閑話 破滅の音

 


 木々は枯れ、地面も乾ききりひび割れる。

 そんな土地で作物など育つはずもなく、その土地は既にほろびかけていた。



 その土地はかつては豊かな資源に自然の美しい領地だった。


 ほんの数か月前までは確かに国でも有数の美しい土地と言われていたはずであったのに、そんな面影おもかげは見る影もない。


 今や”呪われた領地”とすらささやかれるその場所の名は、ノーレイン伯爵領。


 そう呼ばれる理由は、ここ数か月のうちにノーレイン領だけ局地的な自然災害に見舞われていたからだ。


 吹き荒れる風に荒れ狂う天候。

 それは神が怒っていると取られても仕方がない荒れ狂い様だった。



 実際は精霊王がノーレイン領にいた精霊たちを根こそぎ引き払ったことによる災害だった。

 何も新たに災害を作り出したわけではない。


 自分の子孫への扱いを怒っていた精霊王はこの地からフラリアがいなくなったことを幸いと、今まで止めていたもともとこの地に起こるはずだった災害のかせを外したのだ。



 結果、今までせき止められていた災害が一気におそってきただけなのだが、それを知る人間はいなかった。




 僅か数か月の間に見るも無残な状態となったこの領地からは既に多くの領民が出て行っており、取り残されたものたちは暗鬱あんうつとした様相をかもし出していた。




「一体どういうことよ!!」


 そんな領地の中で最も大きな屋敷からは耳をふさぎたくなるような声が聞こえてきた。


 絶叫ぜっきょうしながら部屋のカーテンを引き千切っているのはキャラル・ノーレイン。


 キャラルはなおもカーテンを引き千切りながら吠える。


「なんで!? なんでなんでなんでっ!! どうしてあたしがこんな目に遭わなきゃいけないの!?」


 長い髪を振り乱し頬に爪を立てるその様子は錯乱さくらんそのもの。


 肌のつやはなくなりよく見れば髪もボサボサで枝毛まである。

 夜会の華とまで謳われたその美貌は輝きを失っていた。



 お嬢様がそんな様子なのに誰も彼女を止めることもいさめることもなかった。

 いや、止めるための”人”がどこにも見当たらないのだ。


 領民がこの地から出ていったので当然のことながら屋敷にも人がいなかった。




 キャラルは大股で部屋を出ると兄のいる執務室へと向かった。


 キャラルが歩くたびに巻きあがる埃。

 それがさらにキャラルのしゃくに障る。


「ちょっとお兄様!!」


 目的の部屋のドアを力任せに開けた彼女の目に入ってきたのは気力を失った兄、セルドの姿。

 セルドの突っ伏す机の上には山積みの書類が手つかずのまま残っており、それどころか机に乗り切らず床にまで散らばっていた。


 キャラルはそんなこと気にも留めずに紙の上を歩きセルドにつめ寄った。


「何なのよこのありさまは!! 今までできていたことがなぜできないの!? あたしと侯爵子息様との婚約の話はどうなっているのよ!!」


 その声に僅かに顔を上げたセルドの顔はやつれにやつれていた。

 生気のない目がキャラルを映す。


「……侯爵家から話の打診はなかったことにというお達しがあったのは何度も説明しただろう」


「それが納得いかないって言ってるのよ! なんでお兄様のせいでこんなことになっているのにあたしまで巻き込まれないといけないわけ!?」


「うるさい。大きな声を出すな。耳障みみざわりだ」



 ぴしゃりと言い切られ大きな眼をこれでもかという程見開くキャラル。

 セルドにこんな風に邪険じゃけんにされたことがなかったからこその驚きであった。


 甘やかされて育てられたキャラルにとっては自分が責められた経験などなかった。

 だからこそその目にはどんどんと涙の膜が張っていく。


「な、何なの!? だって本当のことでしょう!? なんであたしが怒られるの!?」


「だからうるさいと言っているだろう。キンキンと大きな声を出さないでくれ。頭に響く」



「なによ! もとはと言えばお兄様の無能さが招いたことでしょう!? 領民だって山ほど出ていった! それはお兄様に魅力がないからよ! 自滅するなら一人でしてよね!?」


「なんだとっ! 誰のおかげで今までぬくぬくとしてこられたと思っている! オレのことを無能というのならお前など道端に落ちている石に等しい! お前がオレの役に立った試しなどあったか? ないだろうが!!」



 そのケンカはくしくも彼らがフラリアに向けて放ったのと同じ鋭さ。

 フラリアの価値をそのへんの石だとののしったキャラルが今度は兄から同じ罵倒ばとうを受けたのだ。


「何てこというのよ! もう知らないわ! あんたなんか兄でも何でもない!」


「こっちのセリフだ!」



 二人の間には黒いモヤが立ち込め始めていた。


 だがそれは人間には見えない――悪意だった。



 精霊がいなくなった地にはよくない者達が集まりだす。


 そうしてまた天変地異てんぺんちいを引き起こすのだ。


 すべては人の悪意によるもの。

 それに気が付かない限り、この地が息を吹き返すことはないだろう。


 だがキャラルはそれに気が付かない。



 既に曇りきった眼には涙と共に復讐ふくしゅうの念が宿る。


 セルドと喧嘩をし部屋を飛び出す。

 その道すがら、母の泣き声が聞こえても足を止めることはない。


 飛び込んだ部屋は存在すら忘れられたかのようにひっそりと静まり返る物置き部屋。


「こうなったのも、あの女のせいに違いない……。あの女が呪いでも落としていったんだわ……」


 ぶつぶつと呪いのようにつぶやきながら立てかけてあったバールで物置き部屋を壊す。

 部屋をフラリアに見立てて、念入りに破壊する。


 そうすることでフラリアからの呪いを壊そうとしたのだ。


「ふ、ふふふ! 呪いなんて術者が消えれば一緒に消えるはずよね? いいわ! だったらあたしがあいつを壊してあげる!!」



 そう高らかに笑うキャラルは狂気に満ちた顔をしていた。


 その足元には、上質な悪意に吸い寄せられた黒い小さな精霊達が集まってきていた。


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