閑話 そのころの伯爵家
キャラル・ノーレインはルンルン気分で廊下を歩いていた。
長年
最近の伯爵邸は以前よりもずっと明るくなった気がする、と彼女は思う。
使用人たちも毒に怯えることもなく、生き生きと仕事をしているのだ。
「あ、お嬢様!」
「あらメリーナ。どうしたの?」
キャラルの専属侍女であるメリーナがパタパタと駆けてきた。
メリーナはキャラルの命令に忠実で、なんでも引き受ける。昔から重宝している侍女だ。
その昔、キャラルは彼女にフラリアとその母を殺してほしいと頼んだ。
その結果、フラリアの母が死ぬことになった毒殺事件が起こされたのだ。
とにかくキャラルの為ならば手を汚すのも
そんな侍女だった。
「ブルンド侯爵家から夜会の招待状が来ましたよ!」
「え! 本当!?」
ブルンド侯爵家にはとてつもなくイケメンなご子息がいることで有名だ。
頭もとてもよく、将来を有望視されている。
それに何と言っても未だにパートナーを作っていない。
貴族令嬢たちの間では、彼の隣をめぐって静かな戦闘が起こっているとも言われている。
そんな侯爵家の夜会に招待された。
(これはもうほとんどあたしが彼の
キャラルは貴族社会で
「お嬢様、以前もお美しかったのに最近はもっとお美しくなったと評判ですもんね!」
「まあね。前回お会いした時も口説いてきていたし、そりゃああたしくらいになるとイケメンと名高い彼も向こうから来てくれるのも当然よね!」
「ですです~!」
メリーナも自分のことのように喜ぶ。
長年侍女をやっているので、キャラルが何を言えば喜ぶのかを熟知しているのだ。
「これは伯爵様にご報告するときも近いのでは!?」
「あ、そうね。お兄様には招待状がきたことを伝えておかないと! ねえメリーナ。今お兄様どこにいるか知らないかしら?」
「そうですね~。今の時間でしたら執務室でお仕事をなされているはずですよ!」
「そうなの? なんだか最近忙しそうにしているわね」
(お兄様もやっと厄介払いできたのだし少しは休憩すればいいのに)
最近はずっと執務室にこもりっぱなしだ。
(……まあ事業が忙しくなるのはいいことよね。収入も増えるし)
全てがうまく行っていた。
フラリアを追い出すだけでこうなるのだったらもっと早くにやれば良かった、とキャラルは思う。
そんなことを考えているといつの間にか執務室の前にいた。
少しだけドアを開け様子を伺う。
中では秘書と兄、セルドが話をしていた。
「――領内の農作物の収穫数が落ちてきているのは何故だ?」
「雨も降っていて干ばつなどは見られないので、恐らく領民が税を減らそうと虚偽の報告をしているのかもしれませんね」
「なんてずる賢いのだ。すぐに
勉強が嫌いで怠けていたキャラルには難しい話は分からなかったが、どうやら領民がずるをしたらしい。
(今はあたしの話をできるような雰囲気じゃないわね)
キャラルはそっと部屋を後にした。
◇
数日後。
「ねえ、なんか全体的に量がすくなくなぁい?」
家族で夕食をとっているときにキャラルは気が付いた。
お肉も小さいし、野菜も少ない。
前はもっと沢山、それこそ食べきれない程あったはず。
だが今は食べ終わってもお腹が完全に満たされることがない。
そう感じていたのはキャラルだけでなかった。
「確かにそうだな。ちょっとシェフを呼べ!」
セルドが命令を下すとしばらくしてシェフがやって来た。
その顔色は悪い。
「どうしてこんな風に食事の量が減っている?」
「そ、それは……」
口ごもるシェフにセルドは
「まさかお前、食費代を中抜きしているんじゃないだろうな!?」
「め、
「それをどうにかするのがシェフであるお前の役目ではないか? それに急な不作? 笑わせるな! 収穫量が減ったのは領民が税をちょろまかす為に偽りを言っているのだ。それを真に受けて予算を増やせとは……。貴様には伯爵家で働く資格などない!」
「そ、そんな! 嘘ではありません!」
結局セルドはその言葉に耳を貸さず、叱られたシェフはその後結局解雇になった。
セルドたちはまだ領内の変化に気が付かない。
自分の都合の悪いことを受け入れる気がないから。
フラリアがいなくなったあの日を境に、ノーレイン領では今まで採れていた量をとることができなくなっていた。
それまでノーレイン領が不作知らずだったのは、フラリアに食べ物を頼まれた精霊たちがばれないように少しずつ収穫量を増やしていたからに他ならない。
そのフラリアがいなくなってしまったのだから、精霊たちに力を使う理由がなくなった。
つまり本来の姿に戻っただけなのだが、豊作が基準になっていたノーレイン領にとっては不作に感じる程の減量だった。
その不作の責をノーレイン一家は領民のせいにして、税を引き上げる。
相次ぐ増税に耐えかねた領民は反発を起こし、不信感を募らせていく。
こうしてノーレイン伯爵家は緩やかに破滅へと向かっていく。
それに一家が気付くときにはもう取り返しがつかないほど荒れ果ててからだった。
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