霊薬の運び屋~魔窟の王は秘宝を売り捌く~

Sty

転生編

第1話 守銭奴転生者

「ごめんね。お金さえあれば……」


 俺が最後に母親から聞いた言葉は、こんなくだらない一言だった。

 「お疲れ様」とか、「頑張ったね」とか……いくらでもあっただろうが。

 16歳で白血病。一年の闘病生活を経て、先程の母親の言葉ですべてが無に帰した。

 理由は、金だ。満足な治療を受けられる金が無かったからだ。

 詳しくは知らない。


 様々な制度に頼ればどうにかできたんじゃないか。 

 ホントは死んでほしかったんじゃないか。


 今となってはわからない。

 適当に孕んで適当に産んで、家族ごっこに飽きたのかも。そう感じてしまう程に、俺たち家族は冷めていた。

 俺は17年の歳月で、救いたいと思わせるような価値を、親に感じさせられなかったのかもしれない。


 ってか……長くね? 死ぬのってこんな時間かかんの?

 自分の死に際をここまで悲劇的に語って時間を稼いでいるが、一向に死ぬ気配がない。

 え、待って、これ死んでないの? もしかして目ぇ閉じてるだけでまだ生きてんの?

 あ、光見えてきた。ダメだこれ。生きてるわ俺。


(いやだっ! 無理無理無理っ、病気超苦しいし家族嫌いだし! ここで死ぬっ、もういいからっ、殺せえぇぇぇえええ!!)


 暗闇の中でもがきながら俺は願う。神なんか信じてないのに神に祈る。

 惨めな人生はこりごりだ。あんな生き地獄を味わうくらいなら……——もう生きていたくない。


 いや、本当は生きていたかった。幸せになりたかった。

 物語の主人公にでもなったつもりで人生のエンドロールを流す。


 主演・俺。台本・神。

 それ以外全部俺。監督も演出も音響も全部俺。

 ただただ、製作費が足りなかった。あと台本の外注先が最悪だった。弩級の駄作だ。


(いい人生だった……わけねぇだろクソが。こんな人生、二度とごめんだ……)


 だが無情にも、光は俺を吸い込む。

 

 願わくば、これが今際の際の夢であることを――――。

 そうでないなら、今度こそ……!


(金があれば……金、金、金金金金金ぇぇぇぇえええええ!!)


「あぎぇぇぇぇぇええええ!!」


 そうして俺は、を上げた。




 ■        ■




 どうやら俺は、記憶を持ったまま赤ん坊になったらしい。

 しかし俺の親の顔は記憶にあるものと違う。


「アスタくん~、おっぱい飲みましょうね~」


 アスタ。どうやらそれが今世の俺の名前らしい。

 俺の名前を呼びながら乳房を恥ずかしげもなく出す金髪美少女が小さな俺を持ち上げて授乳をしてくれる。これが今の母親だ。

 前の俺……言葉通り前世の俺であったなら興奮は必至。であるにも関わらず、今の俺は性欲ではなく食欲で彼女の胸を甘受している。

 乳を飲んで食欲が治まると罪悪感が襲ってくる食欲版賢者タイムに悩まされながらも、母の横でこちらを見下ろす無骨な男に目を向ける。


 端正な顔立ちだが前世の俺でも一撃でぶっ殺されそうな筋骨を持つナイスガイ。

 そんな男は真顔で一言。


「……俺もアルルのおっぱい飲みたい」


 この変態が俺の父親だった。

 ガイダンと呼ばれているのを聞いたことがあるので、心の中でこの二人をアルル母さんとガイダン父さんと呼んでいる。

 




 転生してから一年。かなり前に首が座った俺は、ベッドの上や両親の腕の中から周りを見回す日々が続いていた。

 その日々で得た情報は、このお家は結構裕福であるということだった。

 俺の言う裕福とはどのような水準かというと、現代日本の一般家庭並みの生活を営めているレベル。

 前世のSNSでやれ「金がない」だ「貧乏」だと宣いながらソシャゲのガチャを回し続ける有象無象たちに言いたい。てめぇらは娯楽に回せる金があるほど裕福なんだと。

 俺も制限付きの格安スマホでそいつらを監視しながら悪態を吐いていたので同類ではあるのだが。まぁ俺のことは良い。最後は金欠で生を終えたのだから貧乏の達人と言って相違ないだろう。


「あだっ!」


「きゃ~ガイダン! アスタくんが私を呼んだわ~!」


「……俺もそれくらいできる」


 野太い声で「あだっ」と叫ぶガイダン父さんを白けた目で見ながら、俺は自分のこれからについて考える。

 俺が記憶を持って生まれ直したこと。これは最悪続きだった俺という魂に訪れた最大の幸運。

 こんな早い段階で人生設計を立てられるなんてチートである。

 すごい力なんて無くても、思考できるだけで人間の脳はポジティブに動き出す。


 俺が今世で得るべきはただ一つ。

 ――金である。

 正直みんな思うだろう。何をするにも金が要ると。

 飯を食うにも金が要る。安心して寝るのにも金が要る。恋をするのにも金が要る。

 三大欲求に対して恒久的に資金を投資させている現代社会のいと生き辛いことよ。


 だが同時に、こうも思うはずだ。

 

 金があればまじで何でもできる。

 

 だが、最終学歴中卒の俺には金になる知識も学もない。これらが無ければアイデアも浮かばず、あらゆる事柄の二番煎じに甘んじることしかできない。


「あだーだっ!」


 それではダメだ! と宣言する俺を、アルル母さんは「かっこい~」とキラキラと見つめ、ガイダン父さんは「流石俺の息子だ」と腕組父親面だ。まぁ父親なんだけど。


 さてどうするか、と悩める赤ん坊たる俺に転機が訪れるのは、それから数カ月後のことだった。




「……ほう、これがわしの孫か」


 俺は、今世の祖父に出会った。

 一目見た瞬間、身体中の水分が蒸発するのではないかという程の熱が全身を覆った。

 一声聞いた瞬間、周りの音がすべて消えたのではないかという錯覚に陥った。


 それほどまでに、その人は鮮烈だった。

 だがその強烈な存在感の中で一際俺の目を惹いたのは、その手。

 ゆっくりと俺に伸ばされる手は、小さな俺から見れば巨人の手。なのに不思議と怖くない。暖かみと安心感を俺に与えるんだ。


「あ……あだ」


「……ほ、ほう。かわいいの」


「あははっ。流石のお義父様もアスタくんの前には骨抜きね~」


「親父。アスタは大物になる」


 絶賛親バカ発揮中の二人に気恥ずかしさを感じながら、伸ばされた手に軽く振れる。

 赤い切り傷と数々の火傷、腫れあがった痣が随所に見られる、皮が厚くなり硬くなったごつごつの手。

 何をしたら、こんなに痛々しくて、かっこいい手になるんだろうか。

 そんな疑問が頭に浮かんだ時。祖父は答えるようにこう言った。


「……——錬金術師の手が、気になるか?」


 錬金、術師……?

 あれ、怪しい職業の人なの……? と引いたのも束の間、祖父は嬉しそうに微笑み、床に落ちていた積み木を手に取った。


「……お前さんが一年後も今日のことを覚えていたら……教えてやろうかの」


 それは俺に向けれたものだったのか、ただの独り言なのか。


 祖父が長方形の積み木を握りしめると――その手の中で一瞬の閃光とバチッという静電気音が鳴った。


 ……はぇ?


 祖父は一瞬にして、その積み木を同じ大きさの小型の剣に変えた。

 怪我をしないようにだろうか。その剣は角が丸く削られており、先端も潰されている。


 一年経って、俺はようやく気が付いた。

 ここが、異世界であること。魔法なんてものがある、イカれた世界だということに。


 それを呆ける俺の手にぎゅっと握らせ、彼は言った。


「これが魔法。これが、錬金術だよ」


 この時、俺の道は決まった。




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