第14話 招かざるモノ

派遣の仕事以外には使わない携帯電話。

携帯電話がなかったら煩わしい人間関係と煩わしい霊的存在のほとんどが切れる。

休日の午後。

着信がきたので会社?と見るとリアちゃんの固定電話からだった。 

それは今までで初めてのこと。

私からの一方通行だった習慣が途切れてしまった。

何かあったのか?と慌てて出ると…


ボコ‥ポコポコ…


濁りを感じる水音の後、耳に重苦しい圧迫感の空気の音がする。

ジーーーーーーー

糸のように細いノイズ…

再び深い水底から泡がいくつも立ち登る鈍い音。

ブクブクブク

「何?どうしたの?リアちゃん!」

何も答えない。


普通じゃない。

考える前に歩いて10分かからない距離を急いで走っていた。

『相談所』はいつものようにドアが開いている、でも中には誰もいない。

私の携帯電話は切らずにそのままで、…ゴボゴボ、と途切れ途切れにまた音が…水音だけど何か喋っているようにも聞こえる。

そしてリアちゃんの固定電話は相談所専用で、今私の目の前にある。

「どういうこと?」


携帯電話を耳に当てたまま固定電話の受話器を持ち上げるとプッと切れた。

持ち上げた受話器を置いて戻し、固定電話の再ダイヤルを確認すると私の携帯番号ではなかった。

私の方の着信履歴にはここの固定電話番号がたった今の時刻を教えてくれた。

矛盾する現実を今こうして目の前にして、どういうことだろう?と思いながらその理由も考え始める。


不安を感じて家にいたリアちゃんのママに声をかけて2人がどこに行ったかを聞く。

ドアがオープン状態だったので、すぐ帰ってくるつもりなのだとわかっていても今起きた現象が気になって大人しく待つことが出来なかった。

「あら本当だわ、いないわね…さっきまでギャーギャー騒いでいたからお客さんがいたとは思えないし、いつのまにどこへ行ったかしら?」

「すぐ帰って来そうですよね?」

「まぁ、店を開けっ放しってことはそうだろうね」


「そうだわ、リナちゃん」

何か思い出したのか、ママが呑気に手招きした。

「あなたも霊感あるんだって?類は友を呼ぶってことかしら」

リアちゃんのママは情報通なんだけど間違った情報が流れているみたい。

「ないですよ、霊感」

「まあまあ」

私の発言は去なされた。

どこかの部長を思い出す。


「前にね、リアに1度だけ相談したら気のせいだって相手にされなかったからリナちゃんに聞いてもらっていいかしら?」

ママはこっちに入ってくると突き当たりの壁に手を着いた。

「何度か夜中にここで泣き声を聞いてるのよ」

今はそんな場合ではないと内心オロオロしていても、ちょっと気になる話だった。


「ここね、路地裏の横壁だから酔っ払い達の立ちションスポットなのよ〜」

はい、知っています。

「深夜にそんな所で女の子がシクシク泣いている声が聞こえるの、壁越しにね、お客さんが誰もいない時だから気になって、ある雨の夜ついに声をかけたの、どうしたの?そんな臭い所でって」

「見に行った方が早くないですか?」

「だってあたしはそんな時もいつも酔っ払っているし、その日は雨だし、夜中だから怖いし、そして臭いじゃない?でも泣き方が子供の声なのよ、真っ暗なこんな場所で1人で泣くの変じゃない?」


「それでね、話しかけたら余計に泣くのよ〜だから泣かないで、こっちまで悲しくなってきちゃうよって慰めたらピタッと泣き止んだから安心して店閉めて寝ちゃったけど、あれはなんだったのかしら?」

なんだったんだろう?…それは聞いたこっちの台詞でもある。

私だったらどうしてたか?

夜中に女の子の声が聞こえるって本当に生きている人間なら大変な状況だけど、リアちゃんのママは女の子の霊という前提で話しているのだろうか?


言おうとして、違う声が後ろから聞こえた。

「まだそんなこと言ってるの?ママ」

リアちゃんが帰ってきていた。

リアちゃんのママは肩をすくめて家の中へ戻っていった。


「あれ?みかん君は?」

「美容院に置いてきた」

それは依頼ではなさそうだ。

さっきまでの胸騒ぎは気のせいだったらしい。

最近のリアちゃんは高熱を出して寝込むことがあるので少しの異変も見逃せないと気を張ってても空振りになる方が多いかも。

ピキン

もう家に戻ってしまったけどリアちゃんのママにも改めて言いたかった、私は霊感がどうのと言う前に、とても鈍いのだと。

霊感があるなんて噂を流されては困る。


「インナーカラーとか、アイツの求めるものは素人じゃ無理だったわ」

リアちゃんは私がさっきまで胸騒ぎで落ち着かなかったというのに『みかん』君の髪のことで揉めていたみたいだ。

また髪の色が変わるのか…

『みかん』君は今度はなんて呼ばれるのだろう?


電話の件をリアちゃんに話すと即答された。

「ごめんね、それ多分生き霊」

「誰の?」

「わたし」

パシ、ピシッ

「リアちゃんの生き霊が私に電話してきたの?ポコポコブクブクって?」

「そうかもね〜そういうのってこっちは全く無意識無自覚なんだよ、でも正確に言えばわたしはおねえさんに電話しようとしてた…電話しなきゃと今朝から思っていた」

「そうなの?それこそ珍しいことね」


「今夜は外食しようと思って…仕事半分なんだけどね、それでおねえさんを誘いたかったけど、みかんがうるさかったからすぐ電話出来なかったの」

「それで生き霊が電話したってこと?…ていうか、みかん君どうしたの?」

「生き霊って本当になんだろうね、自分のはずなのにどうにもならない、だけどわたしとしてはこの件は気が利くと思える現象だから後でみかんに記録してもらうね…で、そのみかんはね〜今朝髪色を変えて来たのね、試しにってカラースプレーだったけどさ、それでお互い気に入らないことがあって騒いだから大変だったけど夕食までにはなんとかなると思う」


計らずも夕食の約束は承知した。

電話の件もあっさりとリアちゃんが認めて解決した。

でも…

今度はリアちゃんのママの話が気になった。

それって…

ピシ



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る