第18話 シュルン

とても重い案件だったようで…

今日もリアちゃんは椅子に座って空間を見てボーッとしている。

でも頭の中はいつもフルスロットル状態だ、多分。

パシ


「あれはねー、不確定要素満載なのだから言わなきゃ良かったかもしれない」

今頃になって後悔していた。

ミライさんの足はお父さんが引っ張っていたのかもしれないという事案が増えた。

「でも聞こえたものは仕方ないじゃないの、リアちゃんは誠実だと思います」

「ありがとうございます、おねえさん」

「でも未解決、保留、禁忌、増えてない?この地域一帯でも結構あるよね」

「ここは山に囲まれているから元々霊現象が多すぎる」

パキン

お節介さんも心配している。


ここの仕事は面白い。

数日前にはここに入った途端に入れ違いにリアちゃんと『ミケ』君が飛び出す寸前だった。

「おねえさんナイスタイミング!」

「ちょっと留守番お願いね、捕物してくるから!」

夏休みの小学生達が宿題終わらせて虫取りに行くような勢いで出ていった。

でも1時間もかからないうちに戻ってきた。

  

「今度こそ、間に合うと思ったのにな」

「現象が起きてから連絡もらうから、パトカーでも無理ね」

「え、何で例えがパトカーなんだよ」

2人は半年前に相談されていた件にずっと興味を持っているけど遭遇出来ずにいた。

ある一般家庭でたまに起きるポルターガイスト現象だという。


家主によると親しくしていた知り合いが亡くなってから始まったらしい。

その知人霊は律儀に昼過ぎに玄関から入ってくるという。

ただ、玄関ドアの開け方が荒々しいので家主はいつか壊れるんじゃないかと困っている。

『ドカーン!!』と台風の風圧で開いたような勢いだが今のところ傷ついたり壊れたことはなく、靴のまま入って廊下を歩く音が聞こえるという。

それも『ドン、ドン、ドン』と踏み締める大股歩きを家主はイメージしている。


家主はふくよかな中年女性で知人霊とはグループ旅行に行く仲だが男女間の関係とかは一切ないし考えたこともなく、ただのグループ仲間の1人だったという。

知人霊はかなり年下なので成仏出来なくて頼って来ているのではないか、というのが家主の見解だった。


今までは玄関から廊下で音と気配が消えていたのが最近では2階に上がって家主の部屋のベッドにまで来るという。

そこで寝ているから起こされるのだろうけど、ベッド全体がガタガタと音を立てて震えてるので家主はこのままでは心臓が持たないと言い悩んでいた。


その日は玄関が開いた時にすぐ電話が来た。

でも問題は、その家は車で20分かかる距離だった。

半年もバタバタしているイメージだけど、やっぱりリアちゃんが行くと当分は静かになるので家主はそれで一応納得している。

今まで他でお祓いしてもらっても効果がなかったらしい。

出来ればリアちゃんを通じて何か言いたいことでもあるなら聞きたいと家主は思っている。


最近『ミケ』君が免許を取得して行動力がアップしたけれど、心霊相手にはまだ効果はないみたい。

「この件にこだわる理由はね、相談者には申し訳ないけど、その知人霊のパワーの秘密が知りたいの、だから続けるし絶対無駄じゃないよ」

私はリアちゃんの考えてることを聞かなくてもわかるようになりたいと思う。


『ミケ』君が記録ノート(経典)をパラパラ見返している。

「時間かかっても解明した件は多数あるんだからミライさんの件もそのうち何とかなると思うよ!」

珍しく『ミケ』君が慰めの言葉をかけたのは次の仕事へのエールだった。

「もうじきお客さんが来るからね、気力集中だよ!」

『ミケ』君は色々な業務を担うマネージャーに成長している。


お客さんは成人男性2名。

携帯電話で撮った写真の中に心霊写真があるのか見てほしいという。

いろんな依頼があるもので。

リアちゃんは慣れた様子で素早く手袋をする。

「わかりました、それじゃお願いします」

私がその携帯電話を操作する。

男性の1人はモミ髭短髪、もう1人は童顔。

モミ髭が携帯電話をこちらに寄越しながら「そこから終わりまでの300枚くらいです」と教えてくれる…


写真を次々とスクロールして見ながら嫌な気持ちになっていく。

そこら辺を適当に撮った同じような景色の写真が数枚続いては別の景色に切り替わってまた数枚続くのを繰り返す。

見覚えのない山の景色、でも特に変わったものではなさそうでどうでもいい感じのものばかりだ。

自分の立ち位置から動かずに角度を変えて適当にたくさんパシャったのだろうな。

リアちゃんはあまり視線を動かさないで画面を見ていた。

でも全部見通しているのだろう。

テーブルを挟んで向かい合っているけど画面を見て俯いているので視界の隅にもいないのに、注がれる視線の禍々しい気配がわかる。

男性2人は好奇心丸出しでリアちゃんを見ている。

私は眉をひそめて顔を上げて2人に視線を送る、一瞬。

単純に言うと、2人を睨んだ。

私を見て口の端が歪む笑い方をする童顔が急に老けて見えた。


「あ」

リアちゃんが目を細めて「見つけた」と言う。

「マジで?」

モミ髭が前屈みの姿勢から腰を浮かせて後ろにのけぞり深く座り直した。

「おねえさん、店の前の道を歩いている女の人‼︎」

「え?」

指摘された写真の中の女性を見た。

シュルン

頭の形が一瞬変化する。

違った。

髪の毛がゴムみたいに伸びて写真の端から黒い毛先がはみ出し、そしてすぐ元に戻る。

「…え?」慌てて画面を拡大した。

「あー、ダメか、逃げられた」

リアちゃんは手袋した指で写真の女の人をトンと突いた。

写っているセミロングの女性の後ろ姿は静止している…当たり前だけど。


「バサッてなったよね?」とリアちゃん。

「シュルンッて伸びてたよ」と私。

ポキ

だけど今は答え合わせをしている場合ではない。

300枚の写真を行ったり来たりしながら逃げたナニカを探す。

「いないね、気配が消えたみたい」

「残念」

と『ミケ』君がカウンターから出て来てすぐUターンした。


「ごめんなさい」

リアちゃんは2人に頭を下げた。

「見つけたけど捕まえるのは正直難しいです」

モミ髭が携帯電話をテーブルに置いたまま触れずに見ている。

童顔から薄笑いが消えて怒った口調で質問した。

「でも、いるんですよね?女って誰のことですか?祓ってもらえないの?」

「女性なのかは不明です、移動してもういないので祓えません」

「でも写真の女が伸びたってどういうこと?」

2人は勝手に怖い想像をしているようだ。

後ろ暗いことがたくさんあるんじゃないの?


「心霊写真って変化することありますよ、霊なのだから…こういうデジタル画像は特に多い現象ですね、ナニカが移動する…それをたまたま見つけただけなのでここの300枚はただの移動手段だっただけです、なのでここにはもう何もいません」

「じゃ、その移動したのは今どこですか?移動しているって何がです?」

しつこい。

「はっきりと言えることは、この携帯電話にもおふたりにも何かが特別に憑いているとか祟るとかいうことはありませんので安心してください、写真は大切なものでなければ削除してしまえば終了です」

2人はチラリと目でお互いを確認して納得するかどうかを探っているように感じた。


「あと、興味本位で来ないでください、ここに来て逆に憑けて帰る人もいますので」

さすがリアちゃん、注意喚起は慣れている。

2人が帰った後で『ミケ』君がぼやいた。

「客でもなかったなー」

鑑定料も任意なので払わない人もいる。

なによりも冷やかしなのが丸わかりだった。


「女の人の髪ってことはリアちゃんの得意分野の生き霊っぽいよね」

「いつからそんな分野出来たの?」

「リアちゃんは日々生き霊と闘っている感じがしますよ?」

「そんなこと言うなら、人類のほとんどはそうですよ?」

パシッ

「…そうなの?」

「恨み妬みとか愛とか恋とか人に向ける感情には全部生き霊が働いているってこと」

だったらもっと働いてくれ、自分の生き霊。



「でも、あの写真はダメ」

マズイことを相手が帰っていなくなってから教えてくれる。

「他人のお葬式の案内板の前でピースして撮るなんて」

「…そんな写真あった?」

「おねえさんが乱暴にスワイプしてたから300枚以外のも少し見えたの、あんなことが平気で出来るんだね、人って」  

知らない人のお葬式会場前で写真撮ること自体が無神経だ。

「それよりもおねえさん、あんな『邪気』込めた目で人を見るのは良くないよ」

…バレている。


「でもリアは写真見ただけで他人のお葬式ってどうしてわかるの?アイツらは名乗りもしてないから、もしかしたら身内のかもしれないよ?」

『ミケ』君は名前を言わない人の依頼を受けたのか…。

「だって写っていた姿は普段着でサンダルだったもん、2人とも」


…あの2人は何が目的だったのだろう?

リアちゃんを見たいという目的だけで鑑定用の写真を用意するために適当に撮ったら本当に霊がいて動揺してしまった軽薄な2人、という長いタイトルでいいかな。

「ここら辺の人じゃないなら今頃は観光気分で廃墟モーテルに行ってたりして」

冗談っぽい言い方のリアちゃんに『ミケ』君が「それ、笑えない」と真顔で答えた。


「俺、一生忘れないよ、リアにNPCって言われたのを」

「でもそこから覚醒したんだから良かったじゃん」

リアちゃんと『ミケ』君の思い出話はいつ聞いても面白い。

後で『NPC』の意味を調べよう。

「学年が違うふたりが中学生の時に知り合ったきっかけってなんだったの?」

「ミケが中学生になる前から話題になっていたから知ったのはその時かな」

「え?何のこと?俺それ知らないよ?」

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