第8話 あれはなんですか?

レストランには入れない。

入れても入る気もない、というのが正直な気持ちなので鍵が掛かっていてホッとしていた。

「あの時わたしに勇気があればハシゴ持ってきて窓から入ったのにね…本当の事を言うと緑に憑かせるのも怖くてこのレストランには連れて来なかったの」

あの窓から入れるくらいなら、ここに1人で来るのも平気なはずだよね。


リアちゃんは最初にここの話を聞いた時に好奇心の強い単体の浮遊霊か地縛霊だろうと軽く考えていた。

実際に来て、ここで何かを感じるまでは…

1度リアちゃんの現場検証がどんな様子か見学してみたい。

午前中の老婆の家で見たリアちゃんの表情がまだ目に焼き付いていた。


拝むとか方法も道具も呪文も何もなく誰かに習ったこともなく全て自己流。

除霊なんて知らない、やり方もわからないと言っている。

『霊』や『ナニモノ』は勝手に憑いて勝手にどこかへ移動していくだけだと。

そんな様子の一部始終を見てみたい。

リアちゃんのキリッとした立ち姿の近くに居たい。


もしも私が死んで迷っても助けてくれる、リアちゃんならきっと。

そんな気がする。


やってることは行き当たりばったりに思えても最後には結果を出している。

だから口コミで更に仕事が来てしまうのだろうか?

今日みたいに気になることを1つずつちゃんとやっている。

今までもずっと刑事のように足を使い現場に行っていた姿が目に浮かんだ。

そういうやり方がちょっと不器用だけどリアちゃんらしくて好ましく思う。


そうやってリアちゃんは誰にも相談しないで、ひとりで考えて解決してきたけど不安も抱えてたんだね。

ここのスキー場で1番長い距離のカプセルリフトが途中で止まるという力技とリアちゃんに起きた幻聴は、霊障としてはなんだかレベルが違い得体が知れない。

「ここは霊山って感じだからリフト止めるくらいのパワーがあるのかもね」

「大きな電気障害なら他にもあったよ」

まだ何かあるというの?


「真冬にペンションのオーナーから相談受けてね、寝ると金縛りになる部屋があるからって宿泊客が全くいない日に試しに一晩お泊まりしてみたら真夜中に謎の停電が発生して暖房が止まっちゃったの、すごく寒くて凍えて検証どころじゃなくなってね〜金縛りのことなんて忘れて寒さで震えて眠れなくて泣きたかった」

「えー!それもやっぱり…?」

「うん、停電はそのペンションだけだから翌朝1番で電気工事屋さん呼んで見てもらったけど異常無しでわたしが帰った途端に通電して戻ったって言われた…結局は金縛りの件はわからずに、オーナーさん夫婦には迷惑そうな顔されちゃった」

リアちゃんは失敗話も独特だ。


「ただ、その後から金縛りになる人がいなくなったって連絡があって今も経過観察中だけど、もう大丈夫なんじゃないかな〜停電に懲りたのは人間だけじゃなかったのかもね」

失敗話ではなかったようだ。


問題のある場所に仕事や遊びで知らずに行くのと、知っていてそれが目的で行くのとでは霊障の反応が変わるのかも…

宿泊客を金縛りにしていた霊に停電を起こすほどの現象を引き起こさせた影響力がリアちゃんにあったのでは?

本人は知ってか知らずか、残念そうに話している。


私もたくさんの場所に寝泊まりしてきたから、たまにそんなことを感じていた。

思念が現場に介在すると、そこにいる何かを揺り動かすことになる。

リアちゃん

携わりたくなかったら、心を平静にして見るな聞くな話しかけるな、だよ。

そんなこと、私に言われるまでもないから黙っているけどね。


私は自分のことにはとても鈍感だけどリアちゃんのことになると神経質で敏感になってしまうみたい。

リアちゃんが私のことをいつも気にしてくれるのと一緒かな。


こうして依頼されたエリア内で目的の休憩所ではなく気になるレストランを優先してまた来てしまうのは、もしかしたら心霊現象あるあるなのかも。

いわゆる『誘い込まれる』という現象。


リアちゃんは休憩所に行った時もその2階の部屋で寝ているとノックされるという窓の前に立った瞬間に部屋の中ではなく窓から見える景色の中の自分が乗ったリフトが止められた場所周辺が気になったという。



依頼を受けてリアちゃん1人で初めて来た日。

スキー場の所長に案内された休憩所の部屋の窓から見た景色…

来た時にはもうすでに導かれていたのかもしれない。

真っ白なゲレンデの向こう側に同じく真っ白な真綿のような雪を纏っている木々は青空に反射されて眩しいはずなのに、まるで灰色の霧を被っているように見える場所があるのを見つけて眺めた。

窓をノックする現象のことはすでに眼中になかった。

良く晴れていたけれど時折り強い風が吹いて雪が霧のように巻き上がると隠れるように景色が消える。

その直後、視界に浮かぶ木々の先端の中に赤い屋根が薄ら見えた。


「あれはなんですか?」

「ゲレンデの中にあるレストランですよ、吹雪になった時は避難所になります」

所長が思い出したように付け加える。

「あそこは長年同じ従業員が4人いるんですが、忙しい時期はバイトを入れても手が回らないのでもう1人増やしたいけど1週間続くことなくみんな辞めてしまうんですよね」

「ちょっとそちらを見させてもらっていいですか?」

「どうぞ、ご自由に」

 


リアちゃんは休憩所よりもレストランが気になったという。

所長はすぐにリアちゃんを案内したので何か思うことがあったのかもしれない。

入り口のウッドデッキと入ってすぐのレストランフロアは特に何も感じなかった。

その時はラップ音なんてもちろん鳴らなかった。

奥では従業員4人の初老の女性と女子高校生のバイトが開店の準備をしていた。


傍らで邪魔しないように所長と階段を降りて1階を見て戻るとリーダー格の女性が突然話しかけてきた。

「ここは昔、誰かの別荘だったのよね、それをレストランにしているから造りが変で慣れるまで働きにくかったわ」

もう10年以上そこで働いているベテランが赴任して間もない何代目かの新しい所長にそんなことを言っても今更なことなのでシンプルに嫌味だとわかる。


「別荘?大きな別荘だったのですね!」

リアちゃんが気にせず驚いていると働きながら様子を見ていたバイトの子も完全に手を止めて一緒になって驚いてうなづいていたという。

「この上で家主の娘が自殺したとかで手放したって噂ですよ」 

調子が良くなったのか、リーダー格が饒舌に話し出した。

私もかすかに覚えている…もう70歳をとっくに過ぎているのに誰よりも元気良く働いて常に笑みを浮かべていた老獪。


「…自殺」

リアちゃんとバイトの子、そして所長が不安気な表情をして揃って天井を見上げた。


コンクリートで塗り潰された3階への入り口は事情を知らずに見ても近寄りがたいというのに追い討ちかける情報を息を吐くようにペラペラと話す。

「ちょっと詳しくは知りませんよ、でも首吊りだったって…なんか見えるかしら?あたし達は何も感じないけどねぇ」

こういう、誰も質問しなくても親切そうに話すには魂胆があるのだ。

リアちゃんのことを最初から知ってたんだ。

リーダー格はからかう言葉をあらかじめ用意していたのだろう、他の3人の従業員達が聞き耳して待ち構えてたらしく吹き出すように一斉に笑った。


…その情景が目に浮かぶ。

その3人はリーダー格の忠実な子分だ。

更に3人の中の1人は嫌味を生み出す参謀役で、最も油断出来なかった。

すかさずリーダー格を補佐して追い討ちをする。

「そんなこと言ったらさぁ呪われてしまうかもねぇ、怖い怖い」

…ほらね、ここの人達の普通の会話が全部そんな感じだからターゲットにされると3分でも耐えらず居られなくなる。

リアちゃんのことを知らないバイトが1人だけスンとなっていたらしい。


ここに5人目の従業員が居付かないのは、この4人のせいだとすぐにわかる。

戸惑う所長は休憩所ではなくレストランを気にしたリアちゃんを子供のような真っ直ぐな目で見ていたという。

私はバイトに入った初日にリアちゃんが気にする3階ではなく、この生きている4人の毒気に当てられた。

『初めまして、今日からよろしくお願いします』と挨拶し合った時の4人の満開の笑顔に囲まれてから、たいした時間も経たずに私は逃げていた。


生きてない人間の方がよほどわかりやすい。

ラップ音だって、怒っている音は誰が聞いても明確で怒っている。

私は未経験ながら金縛りという現象を考えるとあちら側も生きている人を警戒して仕掛けていると思う。

『善い霊』『悪い霊』の示しもわかりやすくて親切だと思う。


だけど私とは違いリアちゃんはそんな人間達には1ミリも関心を持たずに3階の気配だけを探ろうと心を研ぎ澄ませた。

でも集中出来ずに断念した。

その同じ空間に4人も老婆がいるのだ。

リアちゃんは生きていても生きていなくても老婆がとても苦手らしい。


私の場合、霊より怖いのは生きている人間の歪んだ性根と悪意だ。

リアちゃんの弱点は生きていても死んでいても老婆という存在かも。



2回目の調査、『緑』君を連れて相談依頼の休憩所へ行った日。

そこに着くまで何事もなかったのでリアちゃんは最初に来た時よりも落ち着いて、じっくりと観察出来たようだ。

1階はパトロール隊の詰め所にもなっていて救助用の担架やソリが置いてある。

縦長の木造で2階に上がると休憩室のスペースは1部屋しかない。

そこは狭い和室でストーブを点けるとすぐ暖かくなった。

人が寝ているとノックするという窓からの景色は1度目は気がつかなかったけど止まったカプセルリフトの場所とレストランの赤い屋根とが窓から見る自分と直線で繋がって視界に入った。 

視界に入った途端に逆に自分が〝見られている〟と全身に湿度のある悪寒が走った。


「ここに何かいるの?」

『緑』君は殺風景な部屋を見回し色焼けた畳に体育座りして退屈そうだった。

「何も感じないよね」

リアちゃんは気付かれて『緑』君を巻き込まないように思案気に唇を尖らせた。

だけど表情とは裏腹に窓の景色がいつまでも残像となり頭の中にまで浸透していた。

そして突然ひらめきに似た『他の思念』が脳に被弾した。


〝あの3階の主はスキー大会のざわめきの中で首を吊って事切れた〟


「多分これからもノックは続くと思いますがしばらく様子見させてください」

リアちゃんは依頼の件を見た結果だけを報告した。

「え?今ここで祓ってもらえないのですか」

所長は2回目だったこともあり勝手に何かを期待していたようだ。

とてもガッカリした様子だったが休憩所そのものに問題はなく特別な霊障はないと言うリアちゃんを信じて承諾した。

霊現象があるからといって、その場所で解決するとは限らない。



『常』のような現象でも一定不変でないのが心霊というものの自由度。

探るほどわからないことが増えていく。


リアちゃんにとってそれから3回目の今日、私と来て良かったと言うが…

レストラン前の警戒音に不穏な気配を察し、深追いをやめて早々に山を降りた私達。


「おねえさん、これからも付き合ってくれるよね?」

「うん、現場検証を一緒にするだけでいいなら私にも出来そうね、窓をノックする方は行かなくていいの?」

「それが不思議なんだけどね、わたしと緑が行った後、回数が減ったとかでパトロールさん達からお礼言われたの、何もしてないのにね…だから保留なの、保留っていうのは半端でかっこ悪いけど意味アリなんだよ、コントロールは効かないけどこの先アクションがあったらまた教えるよ、何か聞こえることもあるから」

リアちゃんは寝ている時に霊体が浮遊するだけではなく霊聴現象もあるらしい。


「おねえさんと会えなかった年月っていろいろあっても、わたしは全然成長してないし何も変わることが出来ないみたいだよ」

「世間ではリアちゃんはもう霊能者だよ?まぁでも今日の感じでは怪しいけどね」

「少しは進歩したでしょ、あのレストランには絶対に近づいてはいけないってわかったもん、最初からずっと言ってるけど、わたしには祓うとか出来ないからね」


「ねぇ、あの鋭いラップ音って誰が鳴らしたの?あれもお節介さんなの?」

「うーん、わたしも初めて聞いた音だから違うって言いたいけどさ〜」

「リアちゃんの部屋に泊まった時に聞いた音とはだいぶ違うから怒ってる感じとは違うように思うけど」

「わたしが今言えるのはどっちにしても深刻だってことだよ、あの音がお節介さんの音なら絶対近づいてはいけないという警告だと思うし、ナニかわからないモノが出した音なら絶対近づくなという脅しだと思うから」


「じゃあ、どっちも近づいちゃダメってことだね?」

「意味は同じだけど、どっちかわからないと困るな〜」

「出元不明って考えると怖いね」

「所長にあのレストランには近づいてはいけないって言えばわたしの役目は多分終わるけど、それじゃダメだよね、毎冬あそこで営業しているんだから」


「実はね、リアちゃん」

私はここで白状する。

「あのレストランにバイトに入ったことがあるの、でも午前中だけで午後には泣きながらゲレンデの中を歩いて降りていたよ」

「泣いたの?おねえさんが?」

「あそこの4人が意地悪してきて私に仕事させないで邪魔だから帰れって…本当は我慢出来たかもだけど3階の入り口も怖かったからすぐに出てしまったんだよ」

「ウケる」 

リアちゃんは屈託なく笑った。


「おねえさんってさ、わたしより霊感強いよね」

「いえいえ、そんな」

「あの3階の入り口を封印したコンクリートの壁は誰だって怖いよ、あの4人が何も感じないのは3階のヌシが生きている婆様軍団を怖がっているんだよ、きっと」

それは…リアちゃんの完全な主観では?


「あの時はバイト辞めてから言われたの、あの4人は自分達より動けて仕事出来る人が嫌いですぐ追い出すんだって、私が半日しか居られないのは優秀ってことなんだから気にするなって、それが慰めだったとしてもそんな理由って思ったらなんて人達なんだと呆れたこともよく覚えているの、でも今考えてみれば3階が怖かったから追い出されなくても辞めていたかもね」


「おねえさん結局はどっちの理由が強くて辞めたの?両方?」

「本音は3階が怖かったよりも婆様軍団のイジメが嫌だった」

「わたしが行った時にいた高校生はぼんやりして全然仕事する気がなくて動かない感じだったから、そういう意味なら婆様達には可愛かったのかもね」

「私はどのみち愛されキャラじゃないから、でもこうして改めて思い出すと、とにかく頭の上がビリビリしてずっと落ち着かなくて…そうね、ツムジに誰かの視線と息をずっと感じている嫌な気分だったからイライラして普段より堪え性がなかったわ」


「ふーん、やっぱりおねえさんにはそういうのがわかるんだね」

「やっぱりって何が?」

「小さい頃からずっと思ってたよ、おねえさんが例えば『あの人具合悪そうだね』って言っても誰のことを言ってるのかわからなかったの、おねえさんにしか見えない人がいて、おねえさんには普通の人間に見えているけどきっと違うんだろうなって」


それは、いつの何のことを言ってるの?もっと早く、その時に言ってくれないと…


「おねえさん、それより山歩きして少し汗かいたからお風呂行こうよ」

「これから?」

「ここから10分くらいで行ける小さな旅館が知り合いなの、場所が変わると気分も変わるよ」

車に戻ると旅館へ向かうことになった。

「ねぇ、リアちゃん?」

「なに?おねえさん」

「その旅館って、普通の旅館かしら?」

「えー?どうかなぁ?」




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