ノルヴィスの過去 (重い話です苦手な方はエスケープ推奨)

 


 俺には腹違いの弟妹が10人いた。

 全員に短命の呪いと発作ほっさが現れた。


 そのことに怒りと恐怖を覚えた父は俺たちへの関心をなくし、産ませた女たちも捨てた。

 真実の愛をうたって寄って来た女達だというのに呪いが解けなかったからと。



 ただ一人、俺の母である正妻を除いて。



 もちろん母も俺や子供たちに優しくすることなどなかった。


 自分にも短命の呪いが降りかかっていると分かった時、既に壊れてしまっていたから。




 そんな屋敷の中、俺たちは必死に生きようとしていた。



 ……だけど。


 10歳になる前に7人、呪いの発作に耐えきれずにはかなく散っていった。


 もうこれ以上兄弟が減るのは嫌だった俺はより過保護かほごになった。

 こいつらだけでも生かしてあげないとと必死だった。



 でもある日、残った3人も壊れた母に毒を盛られて消えていった。

 その毒は5年に1度食べられる甘い菓子に盛られていた。


 いつもだったら食べる前にいろいろと調べて安全を確認してから食べていた。

 俺たちの食事には何度も毒を盛られていたから。


 恐らくは母の仕業だったのだろう。

 確認するのはもう癖になっていたのだ。


 でもその日は、5年に1度の発作を終えて全員で生き残れたことに浮かれていた。

 


 結果、警戒心けいかいしんが薄くなっていた俺たちを、毒はあっけなく飲み込んだのだ。




 目が覚めたら、俺は一人ぼっちになっていた。


 あの時オレが早く気が付いていれば……。

 警戒心を持っていればと何度思ったことか。


 だからあの記憶を呼び起こす甘いものが苦手だ。


 それは今も変わらない。

 どれだけ歳を重ねようが、トラウマはそう簡単に消えるものではないのだ。




 そして父は子供が10人死んだことを公表しなかった。


 次々に子供が死んでいく、呪われた血筋だと言われることを避けたかったのだろう。


 外面的には子供に恵まれた豊かな家族。

 けれどその実情は、虚しいだけの虚像でしかない。


 そうして俺だけは生き続けた。


 もう何も感じない。

 ただこのまま虚しく寿命が尽きるのを待つだけなのだろう。



 そのうち父の寿命が近くなると、俺に命令を下した。


「父と母を殺せ」と。


 苦痛に耐え続けるのに嫌気がさしたようだった。


 このころの俺は両親を手にかけるのになんの躊躇ちゅうちょもなかった。

 

 むしろ、ああ、ようやく解放されるという思いが強かった。



 だから俺は両親をそのまま手にかけた。

 それは心底どうでもよかった。



 けれど弟妹たちを呪いや親に殺されたことにしたくなかった。


 だから俺はことにした。


 どうせ両親の罪を背負うのなら兄弟たちの分を背負ってもいいはずだと。



 なるべく酷い噂を流し、人を寄りつけないようにした。


 で全てを終わらせるために。


 解ければ良し。解けなくても自分が死ぬだけだから問題ない。

 もう……早く終わってくれと。




 ……そう思っていたはずなのに。


 俺の前に、フラリアが現れた。


 

 彼女は忘れていたはずのぬくもりのような人だった。



 つらい境遇だったはずなのに生きることを諦めなかった。

 俺と同じく頼れる人などいなかったはずなのに、それでも光を失っていなかった。


 俺のことをまっすぐに見つめて、言葉を交わしてくれる。


 呪いの子とも、無価値な男とも、血塗られた公爵とも違う。

 俺のことをとして見てくれる。


 そんな光がまぶしくて、でもずっと見ていたくて。

 いつの間にか彼女は俺の心の中心に入り込んでいたんだ。



 気が付けば何よりも大事なものになっていた。


 彼女がくれるのなら例え毒でも、甘いものでも食らおう。

 彼女が欲しがるものは何でも与えよう。


 そう思えるようになったのだ。



 そんな彼女を傷つけたくない。

 傷ついてほしくなかった。



 彼女の心を知りたかった。

 彼女を大切にしたいし、自分自身を軽々しく扱ってほしくない。



 だから彼女の意志を確かめるために口にした言葉は、俺の意図とは違う意味で彼女に伝わってしまったみたいだ。


(俺は君を大切にしたいから、無理をしなくていい。急がなくていいんだ)


 だって彼女の体は震えていたのだから。

 そう伝えたかったのに……。


 モヤを放ち俺の腕を振り払って遠ざかっていく彼女を追い掛けたいのに体に力が入らなかった。


 そう。俺はいつだって

 手が届かないものになって初めて後悔する様な男だ。


 ……でも。

 それでも。


「フラ……リア」


 腕を伸ばすけれど、そのまま俺の意識は闇に落ちていったのだ。

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