紫紺の幻獣編

第15話 情報屋ディセント

 荒稼ぎの夜から一週間ほどが経った。

 森の中央に商談で赴いた俺が見た倒れ伏す騎士たちと血の海。あの光景は、どうやらのアクシデントの末路だったらしい。

 今回の冒険者たちの作戦は帝国の助力の下に行われたものだったらしいのだが、その帝国側の勢力によからぬ企みを持った者がいたらしい。

 帝国側は国交を重んじる謝罪を行い、今回の件への調査を進める……と言う流れらしい。


 要は、「迷惑かけてごめんね。でもそれは帝国全体の思惑ではなく、何者かによる謀略ですよ~。調べときますね~」ってな感じで落ち着くとの事。

 森での作戦については大量の負傷者が出たものの、奇跡的に死者はゼロだったそうな。

 アグナとオウルによれば、ゼンガという治癒師が獅子奮迅の活躍で冒険者たちを癒し続けたのだとか。

 大量の魔力を消費するはずの彼の回復魔法は何十回も使用され、それによって一命を取り留めた冒険者たちは数知れない。近々昇格の話が出たとかなんとか……いや誰だよ。知らないよその人。俺の押し売りの取り分が減っただけだし……。


 まぁその分の臨時収入はあった。紫モノクルを脅した時の聖銀貨10枚だ。

 五等級回復薬を飲ませた瞬間、彼に中級回復魔法をかけることで効果を誤魔化し、支出と収入の差を作ったため利益は大きい。

 五等級回復薬を聖銀貨10枚で売るとか……俺はホントに詐欺師に向いてるな、くくく。

 本当は金だけ奪って魔法をかけるのでも良かったのだが、『あの傷を治せる回復薬を躊躇わず使うことが出来る謎の商人』という漠然としたイメージを付けたかったがための演出でもある。


 まぁ何はともあれ、今世の俺史上最大の売り上げを叩きだした夜だったことに違いはなく、請求書も送付済み。

 この世界にも銀行は存在するため、秘匿窓口を経由して俺に届く手筈だ。

 あの白金級プラチナ治癒師に感謝である。

 ……あー、もしかしてあの人がゼンガさんなのだろうか……。

 まぁそれだったら不思議と怒りも湧いてこない。お得意様としてこれからも買い物をしてもらえれば元が取れるというものだ。


 現在は早朝。

 昼になれば、相も変わらずうるさいラトラナがウチの戸を叩くことだろう。

 あいつ、本当に飽きるまでいるつもりなんだな……。

 ラトラナが来なかった日はちょうど冒険者たちの作戦の日だったから、多分あいつも作戦に参加したんだと思う。大した怪我もなく帰ってきて、ほんの少し安心したのも事実だ。

 まぁ銅級ブロンズだし適当に参加だけして金を貰った可能性もある。俺ならそうするし。

 何はともあれ、作戦の後もいつも通りのラトラナは飽きることなくアスター商店に通い詰めている。


 あいつ曰く、


「本当は少ししたら拠点がある国に帰るつもりだったんだけど、その国が少しきな臭くなってきてね。当面はこっちに残るわ。嬉しいでしょ?」


 とのこと。

 なにが拠点だ銅級ブロンズが。カッコつけんな。


 そんなラトラナが来る前に、在庫の補填と補充、その他諸々の私用を済ませておこう。あいつがいる時に錬金をしようとすると喋り相手を失くしたラトラナ暇だ暇だと喚く様になるからだ。うるさくてかなわない。


 それと最近、魔道具マナクラフトの錬成にも手を出し始めたのだ。

 

 魔道具マナクラフト

 魔力を充填することで効果を発揮するようになる道具の総称だ。

 俺の纏う馬の頭蓋、ローブ、それと馬車もすべて魔道具マナクラフトである。

 

 透明鱗スケルトンと呼ばれる魔力の純度が高い爬虫類系の魔物が落とす鱗には、カメレオンのような光学迷彩機能が備わっている。

 その鱗と道具を混ぜ、新たなものに作り直してできるが光学迷彩機能の備わった道具ということだ。

 詐欺商人アスタロトの目撃情報が大々的に出回っていないのはこれが理由だと俺は考えている。アスター商店から馬車が出るところを目撃されてしまえば、一発で俺の関与がバレてしまうし、今の俺には必須級の魔道具マナクラフトの数々だ。


 そんな感じで、例えば剣と火炎系の魔物の部位さえあれば、魔力を込めると火を吐き出す剣なんていう魔道具マナクラフトも錬成可能だ。魔法を使えない者でも魔力は持っているため、需要は高い。特に冒険者たちには高値で売れることがあるそうだ。

 問題は素材だが、アグナとオウルは言わなくても有用そうな素材を持ち帰ってくれるため、試作できる魔道具マナクラフトの種類は豊富だ。


 武器の鍛錬は鍛冶師の仕事だし、錬金術で作れる武器の精度には限界があるため、そこは住み分け。腕の良い鍛冶師の作る武具は下手な魔道具マナクラフトより強力だし、俺の努力がどれだけの金を生み出すかは不透明だけど……やらないよりはやっておいた方が今後の為だ。

 いつかこれでより多くの金を稼げるようになるもしれないしな。


 それに、魔道具マナクラフトの錬成にはなによりも魔力操作の精度が求められるため、俺の専売特許ではある。あとはコツさえ掴めばより質の高いものを作ることもできるだろう。

 俺が持つあの馬車はテオ爺が昔に作った物らしく、三等級の魔道具マナクラフト

 俺が今作れるのはせいぜい五等級が限界だ。当面はあの馬車のような利便性の高いものを目標に精進するつもりだ。


「よしっ、やるか」


 一人で気合を入れ、錬成に意識を集中させる。



 ————カランカラン。

 

 そんな音で、出鼻を挫かれた。

 音に顔を上げて首を傾げる。

 こんな早朝に……ラトラナじゃないはず。


 まさか新しい客か? と工房を出てれば、見知った顔が薄ら笑いを浮かべて手を上げていた。


「よっ、やってるかよ店長さん」


「……なんだおっさんか」


 できるだけ目立つ要素を排除したようなカーキ色の外套。そこから覗く顔は端正だが記憶に残り辛いある種の普遍性を孕んでいる。簡単に言えばどこにでもいそうな顔だ。くすんだ黒髪を揺らして外套のフードを取った彼は、俺が立つカウンターに腰かけた。


 俺の店には現在三人……いや、ラトラナがいるから四人の常連客がいる。

 一人はラトラナ、二人目は和服のギザ歯ロリ、三人目は最悪の脱獄犯のそっくりさんと……この日陰者全開のおっさんだ。


 自称情報屋、ディセント。

 本名かはわからないが、偽名でもなんでもいい。彼はそう名乗っている。


「先週、ここらへん騒がしかったじゃない。景気どうよ?」


「変わんねぇよ。見ての通りの閑古鳥」


「質は良いのに……買って貰うまで行かねぇのが原因だな」


「買うやつは買うよ。あんたみたいに」


「間違いねぇ。低純度エーテルを10個」


 聖銀貨1枚をカウンターに置き、一つ10万ガルのエーテルを10個袋に詰めるディセントのおっさん。

 たまに来てはエーテルをたくさん買って行く彼が何をしてるかとか、興味はあるけど関わりたくはないのでいつもノータッチだ。


 今日もそのつもりで彼を眺めていたその時。


「——なぁ、店長さん」


「……なんだ」


「あんた、金好きか?」

 

「好きだ。当然だ」


「潔くていいねぇ」


 けらけらと笑ったおっさんはすぐに声を潜め、カウンターに肘を乗せて乗り出した。


「そんなあんたに、依頼がある」


「……いくらだ」


「——聖銀貨100枚」


 提示された破格の金額に俺は肩と眉を跳ねさせ瞠目する。

 ニヤリと歯を見せるおっさんは「どうよ?」と首を傾ける。

 だがここで飛びつくのは自殺行為だ。確かに欲しい金額だ。だが高い金にはその価値が隠されているはず。

 

 例えば、危険度だ。


「内容を言う前に、危険がどうかだけ教えろ」


「たは~……やっぱ慎重だねぇ、飛びついてはくれないと。……当然危険だ、俺も絶賛危険な橋を渡ってる最中なんでね」


「命の危険があると」


「バレたら死ぬね、俺なら」


 そう言ったおっさんは、自分の右目の下をトントンと指で叩く。


「でも、お前さんはそうじゃない。俺の目は少々特殊でね。『数値魔眼デジタライズ』っつー神様からの贈り物があるんだ。燃費は悪いんだが、魔力を込めれば視界に入った者のあらゆるモノを数値化できる。頭の良さ、身体能力の高さ、魔力の量やら……あとスリーサイズもな。この情報は案外馬鹿どもに売れるんだ」


「下世話すぎんだろ。聞きたくなかったわ」


「冗談だって。まぁそう言うことだからよ――あんたが馬鹿みたいに強いことも知ってんだわ。だからここでお得意様なんかやってるわけ」


「俺なら依頼をこなせると踏んだわけか」


 確と頷くディセントのおっさんから視線を外し、リスクとリターンの採算が合うかを精査する。

 まず前金は必須だ。あとは失敗した場合の進捗による中途報酬……逃げた後の保険と……この辺りはおっさんなら話せるはずだ。

 問題はやっぱり内容だ。


「内容を聞いた後に断るのは?」


「できればナシだ。だが……あんたに断られたら俺も頼る当てがない。俺に依頼した奴には謝るしかないだろうな」


「あんたも依頼された側か」


「匿名でな、多額の前金に二つ返事で頷いたのを若干後悔してるよ」


 ……なるほど。

 聞くだけ聞いてみるのはアリだな。数値化なんてものができる人間が、俺ならできると言うのだ。命の危険を感じるほどのものなら断ればいい。


「聞こうか」


 答えた俺に、おっさんは「そう来なくちゃ」と手を打った。


 そしてさらに声を潜め、神妙な面持ちで語った。



「帝国の近郊に『霊峰ヴェルネータ』って山がある。その中腹に、ある研究施設があってな……そこで何者かが『ある生き物』をしてるらしい。その生き物ってのが――『天葬てんそうむらさき』だ」


「天葬の……紫?」


 聞き覚えの無い名称に聞き返せば、一瞬驚いたおっさんはそう言うこともあるかと笑った。


「天葬の紫……紫の魔力を司る。ほとんど神みたいなそれ何者かからを救い出す。それが今回の依頼だ。さっき言った聖銀貨100枚は……前金だ。成功報酬は、その10倍。さあ、どうする?」




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