第5話 お見送り

 


 精霊を見つけた次の日から、公爵さまは仕事で2週間程王都に出向くことになっていた。


 これで出られなくなる森とやらに行かなくてもよいかと喜んだが「帰ってきたら一緒に行こうね」といい笑顔で言い切られてしまった。


 やはり森に行くことは避けられないようだ。



 そして今は公爵さまを見送るために正門に集まっているところだ。


「それじゃあフラリア行ってくる。いい子で待っていろよ」

「子供ですか私は」


 ポンポンと頭を撫でてくる手を叩き落としてじろりとにらむと楽し気に目を細めてきた。



「寂しいのは分かるがそんな顔をするな。俺だって本当は連れて行きたいさ」

「……」

「ぶはっ……くくく」


 何を言っているんだこの男は、という白い目を向ければ今度は耐えきれないというように笑い始めた。

 何がそんなに面白いのか。



 この人は私の顔を見てはよく笑う。

 本当に失礼な人だ。



 周りに集まっていた公爵家騎士団の人たちも笑い続ける公爵さまにざわざわとし始めてしまった。

 公爵さまの様子に驚いているような感じだ。


 目をかっぴらいて私たちを凝視ぎょうししている騎士さんたちになんだか申し訳なくなってしまい、軽く会釈えしゃくをするとあちらも慌てた様子で返してくれる。


(いい人だなぁ)


 そう思ってほのぼのとしていた私の顔を公爵さまはあろうことか強引に自分の方へ向けさせようと割り込んでくる。



 すでに馬に乗っているからかなり見上げなくてはいけなくて首が悲鳴をあげた。


「何ですか。他の人にも挨拶あいさつをしようとしたのに」

「必要ないさ。妻からの見送りの挨拶を受けられるのは夫の特権だろう?」

「……ずっと見送っているはずなのに全然出ていく気配が見られないのはなんでなのでしょう?」


 にこりと微笑みで返されるが何も解答になっておらず嫌味を込めて見つめる。


 お互い笑顔であるのにその間では火花が散っていた。



 だってかれこれ10分以上門の前で待機たいきしているが、このままだとだらだらといつまでも居座りそうな気配を感じるんだもの。



 冗談じゃない。

 ひ弱な私はもう体力の限界が近いのだ。


 私は力の限り公爵さまの背中を押した。


「もう! 早くいってきてください!」

「はいはい、分かったって。……じゃあ行ってくる。土産みやげを楽しみにしていてくれ」


 公爵さまもそれ以上は私の体力が続かないと分かっていたのだろう。

 そう言い残し、最後に頭をひと撫でして出発していった。



「……はあ。疲れたわ」


 私は遠ざかっていく集団をしっかりと見送ると長く息を吐きだした。



 だけどやるべきことはいろいろ残っている。

 呪いの研究資料にも目を通しておくべきだし、精霊探しも続けなくては。


 思わず溜息を吐いてしまう。

 けれど彼がいないということは精霊探しがはかどるということ。


 いろんな情報を集めるチャンスでもある。


「……よし」


 少し休んだらすぐにリストアップから始めよう。

 これも私の平穏へいおんの為と思えば頑張れる。


 私はそう意気込んで部屋へと戻っていった。


 

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