第15話 私がいる限り
夜、使用人すら眠りに付いた深夜。
私は一人こそこそと屋敷を抜け出した。
皆事件の疲れから深い眠りについているようで、屋敷を出るまでに誰にも会うことはなかった。
着せられたパジャマのまま暗い森を進む。
はあはあと息が上がるけれど、決して足を止めることはなかった。
シルヴェート公爵家の人たちはとても優しい。
毒があると分かっているのに、私のことを一人の人間として……いいえ、それよりもはるかに
それが私にとってはこの上もなく嬉しいことだった。
ここにいるとぬるま湯に使っているようで心地がいい。
私自身もそのことに
(……でもだからこそ、とても怖い)
誰かを、どこかを大切に思う度、もしもそれを壊してしまったら?
自分の毒で優しい公爵家の皆が傷ついてしまったら?
そして、それを理由に嫌われてしまったら?
(私はきっと耐えられない)
「っ!」
何度も何度も押し込めてきた恐怖心。
『お姉様はいるだけで人を不幸にするの。生きていてもなんの役にも立ちはしない。……ねえ、だから早くいなくなればいいのにね?』
幼いころの記憶がよみがえる。
私の存在を否定する様な言葉は、幼い私の心の深い部分に食い込んで消えない傷をつけていた。
……けれどキャラルのいう通りかもしれない。
確かに今回の事件で毒を食らってしまった人たちにとって、私は
だって私が現れなければ今回の事件など起きるはずがなかったのだから。
使用人たちに「お前のせいで」と責められでもしたら、耐えられる自身はなかった。
幸いにも患者ヘの処置が適切だったおかげで
――そう、私がいる限り。
キャラルのいう通り、私の存在は人を不幸にする。
それが例え、どれだけ大切に思う人であっても。
(そんなことになるくらいなら、まだ手放してあげられるうちに離れたほうがいいに決まっているわ)
もちろん公爵さまの呪いを解く方法は探し続ける。
精霊王だって見つけ出して見せる。
でもそれは私一人でやればいい。
そうして走り続けていたが体力が急につくわけもなく、だんだんと苦しくなり立ち止まってしまった。
早く離れなければと思うけれども体がついていかない。
苦しくて木に体を預ければ、奥の方に泉があるのに気が付いた。
うっすらと発光している泉は、夜の森の中では輝くように存在を主張している。
何かに導かれるように重い体を引き摺って向かえば、色とりどりの精霊たちに迎えられた。
どうやらここは精霊たちの遊び場になっているようだ。
『人間? 人間だ!』
『あれ? でもいい匂いする』
『精霊眼?』
精霊たちがふわふわとそこら中に飛んでいる。
これだけの数の精霊が集まっているところなんて見たことがない。
『ねえねえ、なんで泣いているの?』
「え?」
言われて頬を触れば確かに濡れている。
そこでようやく自分が泣いていることに気が付いた。
「あ……」
意識してしまえば余計にあふれ出す涙。
足に力が入らなくなってしまい、その場に座り込む。
「……私、怖いの」
『怖い?』
「誰も傷つけたくないのにっ! あそこにいたら私はまた取り返しのつかない過ちを引き起こしてしまうわっ」
とめどない恐怖が
こんな思いをするくらいなら、初めから大切な人なんて作らなければよかったのに。
こんな気持ちなんて気が付かなければ……。
でも、今ならまだ間に合う。
「……だから私はここから離れたほうがいいの。ねえ、あなた達。身を隠すのにいい場所を知らないかしら?」
流れる涙もそのままに問えば、精霊たちは明らかに困った様子で顔を見合わせている。
その時1匹の精霊が進み出てきた。
鳥のような姿をした精霊だ。
『ボクが連れて行ってあげるよ。君が望むなら。ボクは君に借りがあるからね』
「え?」
『少し前、悪意を吸い過ぎて堕ちてしまったボクを助けてくれただろう?』
言われてよくよく見ると、鳥の形をした精霊は公爵さまにくっついていた黒い精霊のうちの1匹だった。
「あなた、生きていたのね」
『おかげ様でね。ため込んでいた悪意を君が溶かしてくれたおかげさ。ボクはトニ。風を司る精霊さ』
あの時黒い精霊を掴んだら黒が剥がれ落ちたように見えたのは錯覚ではなかったらしい。
鳥の精霊の推測では、私の毒は落ちる原因であった悪意を解毒したのではないかとのことだった。
毒を以て毒を制すとはいうけれど、そんなことがあるのだろうか?
『まあ原理なんてどうでもいいんだ。ボクが君に助けられたっていうのは間違いようがないから。……それでどうするの?』
トニに尋ねられ私は決意を込めて彼を見る。
『そう。分かった』
トニはそう言うと準備するように私の周りをくるくると飛んでいく。
しばらくすると体がトニと同じ青色の光を宿し、宙に浮かんだ。
重力などまるでないように体が軽い。
「すごい……っ!」
『それじゃあ出発するね』
トニは高く飛び立つ。
私の体もそれに合わせて浮かぶ。
地から足が離れたのを感じた。
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