第13話 死霊より生き霊かな

元barを利用した『相談所』は朝から薄暗い。

半地下だから仕方ないけど普通に使用するにはなんとなく陰気だ。

照明も夜の社交場をイメージした薄暗さだから私達では怪談話を始めたくなる。


だから晴れた日は朝からドアをオープンして明るい陽射しを招き入れる。

その明るさは外気だけではなく、私たちのうるさくてくだらない会話だったりする。

本当は心霊関係の相談をするには落ち着いた空気感が良かったかも。

今日訪ねて来たのは2人の母娘。

雰囲気が似ているのですぐ母娘だとわかった。


憑き物係兼電話番兼お茶出し兼書記係の『みかん』君がバサリ、とスポットライトが当たるカウンターにノートを広げてスタンバっている。

『みかん』君は意外にも字が綺麗だ。 

そして見た目は派手なのに相談や話し合いになるとソッと気配を消せる特技がある。


『みかん』君は中学3年の時にリアちゃんと同じ高校を目指して猛勉強したという経験もあって案外地味で努力家だったりする。

そしてリアちゃんと同じ高校に入ったのにリアちゃんが卒業すると躊躇なく中退してしまった常識はずれな決断力を持っている。

いつも近くに居る『みかん』君。

今はリアちゃんの片腕となって忠実さを発揮している。


そのノートには『みかん』君が作成する心霊議事録とあらゆる心霊現象と現場の取材写真が貼られていて、それについてのリアちゃんの見解を書き留めてあるので私と『みかん』君は密かにそれを『経典』と呼んでいる。


『経典』には時々リアちゃんが眠りに入る寸前に聞こえるという『霊的ボイス』の霊聴現象の記録も残されていて聞いた当初には何のことかわからなくても、いつか何か起きる出来事で符号が合うとそれは『予言』に変わる。

ただ、それもタイミングが合えばの話で、すでに過去になっていることもあり、あまりにもあやふやで判断は未確定のものが多くてリアちゃん自身は持て余していた。


だけど、そのことをどこかで漏れ聞いてリアちゃんに自分の未来やアドバイスを依頼して待つ人が少なくない。


コツン…

ラップ音と一緒に私はリアちゃんの隣りに座った。

リアちゃんは唇を触りながら思案する感じで娘の方に注目していた。


私達の正面に座っている2人は1度お互いの目を合わせてから母親が説明をした。

「前から兆候はあったのですが、最近特に酷くなって眠れないようで、遂には足を持ち上げられて引っ張られるようになりました」

「うん」

リアちゃんは大きくうなづく。

「何か見えますか?何か憑いているのですか?」

母親が身を乗り出して娘とリアちゃんを交互に見ている。

ピシ

ちなみに私には何も見えず内容も何のことやらさっぱりわからない。


「えーと、」

リアちゃんが話そうとして、黙った。

「あ、ミライです」

娘の方が消えそうな声だけど積極的に名乗った。

「ではミライさんにお聞きしますね」

母親は横にいるミライさんに寄り添い抱き合うようにして肩に手を置いた。


「金縛りは頻繁ですか?」

「いいえ、たまにですが…でもここ数日は毎晩なんです」

そう言いながら思い出してしまったのか自分の両手にギュッと力を入れて何かに耐えるような顔をした。

少し話しただけで身体が不安定でふらついた。

2~3日ろくに食べてないのか、だるそうに姿勢が崩れた。


それを見て母親は無言だけど『大丈夫だよ』と言っているように顔を覗き込み、その細い肩に置いた手に力を込めた。

パシ

ミライさんは肌が透けるように白くて儚げで切れ長の目に見つめられると見惚れてしまう。

こういうのが鬼気迫る美しさというのかも。

私に何か出来るなら、と今日初めて会ったというのに彼女を守ってあげたくなる。


「足を引っ張られるってどんな感じだろう?」

リアちゃんが首を傾げた。

それから次々と質問をした。

「金縛りの時に耳鳴りはしますか?」

「いいえ」

「引っ張られる時の状態って浮く感じですか?」

「足の根が抜かれそうな強さです」

「痛いですか?」

「いいえ」

「眠くなってからですか?」

「そういう時もありますが全然眠くなくてもなります」


「ミライさん、正直に言ってくださいね、死にたいと思ったことがありますか?あるいは死に興味を持ったことがありますか?」

「…あります」

ミライさんの答えを母親はすでに知っていたように目を閉じながら俯いた。

俯きながらミライさんの肩を離さないようにもっとしっかりと抱いていた。

見えない誰かから守るように抱いている。

「そのことと今回の現象は関係あるのですか?」

母親の質問にリアちゃんは首を振った。


「ミライは今仕事も出来ずにいて、今日もやっと部屋から出してここに来ました」

母親の後を継ぐようにミライさんが小さな声で言う。

「仕事は、仕事はとても好きなんです…でも部屋から出たくないのです」

リアちゃんが首を傾げて聞いた。

「動きたくないの?それとも外に出るのが怖いの?」

「…動けないのです、外は怖くないし出たいです、仕事行きたいです」


「それなら〜」

リアちゃんが少し考えながら言葉を選んでいるのを感じた。

「ミライさんはしばらくの間、化粧とオシャレはしないでほしいのですが、出来そうですか?」

これには母親が心配そうに聞いた。

「今日みたいに外に出ることが出来た日はどうすれば?」

「外出する時ほどそうして欲しいのです、髪も飾らず着るものは適当で油断した姿がさらに良いですね」

「そんな…」

ミライさんは明らかに動揺していたけどしぶしぶ承知した。

「わかりました、それで今の状況が変わるのなら」

「ずっとじゃないから、でもやってみたらわかりますよ、金縛りや希死念慮が薄くなると思うのです」


帰り際にミライさんが質問した。

「あの…『お告げ』をわたしにもいただけますか?」

それにはリアちゃん、ではなく『みかん』君が慣れた様子で即答した。

「あぁ、はい、じゃ、こちらに電話番号お願いしますねー!『お告げ』がありましたらこちらからご連絡差し上げますがこればかりはあるやらないやらいつなのかあるのかないのか本人すらわからないことなので期待せずお待ちください」

『お告げ』とやらの受け答えも慣れている。

『みかん』君は接客のベテランさんでもあるのか。


2人が帰るとリアちゃんが私に答え合わせを求める。

「で、おねえさんは何か見えた?」

「ううん、全然見えない」

『みかん』君が笑いながらノートに書き込んでいる。


「ミライさんのは死霊だけじゃなくて他にも原因があると思うの、厄介なのは多分…生き霊」

「生き霊?誰の?」

「誰かな?生き霊って憑かれてる人自身が見えやすいと思うから次に来た時にでもミライさんに聞いてみよう」


「ミライさんはあの通り綺麗だからさ、それも男が好きになるタイプでわかりやすいでしょ、嫉妬のエネルギーは周辺だけのものじゃないと思ったの、生き霊に場所や距離なんて関係ないからね男女混合かな?ミライさんにフラれた男の念も執着が強そう」

「でも本人は何もしてないし何も悪くないのに?」

「存在自体が嫉妬の対象になるのは別に珍しくないけどミライさんには悪意を跳ね返せるエネルギーが薄いから影響受けやすいと思う…ただ足を引っ張るっていうのがどんな現象なのかわからなくて興味ある」


嫉妬という感情…考えてみるといろいろなパターンがありそう。

「単純に言えば済むということではないし変な質問してミライさん本人に意識させたら余計にダメなんだよね、だって生き霊側だって当人は全く自覚がないんだからね」

「え、じゃあミライさんは無自覚な人に無自覚なまま苦しめられているの?」

「悪いオーラは病みを深刻にするみたいだから軽い生き霊にも負けちゃうし何かわからないものには毎晩足を引っ張られてるし、まずはミライさんのメンタル強くしなきゃいけないと思うの、でもそれは本人じゃなきゃ出来ないことだよね」


一瞬、シンとなる。

「あぁ、そういうことなら私のメンタル分けてあげたい」

「出来るんなら、わたしだって」

「俺も!」

『みかん』君が会話に参加しながらノートに書き込むペンの乾いた音が聞こえた。

リアちゃんはそれを意識して呟いた。

「やっぱり怖いのは死霊より生き霊かな」


「ねぇリアちゃん、これは関係ない話だけど私ね、あの母娘仲良しですごく良いな〜なんて思って見てたの、自分には親と触れ合うなんて絶対無いし想像すると嫌悪感で気分悪くなるのに他人の親子関係っていいな羨ましいなと思うの、変でしょ私って」

「おねえさん、『私』じゃないよ、私達って言ってよ」

リアちゃんと『みかん』君が朗らかに笑った。

パキッ



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