


 どう見ても女の子の外見と所作で自己申告するオウルに眼を剥いたラトラナは隣のデムシュに目を向ける。

 すると彼は、資料を見ながら「そのようです」とにこやかに頷いた。


「ま、まじ……いや、ごめんなさい」


「大丈夫です。慣れてますから」


 だろうなと、ラトラナは内心で激しく首肯した。

 そしておずおずと隣のアグナに目を向ける。


「もしかして……」


「私、女の子」


「そっ、そうよね! 安心したわ!」


「我が国の冒険者が失礼しました。ですが、相性は悪くなさそうだ。さぁ、お座りください」


 胸を撫で下ろしたラトラナに変わって、デムシュが二人に着席を促す。


「こちら好奇心が発端の勝手な依頼を受けてくださりありがとうございます」


「いえ、その……報酬もかなり貰えるようなので、こっちにとっても悪くない話ですから。完遂の自信もあります」


 控えめな性格が全面に出ているオウル。その性格と相反する言葉に、「冒険者ですね」とデムシュは賛辞を贈る。

 アグナは会話をオウルに任せ、手持無沙汰に用意されたエールをちびちびと飲んでいる。

 面倒そうなその様子にシンパシーを感じたラトラナは、やり取りをデムシュに任せてアグナに顔を寄せる。


「つまらなそうね。人の視線とかも嫌いそう」


「……全部、どうでもいい」


「へぇ、冒険者としては珍しいわよ、その感じ。出世とか成り上がりとか名誉とか……いらない?」


「興味、ない」


 平坦にそう答えるアグナを面白がったラトラナは頬杖を突きながら、静かに問う。


「じゃあ、なんで……冒険者なんてやってるの?」


 ただの興味本位のラトラナの質問にアグナは――翡翠色の双眸を瞬かせ、確固たる意志を纏った言葉を吐く。


「支えたい人がいる。役に立ちたい人がいる。この身を捧げた、その人のため」


「……ッ!」


 思わず息を呑むほどに異様な雰囲気に、ラトラナはびりびりと肌を刺激する幻覚を感じた。

 しかしそれもほんの一瞬。アグナはまた眠そうな目に戻り、エールをちびちびと飲み始める。


 銀級シルバーではない。明らかに。

 ラトラナは彼女の本質を確かめるために目を細める。

 すると、次はアグナがラトラナに向かって口を開いた。


「あなた、神宝級アダマスなんだよね?」


「……そうだけど」


「——強い?」


 短く、決定的な質問。

 冒険者の限界を知ろうとする銀獅子の言葉に、『宝石』は獰猛に口角を上げる。


「試してみる?」


 その言葉に、アグナが返そうとした時。

 デムシュがパンッ!と手を打った。


「はいはい、それはまた今度にしてください。作戦概要が決定しましたので」


「姉さん、落ち着いて……ね?」


 いったんお開きになった睨み合いに、肩を竦めたデムシュはそのまま話を続ける。


「今回、我々が討伐する巨大猿コング特異種ユニークが最後に目撃されたのは……ここです」


 今回の討伐作戦の舞台であるメギスト大森林。テーブルの上に広げられたその上面図に視線を落とし、デムシュはある一点を指差した。

 そうして指を滑らせ、最終的に示したのは大森林の中央。


「メギスト大森林はあまりに広大です。探し回るのは悪手。なので、目標を追い詰め、中央に誘導します」


 メギスト大森林の中央には巨大樹が聳えており、その幹から半径200メートルほどが巨大樹に養分を吸われて草木の生えない荒れ地になっている。

 つまり、巨大樹の周りは見通しのいい場所なのだ。


「今回、中央に赴くのは少数精鋭。私、ラトラナ殿。アグナ殿とオウル殿です。ですが、目標を追い詰めるためには人員が必要になります。なので、私が動かせる帝国騎士達。そしてメギストの冒険者パーティーから有志を募り、追い込みます」


 デムシュが冒険者ギルドに張り出した有志募集。それには、充分な冒険者からの応募が殺到していた。

 ここまで大きくなった事態の収束と報酬。名誉と実益が約束された作戦だ。冒険者たちからすればこの祭りに参加しない理由は無いだろう。


「作戦決行時刻は?」


 ラトラナが横目で問う。


「決行は、夜です。それまでは準備と冒険者たちへの作戦の伝達と周知の時間です。動きの確認を済ませましょう」


「えっ、夜……ですか?」


 デムシュの答えに声を上げたのは目を丸くしたオウルだ。

 その疑問は、冒険者なら当然のもの。

 夜は見通しが悪く、魔物の動きが活発だ。さらに森林の中であれば討伐作戦には不向き。それどころか最悪の環境と言って良いだろう。


 だがデムシュは確固たる理由を持って説明する。


「今回の個体はとても頭がいい。あまり目撃されない程徹底して隠れているし、逃げ足も速い。その点から、目標は人間をよく学んでいることがわかります。だからそれを逆手に取るのです」


「なるほどね。『人間は昼に行動する』。『夜は危険が少ない』。特異種ユニークならこのくらいは頭が回るでしょうね。そこで意表をついて、夜。そのデカ猿の行動パターンは迎撃じゃなくて逃亡だから、焦って逃げて、追い込まれたところを私たちがぶっ殺す……でいいのね?」


「流石『宝石』殿」


「その呼び方やめなさい。猿の前にあんたを殺すわよ」


「失敬」


 モノクルを掛け直したデムシュは対面の二人を見据える。


「準備から作戦は始まります。抜かりないように。では、作戦開始と行きましょう」


 手近なジョッキを手に持って掲げるデムシュに、他の三人もそれを真似る。

 オウルは控えめに、アグナはちびちびと飲みながら、ラトラナは随分と面倒くさそうに。


「作戦の成功を祈って」


 そうして四人がエールを飲む様子に、観衆はどんどんと熱気を増していった。





■     ■     ■     ■





 今日も俺の店には客は来ない。

 最近はうるさかった店内だが、常連が用事のために訪れることはなく、久しぶりに穏やかに一日を満喫した。

 

 うたた寝をして、本を読んで、錬金して。

 そうしてできた生成物を


「よ~し……今日は稼ぎ時だぞ~」


 俺がルンルンになるのも仕方ない。

 アグナとオウルによれば、今日はなにやら大きな作戦があるらしいのだ。

 ちょうど今頃、彼らは作戦会議でもしているのだろうか。まぁ、そんな作戦なんて俺にとってはどうでもいい。


 ——稼ぎ時だ。


「目標、カモがたくさんいるメギスト大森林」


 大量の冒険者。

 大量の危険。

 大量の金。


 それらすべてがイコールで繋がり、俺の脳内はウハウハだ。


 馬の頭蓋を適当に手で遊びながら、悪い笑みが浮かぶのがわかる。


「行商人アスタロトが、商品をお届けしま~す……ってな」




 そうして、太陽は地平に沈み――様々な思惑が入り交じった夜が、幕を開けた。












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