第23話 ダメダメダメダメ

その晩の夢はずっとウツツで…

リアちゃんがとてもおしゃべりしてて、それが止まらなかった。


おねえさんはわたしの笑った顔が子供の頃から変わらないって言うけどね、自分じゃ見えないからわからないよ。

あー、わたしはすごく鏡が嫌いだからさ、変なのばかり映り込むんだよね。

あの時ね〜初めて鈴虫坂でのおねえさんを見た時、本当は泣きそうだった。

おねえさん、普通に座って普通に本を読んでいて普通の目をしていたんだもん。


おねえさんの父親って、来るといつもうちのママに愚痴言ってて嫌いだった〜!

おねえさんの母親をヒステリー女って言って、おねえさんのことを叩かれても蹴られても表情変えない図太い子供って言ってて俺の子供とは思えないって、そんな話を聞いても普通なら笑わないし笑えないはずなのに、ママ達は半笑いであんなこと言う人間の相手してて、わたしはそこに居るみんなのことが大嫌いだった。


そんな話を聞いて笑うママが1番嫌い。

それから、あの父親の父親はもっと酒癖が悪くて時々うちに泊まって、わたしはずっと嫌だったからママがあの父親も泊めるようになったらどうしようって不安だった。

うん、でもそういうことは1度も無くて良かったけどね。

おねえさんの父親って夜じゃなくていつも午後に来ていたから。


1度だけ、夜中におねえさんの父親が働いている時の姿を見た。

わたしはママを探していたから通りがかりにほんの一瞬見ただけ。

あれね、若い半グレみたいなのがタクシーの客だったみたいで、降りる時にずっと何か怒鳴っていたよ。

「このタコが!」って若い男がバカみたいに顔も口元も曲げて罵っていたよ。

おねえさんの父親は何度も頭を下げて「すみません」って謝ってた…


普段、威張って家族の悪口ばかり言ってる人が、あんな風にションボリしているのって、なぜかな?見てられない。

 

あんなのでもおねえさんの父親だと思っていたから?

わたしには父親がいないから、それがどんな感情か本当はわからないけど。

でもどうでもいいね、おねえさんの父親って全然理解出来ないし全然興味無いもん。


それよりも、わたしにはもっともっと酷い男がいて…

あぁやっぱりおねえさんには話さなきゃね。

今ならわかるの、おねえさんはどんなわたしでも嫌ったりしないって…。

おねえさんがどんな気持ちになるとしても話すんだ、わたしは。

あれはグルーミングだったと思う。


毎夜わたしの隣りで寝るママの常連客がいたの。

わたし、ペットみたいに懐いてしまったの、その男に。

夜の店に来る以外でも仕事が休みの日の午後に家に遊びに来ていてママと他の人達と変わらない態度で会話してるとね、わたしはその膝の上に座っていたよ、自分から。

「まるで父娘みたいね」って誰かが言ってた。


許せない。

ずっと許せなくて、過去も未来も絶対変わらず許せない。

ママはその男が何の目的で店に通って泊まっていたのか知らないし理解出来ない。

その男はアルコールに弱くて飲めないのに常連客になっていた。


ママはね、若くて真面目そうで来ると他の客にも奢る金払いの良いその男を『中ちゃん』って呼んでたよ、ありふれた苗字を略しただけの呼び名だよね、黒縁メガネの奥の目は常に細く微笑んでいてママの店に来る客のタイプにしては珍しく気弱で人当たりが優しくて東北訛りのあるポチャポチャした色白な男。


その見た目でママは勝手に人畜無害と決めつけてたけど泊まると必ずベタベタ触ってきて寝ているわたしは半分寝ぼけて目を覚まして、なすがままだった。 

わたしは1年近くもの長い間、幾夜も何も知らずに飼い慣らされていたよ。


ママは客を家に泊めなくなっても『中ちゃん』だけは泊めていたんだよね。

わたしはペットだから「おいで」と言われたら自分から抱きついていたよ。

ママは大抵酔ってて少しイビキかいて朝まで起きなかった。

だから知らないの、わたしが『中ちゃん』に突然拒絶反応した夜のことも。


わたし、三味線の老婆にくすぐり地獄を受けてから他人に触れられると恐怖で叫ぶようになってたの。

わかるでしょ?

わたしがどれだけ老婆を怖がっていたのかって…。


『中ちゃん』はその夜を限りに店に来なくなった。

本当は気の弱い人間だったと思うけど幼女に欲情する男には同情は要らない。

ママはどうしたのかしら?って他の客に聞いたりしてた。

仕事の移動で遠くに行ったとか噂があったけど…もしかして死んだかもね。


でね、聞いて聞いて!

それよりも3月のお彼岸の夜にずっとマコと話してたらすごいことになっちゃって。

最初は水道管だったと思う!

ブーーーンって『共鳴り』だとは知らなくて何の音だろう?って店の中を見回してたら、いきなり水道の蛇口から水が噴き出て、それも思い切り全開だよ!

ドシャー‼︎ってなったから水道管が破裂したと思って慌てて見て蛇口閉めたら止まったの。


ねぇ、誰も触ってないのにだよ?

でもね、それだけじゃ終わらなくてさ、使ってなかったけど反射板のストーブ置いてあったのね、今度はそれが…うーん、なんだろう?やっぱりボワーーーンって響く音が聞こえたよ、電源のない石油ストーブだから音の共鳴だけだったけど。


それから置いたままの使ってないママの古いオーディオのミニコンポが勝手に電源onになって入れっぱなしだったCDが突然鳴ったんだ、ママの好きな安全地帯。

それも急いで電源抜いたよ、すごい音量だったから。

マコは座って固まってた。

CD止まってからはまるで順番みたいに灯りが数回点滅してパッと戻って、その後はカウンターの奥から扉に向かってパンピンポンッてラップ音が走り去ったんだよ!


もうね、ビックリするよねー!

そんなことってある?

物理的に蛇口が開いてドシャーって水を出すエネルギーってなんだろうね?

あの旅館のスリッパだって見たでしょ!

すごいよねすごいよね、だって物体だよ?持たなきゃ動かないもん。

ラップ音って静電気みたいな力の応用ってイメージなんだけど、どうやって出来るのかな?霊体って電気みたいなものだと思っていたのに…。


そういえば、瞬間移動や物体のすり抜け現象もまだまだ謎なんだよねー!

あとは勝手にペンがいつのまにか何かを書いているやつ、あれって確実にペンを動かさなきゃいけないから何かのパワーがないと出来ないよね?

どうなっているのかな?どうなっているのかな?

 

あとねー、ミライさんが来てすごいこと言うの!

精神がとても強くなっているよ。

お父さんの霊が来てまた足を引っ張ろうとしたのがわかったんだって!

ところがね、その前に察して眠っているのに身体が勝手に動いて本能のまま思い切り蹴り上げたんだって!


ねえ、蹴ったんだよ?

すごいね、信じられないよね。

〝もう2度と来ないで〟

心の中で力を込めて訴えたんだって、何度も。

そしたらね、お父さんは消えたけどミライさんの足が赤く腫れて歩けなくなっちゃったらしい。

蹴ってもスカッと空を切って、その勢いのせいかな?膝の裏に激痛が走って、それで仕事休んじゃったけど…

何それって思うよね、霊に攻撃って聞いたことない。

あの母娘は強いね。


ねぇ、肉体でも霊体を攻撃出来るのかな?

あ、でも足が腫れたってことは何かダメなことだったかも、霊障ってやつ?

でもそれって不公平よね、肉体を持つ側が圧倒的に不利に思えるの。

それにしても酷い父親だわ。

なんで連れて行こうとするの?

見守ることもしないで、なに?

生前は優しい父親だったって聞いてたのに。


でも、それも霊魂のパワーに含まれる原動力?

わたしは自分の生き霊すらコントロール出来ない、だから知れば知るほど覚悟しなきゃいけない。

マコにはいつも心配されちゃうから大人しくしていたいよ、わたしだって…


ああ、おねえさん!

わたしとても困って…

赤い屋根の方に引っ張られてしまう…

オネエサンアノヘヤハコワサナキャダメカモダヨワタシハモウモドレナイカモダヨワタシハアノヘヤヘイッテハイケナイノニモウダメダメダメダメダ


…!!

リアちゃん?

私は今、目を覚ましているのだろうか?

これは現実?

…そうだとしたら、これは。


「あら、あらあらあら!」

「おはよう、叔母さん」

「あらまぁ!あらあら!」

朝になり、リアちゃんの話をずっと聞きながら目が開いた今もまだ頭の中でリアちゃんが話している感じがしている私に叔母が初めての反応を見せた。


「あらあらあらあらあら」

新聞を読んでいた叔母は私を見て立ち上がりパタパタと駆け寄ろうとした。

そして1度近づいてきたのと同じ姿、同じテンポで後ろに歩き戻りして私から離れた。

まるで動画の逆再生のように見事だった。


あらあらあらと言い続けて固めて崩れない笑顔を作り叔母はたちまち私の視界から消えた。

後退りしながら瞬きを滅多にしない叔母の目はパチパチと大きな二重瞼を羽ばたかせていた。

私に近づいてストップして、その動作を巻き戻してニコニコして消えた叔母。

…なに?

やっぱり叔母は何かが見えるということなのだろうか?


何かが狂っているから、とはいえ狂った状況に反応すると敏感に傷付く叔母に対して、私はどんなことにもリアクションしないで黙って受け入れるしかなかった。

…こんな時でも。

この人が病院で診察してもらったら、どんな病名になるのだろうね、リアちゃんはどう思うかな?

叔母が見ていた新聞がテーブルに広げたままになっている。

目にした広告は、あのドラッグストアの閉店セールのお知らせだった。




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