第3話 フラリアの言伝

 


「フラリアの様子はどうなっている!?」


 部屋の中に切羽せっぱつまった声が響く。

 ノルヴィスが屋敷に戻ってきて1週間。


 帰ってきたらあの時のことをびて、自分の気持ちを正直に打ち明けようと思っていた。

 ようやく王都での仕事を終えて帰って来たが、どういう訳かフラリアは自分を避け続けていた。



 出張にいく前から避けられていたそれがまだ続いているのかと思ったが、そうではなかった。


 フラリアは体調を崩し部屋にこもりきりになってしまったのだ。

 そして自分は部屋にすら近づけてもらえない。


 フラリアからの言伝ことづてでノルヴィスを近づけないように言われた使用人たちがそれとなく邪魔をしてくるのだ。



 ノルヴィスは何だか胸がざわついて仕方がなく、ついにディグナーに詰め寄った。


「落ち着かれてください旦那様」


「落ち着けだと!? 無茶を言うな! フラリアが倒れてからもう5日だぞ? 医師の治療すら受けず一人部屋に籠り切り。これが落ち着いていられるか!?」


「……」


 凄まれているディグナーは、それでも沈黙を守り続ける。


 苛立たないわけがなかった。

 ノルヴィスの眼差しは剣呑けんのんさを増して今にもその喉元に剣を向けてきそうな勢いだ。


「吐け。俺が出ている間に何があった?」



 ただの風邪にしては様子がおかしい。

 それに屋敷中が妙にざわついていた。



 ――使用人たちは何かを隠している。



 それに気が付かない訳がなかった。

 そしてそれは恐らくフラリアに関わること。


 なりふりなど構っていられない。


「……お前らが何も言わないのなら仕方がない。強硬きょうこう手段を取らせてもらう」


 ノルヴィスはもうフラリアの言伝を破ってでも彼女の様子を見に行くことを決めていた。

 足は自然と彼女の部屋へと向かっていく。


 それを見たディグナーはもう自分ではノルヴィスを抑えられないことを悟り固く閉ざされていた口を開いた。


「……実は――」



 ◇



「なんだと、ノーレインが?」


「はい。それからです。奥様が体調を崩されたのは」


「……つまりその女が何かをしたということか?」


「それは分かりません。ただ奥様は女を見た時さっと顔色を変えられておりました。恐らくは我々には見えない何かを見たのかと」


「精霊か……」


「恐らく」


 フラリアには人には見えない精霊が見えている。

 それは公爵邸では周知の事実だった。



 キャラルを見たとき、今までにないほど青ざめていたのをはっきりと見ている者たちの間では、今回のことも精霊絡みであると容易に想像がついた。


 一人部屋に閉じこもったのは、ノルヴィスに悪影響を及ぼすことを恐れたからだろう。


 精霊絡みであれば、医師の治療などなんの意味もない。

 それが分かっていたから拒んでいたのだ。


「奥様はわたくしに言われました。旦那様を絶対に部屋に近づけないでほしいと。これは旦那様には毒だから、と」


 すべてはフラリアの気遣いに他ならない。

 だからこそディグナーたちはフラリアの意志をおもんばかり、ノルヴィスを彼女の部屋に近づけないようにしていたのだ。


 使用人たちとてフラリアを案じていたが自分たちではどうしようもできないのに加えて、本人からお願いされてしまっては従うしかなかったのだ。




「黙っていて申し訳ありませんでした。いかなる罰もお受けする覚悟でございます」


「……」


 ノルヴィスは深くため息を吐いた。

 そして静かに足を進めていく。


 向かう先はフラリアの部屋だ。


 フラリアの気遣いは嬉しい。

 だが一人で抱え込まれるのは違う。


(目が覚めたら文句もんくを言わねばな……)



 静かに扉を開く。

 途端とたんにもわんとした不快な空気がもれてきた。


 それに構わずノルヴィスは足を進めていく。


 ベッドの横、眠りに付いたフラリアの顔にそっと触れた。



「フラリア……」


 驚くほど冷たいその頬は血が通っているのかすらあやしいほど青白くなっていた。

 傍から見れば死人のようにとれる彼女は僅かに眉を寄せて苦し気に息を吐いているおかげでまだ生きているのが分かる。


 思っていたよりも酷い状態だった。



「……こんなになるまで、なぜ黙っていた?」


 ノルヴィスはひどく柔らかい声色で小さくこぼす。



 分かっていた。

 それが彼女の不器用ぶきような優しさだと。


 自分が傷つくよりもノルヴィスが傷つくことを恐れていたからこそとった行動なのだと。


 だから。


「少しだけ待っていてくれ。すぐにを絶ってこよう」


 すくりと立ち上がり静かに部屋を後にする。


 ノルヴィスからは激しい怒りがもれ出ていた。



「アコニ。いるのだろう」


「ピュイ」



 まるでまってましたと言わんばかりに出てきたのはフラリアの力から生まれた精霊、アコニだった。

 ノルヴィスが言わんとすることを分かっているというように自然と彼の顔の前に寄る。


「お前が俺の目になれ」


「ピイ!」


 二人が頷き合うように触れると途端に眩い光があふれた。

 光が収まるとノルヴィスの右目にいくつもの星が浮かんでいた。


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