第8話 ある女の野望

 


「なんでなの!?」


 その女は酷く荒れていた。


 暗い部屋の中には破かれた紙が散らばり、情熱的な深紅の髪が振り回される。

 なまめかしい唇からは荒い吐息が吐き出された。



「あの女……あの女が来てから全部がおかしくなったのよっ!」


 女の大きな赤い瞳が窓から見える屋敷の一角を映すと途端に鋭く細められる。


 ――女が見ていたのはフラリアの部屋がある方向。



 女は公爵夫人の座を狙っていた。

 そしてそれはフラリアがこの屋敷に来る前から。


 あこがれの貴族の使用人になったからには、自分の美貌びぼうとスタイルを使ってその家の女主人になろうと決めていたのだ。


 そのためにきつい仕事にも耐え、ノルヴィスに気に入られるためにいろいろと試行錯誤しこうさくごをしながらアピールを続けてきた。



 その甲斐かいもあって最近ではノルヴィスの世話をするメイドに抜擢ばってきされた。


 それなのに……。



「毒持ち女のくせして、あたしの席を奪うなんて、許せないっ!」


 ある日突然屋敷にフラリアがやってきてしまった。


 女からしたらもうすぐ手に入るはずだった席が、ポッと出の女に奪われてしまったということになる。


 自分がしてきた努力も我慢も、何もかもが踏みにじられた。

 あまりに突然のことでどう考えてもおかしい結婚に納得できる訳もない。



 だが、結婚相手の女が毒を持っていると聞いて察した。

 ああ、ノルヴィス様は脅されて仕方がなく結婚したんだ、と。



 そうとしか思えなかった女は何とか毒女を追い出そうと画策かくさくした。

 フラリアを歓迎していないムードを作ったり、敵意のこもった眼差しを送ったり。


 けれどもあの毒女はちっとも気に留めやしない。

 全くと言っていいほどなんの効果もなかった。


「本当に、なんて図太ずぶとくて厚かましい女なの?」



 そして女の憎悪ぞうおは膨らんでいった。

 今も爛々らんらんと輝く瞳の奥にはくらい炎が滲んでいる。



「……まあ良いわ。どうせそれももうすぐ終わる。初めからこうすればよかったわ」


 女は手元を見て薄く笑う。

 その手には無色の液体が入った小瓶が握られていた。



 チャポンとビンの中で液体が怪しく揺れる。



 ――ノルヴィスがいないときに毒に関することで事件が起こったら、疑念の目はどこに向くか――



 一番身近に毒を持つ存在があるのだから、当然そこに行くだろう。



 そうなれば「公爵家の支配者がいない時に毒女が本性を現した」という筋書きに簡単に持っていける。

 女はそう考えると自然に口角が上がっていく。


「ああ楽しみだわ」


 大丈夫。自分は普段の素行も良く、仕事もきちんとこなし人当たりもいい。

 猫を何重にも被っているから。

 だから自分がやったなどと誰も考えもしないだろう。


「ふふ、完璧ね」


 女は早くも勝利の確信を持っていた。

 後は実行に移すのみ。


「そうすれば……全部手に入るっ!」


 女は夜間にも関わらず悠々と屋敷の中を歩き目当ての場所へと向かっていった。



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