第8話 執剣武官と神宝級

 メギスト王都に聳える王城、アルバハイム。

 この日、アルバハイムには栄えあるケルス帝国からの賓客が訪れていた。


「本日はお招きいただき……」


 盛大な出迎えと、そんな社交辞令の交わし合った後。場所を移し、限られた数人でまるで人目を避けるような密会が行われていた。

 

 帝国側の席に座るのはたった一人の男。暗い紫髪とモノクルがトレードマークの美丈夫。

 彼は『執剣しっけん武官ぶかん』。そう呼ばれる、ケルス帝国皇帝直属の兵隊の一人だ。

 騎士と同じく軍人であることには変わりないが、皇帝の命を直々に拝命し、それを遂行することを至上とした忠臣である。

 世界最大の国家である帝国。その帝国が持つ巨大な騎士団の中でも上位100名の実力者でなければ名乗ることを許されない役職だ。


 対してメギスト側に座るのは、王国の宰相ゲータ。

 厳つい相貌をできるだけ柔らかく保ちながら、帝国側に座る彼に媚びるように手を揉む。


「それでデムシュ殿……貴き皇帝陛下からの勅命とは一体……?」


 執剣武官の男——デムシュは、モノクルを掛け直しながら柔和な笑みを浮かべる。


「ゲータ様。私に対して腰を低くされなくても大丈夫です。私は̪執剣武官とはいえ末席も末席。『十剣じっけん』の方々には及ぶべくもありませんので」


 十剣。執剣武官の序列十位以上の人間に与えられる称号だ。

 つまり十剣は、帝国軍人最強の十人を指す言葉。

 その名に、ゲータは息を詰まらせる。


「私は下から数えた方が早いですから、まだまだです。それにこれは公的な場ではありません。どうか楽になさってください」


 そんな世間話が少し続いた後、デムシュは徐に切り出した。


「私がここに赴いた理由は、最近目撃された特異種ユニークの魔物についての調査の為です」


「ユ、特異種ユニークですか……そう言えば冒険者ギルドからそんな報告が上がっていましたね」


 メギスト王国の国土内にあるメギスト大森林で巨大猿コング特異種ユニークが発生した。

 それは数週間前に冒険者ギルドから上がってきた報告だ。特異種ユニークの発生は珍しいため、ゲータはよく覚えていた。

 

「聞くところによると……どうやら討伐に手間取っているとか」


「え、ええ……なんでも、目撃は何度かされているのですが、逃げ足がとても速い個体のようでして」


特異種ユニークは知性的で狡猾だ。一度交戦した相手を研究することまである。放置すればするほど、討伐難度は上がり続けるでしょう。皇帝陛下は親交の深いメギスト王国でそんな特異種ユニークが発生をした事態を案じ、私に討伐を命じられたのです」


「な、なんとっ……それはありがたい!」


 メギスト大森林につぎ込まれている冒険者は日に日に数を増している。だがそれはある種の拘束だ。

 早く事態を収束させ、冒険者たちが他国の依頼をこなせる状態に戻さなくてはと考えていたところに、デムシュの言葉だ。

 渡りに船とはこのことだ。

 

 ゲータが輝く瞳でデムシュを見やれば、彼は安心させるように何度か頷く。


「そのために、数週間ほど前に帝国の冒険者を一人、先んじて遣わせたのですが……お会いになられましたか?」


「帝国の冒険者……? い、いえ、会っていませんが……ま、まぁ冒険者一人を王城に上げることも稀ですし、報告は後々上がってくるのではないかと」


 その言葉に、デムシュは「おかしいですね」と眉を顰めた。


「帝国から送った冒険者のランクは『神宝級アダマス』。流石に王城の皆様の耳にも入ると思ったのですが……」


「ア……アダマスッ!?」


 デムシュがなんとなしに呟いた名前は、ゲータを再び緊張の渦に叩き込む。


 冒険者のランクは下から、

 『初級ノービス

 『白級ホワイト

 『黒級ブラック

 『鉄級アイアン

 『銅級ブロンズ

 『銀級シルバー

 『金級ゴールド

 『白金級プラチナ

 『聖銀級ミスリル


 そして、『神宝級アダマス』。

 冒険者として最大のランクであり、誉れ高い栄誉のそのものがその名。

 世界でも数えるほどしか存在しない最強の冒険者たちだ。


 そんな客人を王城に招待もせずに放置していた。

 その事実に、ゲータは開いた口が閉じないでいる。


「あぁ、いえそんな顔をなさらずに。冒険者とは我々軍人や役人と違い自由ですから。身分も性格もね。正式な手順を踏もうが踏むまいがどうでもいい。彼女もそんな手合いです。メギスト側には責任はありませんよ」


「そ、そそ、そうですかっ?」


 「約束の日時まではあと二日ありますし」と安堵を促すように付け加えれば、ゲータはようやく胸を撫で下ろした。


「討伐作戦は二日後行います」


「そ、それはありがたいのですが……執剣武官様と神宝級アダマスの冒険者様にとなると報酬も……その」


 言い辛そうに切り出すゲータに、デムシュは「ご心配なく」とゆるく首を振った。


「皇帝陛下の命で、報酬は頂かないことになっていますので。完全な慈善活動の一環です。まぁ、メギストのような大国に恩を売る、印象を良くしておく、なんて政治の打算も当然ありますけどね」


 明け透けに言うデムシュに、ゲータはかえって安心感を抱いた。

 そうして話が纏まった時、「それで」とデムシュはなんとなしに付け足す。


特異種ユニーク討伐に当たりまして、人数が多ければ相手に感づかれるリスクがあります。ですので今回は少数精鋭で臨みたい。そこで、帝国側の私たち二人に加え――もう二方ほどメギスト側の冒険者の協力を仰ぎたいのです」


「な、なるほど……ですが、メギストが擁する神宝級アダマス聖銀級ミスリルの冒険者は現在出払っていまして……」


「わかります。彼らは他国での依頼をこなすのも大事な役目ですからね。なので、これはただの好奇心ではあるのですが――噂の『メギストの双星』殿方にお力をお貸しいただけないかと」


 メギストの双星。

 それは突如としてメギストに現れた『銀獅子』アグナと『金狼』オウルを指す呼称だ。


「そ、双星……ですが彼らはまだ銀級シルバーですっ。お二方のお力になれるかどうか……」


「いえ、彼らが冒険者として登録されたのは数カ月前。銀級シルバーまでの昇格速度で言えば、大陸規模で見てもトップレベルだ。それに、メギストからの援護は保険です。大抵の場合、帝国側の戦力でどうにでもなります」


「ほ、保険……そう言うことなら、冒険者ギルドにこのことを伝えておきます」


「ええ、助かります」


 意見が衝突することなく場が纏まると、デムシュは静かに頭を振った。


「あとは、彼女が約束を守るかどうかですが……最大の不安要素ですね」


「彼女……とは、例の神宝級アダマスの? もしよろしければ騎士団に探させますが」


「最悪の場合は。しかし、今はやめておきましょう。彼女は目立つのがあまり好きではありませんから。それに、彼女はメギスト出身ですので、案内もいらないでしょう。久しぶりに帰ってきた故郷をどこかで懐かしんでいるのではないでしょうか」






■     ■     ■     ■





「ほら、掃除ぐらいちゃんとしなさい。こことかほこりが溜まり過ぎて見栄え悪いわよ」


「俺はしない。気になるならお前がしろ」


「ほんと、だらしないんだから」


 ラトラナは、母親か何かのように床や商品棚のほこりを落とし、呆れたように俺を見る。

 居座り始めて数週間。アスター商店の店員か何かのように振る舞う彼女に、溜息しか出ない。そのくせ、絶対に人前には出ようとしないため、たま~に来る客を対応するのは変わらず俺なのだ。


「ふんふふ~ん」


 鼻歌混じりのラトラナはご機嫌そうに髪を揺らす。

 こいつ……冒険者が聞いて呆れるわ。


「おい自称冒険者」


「失礼ね! バリッバリの冒険者よ! 本物よ!」


「はいはい。依頼を受けなきゃ、銅級ブロンズから一生昇格できないんじゃないの?」


「冒険者は世界で最も自由な者たちの名前よ! 名誉や称号に囚われるのは二流ね!」


「お前は?」


「もっちろん、一流!」


 この自信は一体どこから出てくるんだか……。

 そんな一流冒険者様は軽口の叩き合いを心底楽しそうに行いながら、いそいそと店内の掃除に励む。

 冒険者のやりたいことが口の悪い店員のいる店の掃除ってのは……どうなんだよ。


 こいつもしかして。


「友達いないのか?」


「おい、口に出てんのよ捻くれアスタ!」


「悪い、素直なんだ」


「悪いと思ってないでしょ、絶対」


「まあな」


「ホンッットに素直ね、ぶっ飛ばすわよ」


 いつも通りの言い合いをテンポよく行っていると、ラトラナはふと顔を上げ俺を見た。


「あ、そうだ。明後日はちょっと用事があるから来れないわ」


「え……お前いつまで通い続けるつもりだよ……」


「飽きるまでよ。いいじゃない、毎日毎日ぼったくり回復薬を買い続けてくれるお得意様よ、私」


「……金が無くなるまでの辛抱か」


「辛抱ってなに。たまに楽しそうな顔するくせに」


「あーはいはい」


 毎日7万ガルを払い続けてるのにこいつは渋る気配が一切ない。

 なので俺はこいつのことを貴族かなんかの令嬢だと思っている。

 まぁそうだったとしても面倒なのは変わらないんだけどさ。


 金は入るし、暇も潰せる。たまにうるさいのが傷だけど。


 冒険者……か。


 今度、アグナとオウルにも紹介してやろうかな。こいつ、友達少なそうだし。

 あ、これブーメランだ。


 自分に突き刺さった言葉を反芻しながら、俺は綺麗になっていく店内を眺め続けた。

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