第5話 ひと騒ぎ

 

 カフェで休んで体力を回復した私たちは街の中を手をつないでぶらぶらと歩いていた。


「はぁ~! 外ってこんなに楽しいところだったんですね」


「楽しめたようでなによりだ」


 宝石店で職人さん達の研磨けんま技術を見せてもらったり、市で買い物をしたり。

 初めての経験をたくさんさせてもらった。


 他者とできるだけ関わらないように生きていた私にとっては刺激的しげきてきな一日だった。



 はしゃぐ私にずっとついてくれたノルヴィス様はいつもの意地の悪い笑みではなく、優しい眼差しでこちらを見てくる。


(この人こんな顔も出来たのね)


 もしかしたら今の顔がイニスの言っていた私といるときだけにする表情なのかもしれない。

 そうだったら良いな。



「さて、そろそろ帰るとするか」


「そうですね。陽もだいぶ傾いてきましたし」


 私たちは馬車を呼んで到着を待つ。


「ピュイー! ピイー!」


「アコニ!? どうしたの?」


 その時肩に乗ったアコニが急に騒ぎ出した。

 尋常じんじょうじゃない騒ぎ方に驚いて落ち着ける様に手に抱えるも、手から抜け出し一目散いちもくさんに飛んで行ってしまった。


「ちょ! アコニ? どこにいくの!?」


「とにかく追ってみよう」


 ノルヴィス様も普通ではないと感じているようで素早く追いかける。




 向かった先は先ほどまで買い物をしていた市で、何やら騒ぎが起きているようだった。

 たどり着いた時には既に悲鳴と怒号どごうが上がっていた。


「きゃー!! 誰か捕まえて! 荷物を取られたの!」

「どけっ!!」


 見れば片手に大きな荷物を、もう片方にナイフを持った男がこちらへと突っ込んでくるところだった。

 恐らくはひったくり犯だろう。


「ピュイー!!」


 アコニが犯人をさして鳴いている。

 きっと大きな悪意を感じ取ったから私たちに知らせようとしていたのだろう。


 頭ではなにかしなければいけないと分かっていても、体がついてこない。

 一瞬でパニックにおちいってしまったのだ。



 そうこうしているうちにひったくり犯がすぐそばにまで来ている。

 犯人の逃走ルートは私たちのいる場所が入っているのは明白で、ナイフを振り回しながら眼前まで迫っていた。


「道をあけろ! くそ女!」

「っ!」


 咄嗟に動くこともできずぎゅっと痛みに備えて目をつぶる。


「……?」


 カラァン!


 ところがいくら待てども痛みは来ずに聞こえてきた固いものが落ちる音に恐る恐る目を開くと、目の前にはノルヴィス様の背中があり、ひったくり犯の腕をねじ上げているところだった。


「ぐわああああ!」


 ひったくり犯の悲鳴が上がるけれどもねじ上げる力をゆるめないノルヴィス様からははげしい怒気どきがあふれ出ていた。


「……貴様、だれのことをくそ女といった?」


 底知れない低い声が響く。

 先ほどまで騒然そうぜんとしていた辺りが一瞬にして静まり返る。


 ひったくり犯なんかはぶるぶると震えて完全に顔面蒼白そうはくだった。

 自分でどうこうできる人間でないとさとったのだろう。



 動けるのは護衛の騎士たちだけだ。

 彼らはテキパキとひったくり犯を締め上げてどこかへ連行していった。



 本当にあっという間の出来事だった。


「……あ」


 安心すると一気に力が抜けてその場にへたりこんでしまう。

 立ち上がろうとするけれども足に力が入らない。


 どうやら腰が抜けてしまったようだ。


「大丈夫かフラリア?」


「大丈夫……なんですけど。その腰が抜けて……」


 ノルヴィス様が手を伸ばしてくれるがしばらく立ち上がれそうにない。

 いまだにバクバクとなる心臓も落ち着きを取り戻せていなかった。


 だって初めて肉体を害されそうになったのだから。

 体力も筋力も人よりない私が肉弾戦になればどうなるかなんて分かりきっているだろう。


 今更ながら恐怖がわいてくる。


 その時ポンと頭を撫でられて顔を上げた。


「怖い思いをさせてすまないな。だが安心してくれ。お前には何があろうと手出しをさせないから」


「……はい」



 にこりと微笑ほほえみそう言われてしまえば先ほどまで感じていた不安などすぐに消えてしまった。


 ひょいっと持ち上げられて待たせている馬車へと連れられて行く。

 あれだけ恥ずかしかったお姫様抱っこも、今は密着出来て落ち着く。


(……私にとってノルヴィス様はもう精神安定剤のようなものなのかしら)


 傍にいれば落ち着くし、離れれば心配でたまらなくなる。

 いつの間にかなくてはならない人になっていたのだ。



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