第11話 答え合わせ

 

 くすくすという笑い声が夕暮れの廊下に響く。

 もちろん笑い声の主は私だ。


 だってネルとかいうメイドの言い分には穴がいくつもあったんだもの。

 笑わずにはいられなかった。



「ふふ、全く身に覚えのないことだけど、根拠というのはあなたの目撃情報だけなの? それじゃあとても根拠とは言えないのが分からないのかしら?」

「え?」

「ねえ聞きたいのだけど、この子と同じように私が毒を放ったところを見た人はいるのかしら?」


 集まった使用人たちは私の問いに顔を見合わせながらも手を上げることはない。

 手が上がっているのはネルを囲う3人のメイドのみだ。


(抱き込めたのはもともと懇意こんいにしていた者達だけのようね)


 こんな大それた計画を実行に移したのに詰めが甘い。

 最低でも彼女が普段つるんでいない人間の協力を得なければ信憑性しんぴょうせいにかけるのが分からないようだ。



「残念ながらあなたに与する人しか手が上がらないわね。……本当に見たのか疑わしいわ」

「っ! 貴方が怖くて黙っているんじゃないですか! ご身分を振りかざすのはおやめください!」


「あらあら、別に振りかざしてはいないけれど。……でもまああなたも分かっているんじゃない? 私は公爵夫人であなたは一介のメイドでしかない。どちらの言葉の方が重いかなんて子供でも分かるでしょう?」


 にっこりときれいな笑みを作る。

 たぶん私の人生史上、一番表情筋が仕事をしていると思う。


「っ! このっ!」

「あっ! ちょっとネル!!」


 それがメイドの琴線きんせんに触れたようだ。

 メイドはそのまま仲間の制止も聞かずに私に掴みかかる。


「あんたなんかがっ! わたしを笑うんじゃないわよ! この毒女がっ!!」


 ものすごい剣幕けんまくつばを飛ばしながら叫ぶネルと呼ばれた女。

 先ほどまでの取りつくろった仮面すらかなぐり捨てている。



 集まっていた使用人たちが慌ててネルを取り押さえる。

 夫人への暴行で現行犯だ。


 床に引き倒されたネルは荒い息を吐きだしながら血走った眼をむけてくる。

 乱れてしまった服を直しながら、私は彼女の元へと寄り語り掛ける。



「追い出せなくて残念だったわね。気持ちを抑えられなかったあなたが悪いのよ? ……それにしても巧妙こうみょうに隠したものね。食材や料理の中じゃなくて使う人も使わない人もいるジャムの中に毒を仕込むなんて」

「……は?」


 ネルは私の言葉にさあっと顔を青くする。


 その態度は既に自白したようなものだが、ここで追及をやめてあげる程優しくはないし被害に遭っている人たちの苦痛をなかったことにするなんてできない。


「ねえ、私の後をついてきていたのに疑問に思わなかった? なぜ犯人と疑われそうな厨房や食堂に行っていたのか」


 私はニコリと微笑んで答え合わせをするようにゆっくりと話す。



「私にはね、毒があるだけじゃなくて毒が効かないのよ。それに食べれば毒があるかどうかが分かるの。……だからね、ここ3日の間に使用人たちが口にしたものを少しずつ食べて確認していったのよ」

「はあ!?」


 私の言葉にざわめきが起こるが気にせずに進める。


「何をそんなにおどいているのか分からないけれど、毒を判断する力があるのに使わない手はないでしょう? 料理や食材などはもう確認されていたから主に調味料とか、アクセントに付け加えるものとか、そういう細かいものを確認していったわ」


 ネルはだんだん体が震えてきたようで、まるで化け物でも見る様な目をしている。

 安心させるように微笑めば、さらに怯える様に首を引っ込めてしまった。


 その様子が面白くて少しだけ笑ってしまったのをごまかして口を開く。


「……そしたら案の定だったわ。今ここに持ってきてもらっているのだけど、見覚えはない?」


 私は手を叩いてシェフのマイクを呼び寄せた。

 マイクは親のかたきのような顔でネルを見ており、その手にはオレンジ色のジャムの入った瓶がある。


 シェフの聖域でもある厨房を汚されたら怒るのも無理はないだろう。


 彼から受け取った瓶をネルの目の前に持っていくが彼女は震えるだけでかたくなに頷かない。



「うーん、もしかして私の力を疑っているのかな? それだったらあなたにこのジャムを食べてもらえばいいと思うのだけど、どうかしら?」

「っ!?」


 ビンを開けて口元に持っていく。

 ネルは首をぶんぶんと振って抵抗ていこうしているが、取り押さえられているせいで動くことができない。


 抵抗ができないと分かると顔を青ざめながらもキッと私を睨んできた。


「あんたね!! わたしにこんなことをしてただで済むと思ってんの!? わたしは旦那様のお気に入りなのよ!!」


 唾を飛ばしながら血走った眼をかっぴらき壊れたように笑いだす。

 ついに本性を現したようだ。


 だが、公爵さまのお気に入りとはどういうことだろうか?


「あはははは! そうよわたしはお気に入りなの! 旦那様に雇われて旦那様のお部屋にだって呼ばれているのよ!? わたしに手を出せば旦那様が黙っちゃいないわ!」

「……」


 周りへ目をやると、使用人たちはネルに敵意を向けながらも手を上げることはできないでいた。

 恐らくお気に入り云々は周知の事実なのだろう。



 ――チクリと胸が痛んだ気がした。



 手を止めた私を見てネルは勝ち誇ったようににやりと笑う。


「あんたみたいに毒持ちの女じゃあ世継よつぎなんて授かることもできないでしょう? 将来はわたしの子供がこの家を継ぐことになるわ! だからわたしはあんたよりも上の立場になるの! そしたら今日のことを後悔させてあげるわっ」




 はあはあと荒い息だけが廊下に響く。


 何かを言わなくては。

 けれど彼女の言葉がとげのように刺さり言葉が出てこない。


 ぎゅっと手を握りしめることしかできなかった。


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