第24話 一緒に…

リアちゃんは眠っているみたいだから寝息が聞こえそうだ。

心肺停止だって。

『ミケ』君は黒髪に戻り本名は『マコト』だと教えてくれた。

リアちゃんが私の夢の中で『マコ』と言っていたのを思い出した。


「…おねえさんは、いつ知ったの?」

「今朝、起きた時に…」

「リア、おねえさんのところに行ったの?」

「…そうだね、『マコト』君はここに来てから?」

「あ、その前にリアのママが電話してきて起きたんだ」

「うん」

「リアが目を覚さないって」

「うん」


「そういえば、もう警察帰ったみたいだね」

「お医者さんが来て、ご臨終ですって言ったら終わりだって」

「これからお葬式の準備とかで忙しくなるね」

「うん」

私達はこの世界に捨てられたばかりの生き物みたいだ。


「だけど俺、少しホッとしてる」

「そう」

「ずっとこの日が来るのが怖かったんだ、リアに言われていたから」

「そうね」

「あ、そうだ!おねえさん」

『マコト』君がカウンターの中に入って何かを持ってきた。

「これ、リアから預かっていた」

それは私名義の通帳だった。

あの200万だ。


「これがリアの答えだよ、10年定期にしてある」

…そういえば、ここに戻る前に委任状とか印鑑証明がどうの、と言われて用意したけど、これのことだったのか。

「リアちゃんは私の付き添い人になるはずだったのにね」

私の安楽死の時にはリアちゃんにそばにいて欲しかった、生きているリアちゃんに。

私達の戯れで、人の命が亡くなったかもしれない…そんなことを考えるとこのまま生きていてはいけないと思っていた。

どんなに真面目に生きたって贖罪にはならないから、幸せになりそうになったら自ら断つつもりの命を覚悟していた。

覚悟、という中には穢れた記憶と血筋の抹消が含まれている。

でも今はもう怖いよ、この肉体から離れることが。


『マコト』君は所在無げに「悲しいってだるいな」と呟いた。


「おねえさんはリアを思い浮かべる時、リアは今どんな顔している?」

「笑顔だよ」

私は即座に『マコト』君に偽りを告げた。

あの幼い頃の、ニパーって私を見上げていた笑顔。

出来るならそれだけを思い浮かべていたい気持ちがあるから。


「俺、あのドラッグストアでリアとおねえさんの再会を見て感動してたんだ、リアがあんな風に笑う顔を初めて見たからさ」

「…リアちゃん、そんなに笑わないの?」

意外だけどすぐ理解する。

「家でも学校でもリアは笑わない、特に高校の頃は怖かった」

 

リアちゃんは高校生になっても友達は作らずいつも図書館にいたという。

自然に想像出来るよ、リアちゃん。

「それが昼休みとかに誰かが覗きに来て言うんだ、あれ?さっき渡り廊下で見たのにここにもいる!とか言って…」

ああ、その場面も映像みたいに浮かぶなぁ。

リアちゃんはそんな頃から冷やかされる存在だったんだね。


「でもリアは、そんな時に相手に言うんだよ『だったら声かけてみたら』って『わたしだったらそこでもここでも声かけて反応みたいもん』って言うんだよ、強かったな」

「そうね、気の強いところがリアちゃんの場合には全然嫌じゃなくて、なんだか頼もしかったよね」

「うん」


物に頼らないと言っていたリアちゃんの部屋にはアイオライトが散らかるように置いてあった。

「こういうのが好きだったんだね」

「夜に幽体離脱すると、そんな石の色した空気感が伝わってくるから落ち着くって言ってた」

「そう」

「戻る時の道標になるんだって」


色と形が違うストームグラスが3つベッドの近くに並んでいた。

「これも綺麗ね」 

「趣味を兼ねたパワーアイテムらしいよ」

「道具には頼らないなんて言ってたのに?」

『マコト』君は天井を見上げて呟いた。

「リアって天邪鬼だよね」

「そうね、本当は老婆も苦手じゃなかったと思う」

『マコト』君が少し笑った。

「おねえさん」

「なに?」


「もしも死にたくなったら、俺、一緒に…」

「え、」

「おねえさんと一緒にリアのところに行きたいんだ」

「どういうこと?それじゃ私と心中だよ」 


「そうかもね、俺はリアのところには行きたいけど、それもおねえさんが一緒じゃなきゃ嫌なんだ」

…なぜか少し胸が熱くなるよ、綺麗な男の子にそんな風に言われると…

でも残念。

「それは無理かな、私はリアちゃんと一緒だけど『マコト』君は多分違うんだよ」

「それ、どうしたら俺も一緒にいけるの?ずっとリアのそばにいたからわかるんだけど、おねえさんはなんでリアと同じこと言うの?霊感が違うから?俺にはないから?」

「違うよ、『マコト』君の魂は無垢で綺麗だからいろんな霊が惹かれて来るけど私達のはそうじゃないの、それがリアちゃんの今回のことでわかってしまったの、もしも私と『マコト』君が一緒に命を絶っても抜けた霊魂は一緒に居られない、だから一緒に死ぬ意味がないのよ…いつまでも同じ場所に居たかったよね私達、とても楽しかったもん、でも残念だけど…それだけ」


「リアは通帳作った時に自分は死ぬ気は全然ないからおねえさんがもしも死にたいと言ったら全力で阻止するって言ってたんだ、おねえさんといつまでも一緒にいたいからって…なのに、もしかしたらリアの方が呆気なく負けてしまうかもしれないって、霊の世界に携わればそれだけ『死』にも近づくからって、リア自身が現実に呆気なくこうなるかもって、だからおねえさんが頼りなんだって、だったら俺はどうしたらいいの?」

「落ち着いたらリアちゃんのママに頼んだら?『相談室』で『マコト』君が喫茶店をオープンしているのが想像出来るよ、それなら私も手伝おうか?あのカウンターの中で年老いた『マコト』君の姿が見たいな」

「俺が喫茶店のマスター?」

「リアちゃんもそれを望んでいるはず」


リアちゃん、あなたはあの赤い屋根の部屋の主に引っ張られて負けたんだね?

あの建物は取り壊すように言わなきゃね、そのうちに。

ねぇリアちゃん、私は本当にすっかり怖くなってしまった。

死ぬのが怖いよ。

ねぇ、なんでなの?

人間としての負の生き方が霊魂になった時に悪霊になるって仮説覚えている?

悪霊に感化されてからじゃ遅いから、生き方に気をつけようって。

私達、『おまじない』を止めたのにね。

私達、自分の生き霊をコントロールしたかったね。


理想があったよね?

せめて自分達が生きている間にたくさんの人を助けたいね。

たくさんの『悪』を阻止出来て、未然に防げることが出来るともっといいねって。

そういうリアちゃんが悪い霊に取り込まれるなんて微塵も考えてなかった。


私達ずっとこのまま一緒にいるのだとしても、リアちゃん。

あれからずっと消えずに私のそばにいるあなたは、今まで見たことのない目で私を見続けている…


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リアとリナ 多情仏心 @poico0705

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