第4話 精霊のいうことには……
あまりの恥ずかしさに一目散に駆け出した私は少しだけ入り組んだ道を進んだ後、辺り一面の花畑にたどり着いた。
辺りには誰もおらず、夏を盛りと色とりどりの花々は芽吹き、草木は濃い緑の爽やかな香りを振りまいている。
「うわあ、きれい」
恐らく距離的にはそんなに離れてはいないだろうが、私の息は既に上がっていた。
これ以上離れるのは無理そうなので、あきらめてゆっくりと花に近づいていった。
ふと花々の間にふよふよとした者が視界にはいった。
可愛らしいピンク色の胴体に花びらの羽、頭には小さな花の
――
はやる気持ちを押さえて周りを見る。
追いかけてくる使用人の姿も、公爵さまの影もない。
今なら精霊と話していても大丈夫だろう。
ゆっくりと近づいていく。
逃げ出す様子はない。
むしろ向こうも私をじっと見ていた。
「こんにちは、私フラリア。あなたは?」
花の精霊らしき子は少し首を傾げてふよふよと私の顔の高さまで飛んで来た。
そのまま一周、二週と回り、やがて正面で止まる。
『こんにちは。あたしはラーワ。あなたあたしたちが見えるのね。それも
精霊の言葉は音というよりはテレパシーのように頭に響いてくる。
彼女は見た目と同じように可愛らしい声だった。
『精霊王さまの
「え? 精霊王?」
『ええ、あたしたちの王様。とってもすごい方よ。あなたからは王の香りがするわ』
「香り? 私臭う?」
公爵邸に来てからは毎日湯船にもつかれているので、昔よりは臭くないと思っていたけれどまだ臭いが残っていたのかしら。
そうだったらショックだ。
『やだっ王の香りなんだから良い香りに決まっているじゃない! 精霊は引き寄せられる香りよ』
「え? そうなの? 確かに伯爵邸にいた時はいっぱい集まって来たけど、こっちに来てからはまだ一匹もあってないわよ?」
どれだけ探し回っても屋敷の中には見当たらなかったし、外に出る様になってもなかなか出会えなかったのに引き寄せられる香りを放っているだなんて信じられない。
『そりゃああなた、ここはあの蛇がいるもの。近寄って食べられたら困るわ』
「蛇って……もしかして公爵さま中にいたように見えたあれ?」
1か月前に見た光景を思い出す。
公爵さまの中から出てきていた赤黒い何か。
見間違いじゃなければ蛇のような形をしていたと思う。
『なんだ。もう知ってたんだ。そうよ。だからあの人間には気を付けたほうがいいわ』
「ちょっと待って、どういうこと?」
『何年かに一度ああやって堕ちた精霊が集まるのよ。堕ちた子に関わるとろくなことにならないから普通の子はあの建物には極力近寄らないわ』
何年かに一度集まる……。
確かディグナーさんは5年に1度
やはりあの発作は堕ちた精霊が原因で引き起こされている可能性が高い。
でも堕ちた精霊よりもあの蛇の方が危ないもののように感じた。
あれは一体何なのだろう。
「……ねえ、あの蛇って何なの?」
『さあ? あたしも詳しいわけじゃないし……』
ラーワはふわふわと顔の周りを飛びながら、少しの間考えるようなそぶりを見せた。
「何かあるの?」
『んー……。これは仲間内で言われていることなんだけど、黒い子達の気配は大体1週間くらいで消えるのに蛇の気配が大きくなるのよね。だから食べられているんじゃないかって皆怯えてるのよ』
蛇の気配が大きく……。
これにも心当たりがあった。
黒い精霊を取り込んだ時に確かに感じたあの
何というか
そんな風に感じた。
気のせいかとも思ったが、精霊たちもそう感じているのならほぼ間違いないだろう。
精霊は
『お話はもう終わり? それじゃあ行こうかな。嫌な奴が近くにいるみたいだし』
「え?」
『あら気が付いてない? あの人間、ずっと見ていたわよ? まあこれ以上近づいてこないようだったから様子を見ていたけど、やっぱりできるだけ離れておきたいし』
「え、ちょっと待って! 精霊王ってどこにいるの⁉」
『んー。気まぐれだからなぁ。まあきれいな場所じゃないといないっていうのは知っているけど……。ま、そう言うことで!』
ラーワはそれだけ言い残して少し浮き上がるとすうっと消えてしまった。
私は言われた内容を飲み込めずに
(黒い精霊が食べられて……それで力を増す禍々しい蛇? 邪気を取り込んでいるとでもいうの?)
なにも分からない。
それに精霊王という単語は聞けたが”きれいな場所”だなんて抽象的すぎて参考にすらならない。
結局謎がさらに深まっただけになってしまった。
「精霊がいたのか?」
「!」
考え込んでいるとすぐ後ろに、いつの間にか公爵さまが来ていた。
彼はラーワが消えた場所をじっと見ている。
見えてはいないのだろうけど、何かの気配は感じ取っていたようだ。
「……はい。花の精霊みたいです。それで……」
「ん?」
言いよどんだ私に不思議そうな顔を向けてくる。
せっかく精霊を見つけたというのに得られた情報は少ない。
公爵さまにそれを伝えてしまえばがっかりされること間違いないだろう。
(それに、精霊王に会ったことなんてないはずなのに、王の香りがついているだなんて……)
まだ確定の情報でもないのに話してぬか喜びさせてしまうのも忍びない。
私についての情報はもう少し確たるものになってから話した方がいいだろう。
「精霊王という存在がいることは間違いないようです。気まぐれでどこにいるかは分からないと……。ただ”キレイな場所”じゃないといないらしいということしか分かりませんでした」
精霊王に関する情報だけを伝える。
彼の中にいるという蛇についても、不安を
「そうか。ふむ……。なら一度屋敷に戻って領内のきれいな場所をしらみつぶしに探そうじゃないか」
公爵さまは何故か嬉しそうにキラキラとした笑みを零した。
何か含みのあるその顔に、嫌な予感が湧いてくる。
「……何か思い当たる場所でもあるんですか?」
「はは鋭いな。公爵領の東に一度入ったら出られないと言われている森がある。人の手が入っていないから原生林そのものなんだが、どうだ? 精霊のいう”キレイな場所”と言ったら人間の手が入っていない自然そのものをいうんじゃないか?」
確かに精霊は人間を好んでいないから、きれいな場所と言えば自然に囲まれた人目につかない場所になるだろう。
でも……。
「一度入ったら出られない……?」
「ああ。帰った者はいないそうだ。だから
「……まさかそこに行くって言わないですよね?」
「いいや? 精霊王に会える可能性があるんだったら行かないという選択肢はないだろう?」
行くのが当然という顔でそう口にする公爵さまに胃が痛くなってきた。
「……そうですか。ではおかえりをお待ちしておりますね」
逃げるように屋敷に向って歩き出せば腕を掴まれる。
見上げた公爵さまはとてもいい笑顔を向けていた。
「何をいっているんだ? 一緒に行くに決まっているだろう? 死ぬときは一緒さ」
「あ、
「残念、却下だ」
きっぱりと断っても無駄だった。
私はそのまま泣きながら屋敷へと連れていかれたのだった。
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