毒女(物理)は、訳あり公爵さまから逃げ出したい〜偽りの結婚だったのに溺愛されるとか聞いてません!
香散見 羽弥
1章 始まり
第1話 どうやら売られてしまったようです
「お前の寿命はあと5年だ」
穏やかな日差しが降り注ぎ、柔らかい風でカーテンがふわりと舞う。
品のある家具が揃えられた広い部屋で、男は穏やかさとはかけ離れた言葉を口にした。
私はどうやら人生最大のミスを犯してしまったようです。
私――フラリア・ノーレインはそんな男の顔を涙目になりながら見つめた。
頬が引きつっているのがわかる。
「それを
この状況に追いついていないというのに、目の前の男はさらなる追撃を食らわせてきた。
ほろりと涙が落ちる。
「これからよろしくな。俺のお嫁さん?」
男はきれいな顔できれいな笑みを作った。
蛇のように、じわじわと、獲物を追い詰める様に……。
状況が状況でなかったら
けれども私にはそんな余裕は少しもなかった。
「……な」
これ以上なく引きつった私の口から思わず声がもれた。
(なんでこんなことにーー!?)
なぜこんなことになってしまったのか。
それはここ、シルヴェート公爵家に嫁ぐことになったそのときまで
◇
「お前にはシルヴェート公爵家に嫁いでもらう」
「は?」
18歳になったばかりのその日、突然お兄様である伯爵からそんな命令を下された。
何を言われたのか理解できずとぼけた声が出てしまった私に、お兄さまは片眉を吊り上げた。
その隣には義母である前伯爵夫人とその娘、キャラル・ノーレインの姿もある。
2人は全身黒のドレスに同じく黒のヴェールを被った露出の全くない私の姿を見て笑っている。
私はフラリア・ノーレイン。
前伯爵が平民との間に作った子供、いわゆる庶子だ。
お兄さまと妹のキャラルは正妻であるお
「
お兄さまがあざ笑うかのように見下してくる。
「貴様のように毒を持っているようなやつなど伯爵家には相応しくない。使用人たちもその気味の悪い毒に怯えてしまっていい迷惑だ」
お兄さまのいう通り、私には毒がある。
生き物が私の素肌に触れればたちまち激痛が走る程の猛毒らしく、肌に触れずとも負の気持ちが大きくなれば毒のモヤが空気中に出てしまうことがある。
それを気味悪がった伯爵邸の人たちは私を「呪い持ち」と呼ぶようになった。
そんな私に屋敷での自由などあるわけもなく、いらなくなったものが詰め込まれる薄暗く狭い物置部屋で暮らしているのだ。
「貴様は我が伯爵家の恥。外にお前の力を知られるわけにはいかないが……どうにもシルヴェート公爵はお前の情報を持っていてな」
お兄さまは溜息を吐き出して
お兄さまたちは私の存在をずっと隠しているのに、シルヴェート公爵は一体どこで私のことを知ったのだろう。
そもそも私は伯爵家の庶子。そして相手はシルヴェート公爵。
夜会になど出たことのない私に公爵との接点などあるわけがない。
――シルヴェート公爵家
建国時からある
剣に優れた家系で、当主たちの振るう剣は
だがしかし、それほどの家であるのに現在の公爵家に嫁ぎたいという者はいない。
とある恐ろしい噂があるからだ。
「よかったじゃないお姉様。厄介者のあなたが公爵家に迎えられるなんてこんなに幸運なことはないわ! それが血で血を洗う様な気味の悪い公爵様だとしても、よ?」
キャラルは心の底からの笑みを見せた。
「まああんな恐ろしい噂のある家に嫁ぐなんてあたしはごめんだけど! でも公爵家はお金持ちよね。なんたってお姉様みたいな
渡されたという前金で買ったのであろう豪華なネックレスやドレスをこれ見よがしに強調してはにやにやと意地の悪い笑みを向けてくる。
「お姉様を売っただけでこんなに素敵なドレスが買えたのよ? お姉様にこんな価値があるわけないのに、馬鹿な人だわ!」
キャラルはお兄さまとお義母さまに甘やかされて育った影響か、誰よりも私を追い詰めることに余念がない。
今のように新調したドレスを見せびらかすためにわざわざ物置部屋を訪れることもあったし、料理を持ってきてはわざと床にぶちまけることもあった。
8歳で私に毒が発現してから早々に近づかなくなったお義母さまやお兄さまと違い、彼女だけはずっと私にかまい続けた。
何も私を気に掛けていたという訳ではない。
私に精神的苦痛を与えるのを楽しみにしていたからだ。
今もどうやったらもっと追い詰められるかを考えているのだろう。
「お姉様の価値なんてその辺に落ちている石と同等ですものね。それが大金と引き換えにできるなんてこの上もないいい買い物よね、お母様」
「そうよ。あんたが向こうに付いたらまた支度金がたんまり入るの。これであんたが今まで食いつぶしてきた分の採算がとれるわ。まあ、あの公爵のことだからすぐに殺されてしまうかもしれないけど、最後くらいは伯爵家に居させてあげた恩を返してもらわないと」
彼女らのいう通り現シルヴェート公爵には前公爵とその夫人、そして十数人の兄弟を皆殺しにして当主に上り詰めたというあまりにもむごい噂がある。
それ故に現公爵は“血塗られた公爵”と呼ばれているのだ。
それは物置部屋に閉じ込められていて世間に
「あはは! 本当に呪い持ちのお姉様にはお似合いの嫁ぎ先ね! 血塗られた公爵と呪われた女! 最高の組み合わせじゃない!」
キャラルは耐えきれないといったように噴き出し、指をさしてけらけらと笑い声を上げた。
要するに体のいい厄介払いというわけだ。
お兄さま達からすればとても美味しい話だろう。
厄介払いしたくても、触ることもできずにいた女を売るだけで莫大な金が入るのだから。
一石二鳥もいいところである。
それが面白くなかったのだろう、キャラルは私へと寄って来た。
「っ」
とっさに避けると、キャラルは悲鳴を上げた。
私に触れてもいないくせにわざとらしく倒れ込み涙を見せる。
「お姉様ひどいわ! あたしはお姉様を祝ってあげたのに毒を向けるなんて! 痛い!! 痛いわ! お兄様、お母様ぁ!!」
「キャラル!!」
キャラルに駆けより私を血走った目でにらみつけるお義母さま。
お兄さまに至っては虫けらを見るかのような冷たい目で見つめていた。
「もうこの家に戻って来るな。公爵家から追い出されたらそのままどこぞでくたばってくれ」
そんな言葉と共に追い出された私は自分の荷物など何も持たぬまま、表に待たされていた
その時でさえ一番下っ端の下男に長い棒で体を突き飛ばされて入れられた。
この家では私は触ると殺される恐ろしい化け物でしかない。
それを思い知らされたのだった。
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