第4話 呪いの理由
「――っえ?」
次の瞬間、私の前には先ほどとは違う景色が広がっていた。
暖かな日差しが降り注ぐ泉、その真ん中にある小さな島に私は座っていたのだ。
何よりも驚いたのは、私以外の人間がいないこと。
あれだけ近くにいたノルヴィス様ですらどこにも見当たらない。
彼の残り香だけが鼻に残っているだけだった。
「えっ!? どういう……ノルヴィス様、皆は!?」
「彼らはここへは来れまいよ」
パニックに陥ったまま状況を確認しようとした声に答えが返ってくる。
驚いて声の方向に振り向くと風の渦の中から長身の若い男の人が現れた。
艶のある深い緑色の髪は地面につきそうなほど長く、眠たげな青い眼には星が無数に浮かんでいる。
その男の人は私と目が合うと優しく微笑んだ。
「この声……さっきの」
皆と一緒にいるときに聞こえた声だ。
私は手袋をいつでも外せるようにしながら彼と向き合う。
「ここには来れないって、どういう」
「そのままの意味だ。我が招いたものしかここへは来れぬ。ここは我の領域だからな」
「我の領域って……あなたは一体……?」
話が全く分からない。
だけど私がここに来た理由は知っていそうな雰囲気だ。
それになぜだか彼とは初対面な気がしない。
……自分と似ているからだろうか?
深緑色の髪に星を浮かべた瞳。
それから雰囲気もなんとなく似ている気がする。
親戚だと言われても納得してしまいそうだ。
というかむしろそうじゃないとここまで似ないだろう。
「ふむ。やはり覚えてはおらんか」
「え?」
私の警戒と疑問が伝わったのか男は首を少しだけ傾げてつぶやいた。
綺羅星の輝く特徴的な目が私を見据えた。
「ならばまずは自己紹介と行こうか。我は精霊たちの王。生と死を司るから皆からは精霊王と呼ばれている」
「精霊王!?」
今精霊王って言った!?
一人で混乱しながらもそう声を上げると精霊王はふっと微笑んだ。
今目の前にいる男が探し求めていた存在なのかも分からない。
けれどほんの一瞬で違う場所へと連れてこられたのだからどう考えても人間ではない。
何かそういう超常的な力を持つものだということは間違いないだろう。
「……あなたは本当に精霊王なのですか?」
というか精霊王って一人しかいないのだろうか。
分からない。分からないが確かめなければ。
敵か、味方か。
「ふむ、疑っておるのだな」
精霊王(?)は口元に手を当てにっこりと頷いた。
「聡い子は好きだぞ。我らの血族はそうでなければ生き抜けぬからな」
「……血族?」
「ああ。そなたの母はシャウラであろう? 『シャウラ・トゥル・バシレウス』」
「!」
精霊王(?)はお母さまの名前を言い当てて見せた。
この世で私しか知る者がいないはずの隠された名を。
「な、なんで……」
バシレウスとは「王」という意味を持ち、その名を冠する者は困ったときに精霊の助けを得られる者であると教えられてきた。
けれどその名を表には出してはいけないとも言われてきた名だ。
確か、むやみに使うと人の世の理に亀裂を生じさせるとか。
その意味ははっきりとは分からないが、だからこそ私とお母さまだけの秘密であった。
それをどうして彼が知っているのか。
「なんでも何も、その名をそなたの先祖に与えたのは我だからな。隠された名に”王”をつけている者は我が血族ということよ。我が名はリブン・トゥル・バシレウス。いうなればそなたたちの遠い先祖だな」
にこやかに話す精霊王についていけない。
情報量が多すぎるのだ。
(精霊王が……私の先祖ですって?)
そんなまさかな話があるわけない。
だってそれを信じるのなら、私には精霊の血が流れているということになるのだから。
けれどお母さまからそんなこと一言も聞いたことがなかった。
だから信じられない思いでいっぱいだ。
「……それが本当だという証拠はあるんですか?」
「うむ? そうさな。我が血族達は我が目をもって生れてくる。そなたも持っているだろう? 『フラリア・トゥル・バシレウス』よ」
精霊眼とはそういう物だ、と彼はいう。
つまりは精霊王からの遺伝。
精霊眼を持つ者は精霊王の寵愛を受けたものであるという話は大体あっていたようだ。
(この眼にそんな意味があるだなんて、考えたことがなかったわ)
思えば私は私のことをしっかりと知ろうとしたことがなかったように思う。
精霊眼も単に精霊を見ることのできる目だと思っていたし、毒の呪いのことだって自分の都合のいいようにしか捉えていない。
(……もしかしたら毒の呪いにも何か意味があるのかしら)
ずっと怖くて深く考えないようにしていたそれも知らなくてはいけないのかもしれない。
「それなら私はあなたの子孫なのですね……」
「ああそうだ。精霊と人間の時の流れは異なるから見た目では信じられぬかもしれぬが」
精霊王は困ったように眉を下げ頬を掻いた。
その様子がお母さまそっくりで、やっぱり彼の話は本当なのだと納得してしまう。
お母さまも何か困ったことがあると精霊王と同じように眉を下げて頬を搔いていたから。
「……いいえ、信じます」
「……そうか。やはりそなたは聡いのぅ」
そう言うと少しの間だけきょとんとしていたけれど、やがて花がほころぶように微笑んでくれた。
その顔ですらお母さまに重なってしまい目が熱くなる。
「あなたは、お母さまにとてもよく似ていますね」
懐かしさに耐えきれずにそう零すと、王は僅かにうつむいた。
その反応でお母さまがどういう最期を辿ったのかを知っていると分かる。
「……シャウラのこと、残念だった。助けに行きたかったが理に干渉することは許されず……そなたにもつらい想いをさせたな」
「……いいえ。私には毒が……お母さまの呪いがありましたから」
伯爵邸では何度この毒に助けられたか分からない。
私に手を上げようとする人から幾度となく守ってくれたこの毒は、お母さまからの贈り物だろう。
確かに私は一人ぼっちになってしまったけれど、毒があるから悲しんでいる暇などなかった。
いつでもお母さまが傍にいてくれているような気さえしていたのだ。
「だから大丈夫ですよ」
すべてが私の思い込みだろうと、私にとってこの毒はそういう位置づけなのだ。
そう思いを込めた笑みを見た精霊王は少しだけ複雑そうに目を細めた。
「……それは呪いではあるまいよ」
「え?」
「その毒がどうやってできたのか、何故そなたについているのかを知らぬだろう?」
精霊王はそのまま物語を聞かせる様に口を開いた。
「シャウラ……そなたの母はその命が燃え尽きるその時、我の元に魂だけで来てな。自分の魂と引き換えに
「まじない……?」
「ああ。我ら精霊が人の理に介入するには願いと同等の価値あるものを差し出さねばならぬ。シャウラはそれを知っていて自らの魂を対価にそなたの安全を願った。母なしでも生きていける様にと。そんな思いのつまったものが呪いであるはずがない」
ぽつりぽつりと落ちてくる声。
それはお母さまの願いそのものとなって私の心に響いてくる。
「我はそれに応え、信頼を置く者には薬となり生命を助け、逆に悪意を向けてくる者にとっては毒になる力をそなたに贈った。それがそなたの持つ毒の正体だ」
この毒は呪いではなく
それが本当なのだとしたら、
「シャウラはそなたを愛していた。その毒は母からの愛だ」
優しい目でそう断言され、私の眼からは涙がこぼれた。
膝が震え、うまく立っていられずに蹲る。
ずっと怖かった。
毒の呪いなんて掛けられたのはお母さまが私を恨んでいたからではないかって。
今まで生きてこられたのを毒のおかげと考えていても、違っていたらどうしようと怖かった。
自分一人だけ助かったのをお母さまは快く思っていなかったのではないかと。
「お母さま……っ」
けれど事実を告げられてようやく理解できた。
私は深く愛されていたのだと。
「ふっ……うぅ……ああぁ!!」
泣いても泣いても涙が枯れることはなく、私は生まれて初めて大声をあげて泣いた。
精霊王はそんな私の背をそっと優しく、お母さまのように撫でていてくれた。
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