第17話 心配するな

翌日、私は仕事だったので、その様子は後から聞いた。

ミライさんのお母さんが来て話したことを…


「ミライが元気になって感謝してます」

そう言いながらも表情はどこか不安気だった。

「あの、ミライに聞きましたが本当に夫がリアさんの所に来たのですか?」

「それは可能性大というだけで無責任に返事が出来ずにいます、ごめんなさい」

「そうですか…あの、この前はミライがいたので話せなかったことがあってまた来ました」

ミライさんのお母さんの話はリアちゃんの興味を大いに惹くものだった。


「夫が亡くなって数日後ですが、夢枕に立ったのです、白装束で足の先の裾が長く伸びてて本当に足がありませんでした」

「えー!それはすごい話かも」

『ミケ』君も食いついたようだった。


『夢枕』というくらいだから霊魂を信じない人は夢の中の話か寝ぼけてたのだろう、とその手の話は最初から相手にされない。

だから本当に体験しても黙っていて言わない方が良いと思う人は多い。

それを話しても好奇な目で見られるだけで余計な心の傷を増やすだけだから。

本当はよくある現象なのに具体的に聞くことが少ないのでとても貴重なのだ。


「なんていうのでしょうか、意識はハッキリしてましたから死んだのになんで来たのかと思って『どうしたの?』と聞きました」

リアちゃんはその様子を聞きながらずいぶんと冷静なので本当に夢の中の話かもしれないと最初に思ったようだ。

「夫はわたしの質問には答えてくれずに『じゃ、行こうか?』と言うので思わず聞き返しました『何処へ?』と…」

そこで何か思い出したのか、ミライさんのお母さんは顔を歪めた。

だけど、それは悲しみとか恐怖の感情ではなかったようだ。


「わたしが寝た姿勢のまま見上げながら聞いたので、夫は俯いてわたしを見つめていましたが少し微笑んで無言で消えました」

「消えた、とは?どんな感じでしたか?」

「スーッとパッの中間な感じの消え方…かしら?」

「霊って最後はそういう消え方するんですね?凄いです!」

「煙が薄くなっていく感じの…まだハッキリと覚えているので」


「でも朝になって急に怖くなってしまい、その時はまだリアさんのことを知らなかったので知り合いの霊能者に相談したのです」

「霊が出てきた夜中より朝になってから怖くなったという心理わかります、でもそういう感じって夢だったような半信半疑の体験ですよね」

「そうですねぇ、枕元に立っているのを見た瞬間は驚くよりも不思議な感じでした、もう死んで骨になったはずなのに生前の姿で現れて話しかけられて『行こう』とまで言われ…突然だったので…」

ミライのお母さんは当時を思い出す、というよりも当時に引き戻されたかのように顔を仰向けてゆっくり目を閉じた。


「あの時、もし返事してたら…わたしは今頃どうなっていたのかと朝になって考えて、ようやく意味がわかって怖くなったのですよ、死んだ人がまだ生きている人を道連れにしようということですよね?まさか自分がそんな目に遭うなんて…」


「頼った霊能者は遠くに住んでいる人なので電話で一部始終を話したら『次に出てきたら絶対返事してはいけません、連れて行かれます』という助言をいただきました…なのでしばらくはまともに眠れませんでした」

「眠ってしまうと、どうしても無防備な状態ですよね、それが毎晩ですか?」

「もしも眠ってしまい夢の中で夫が現れて『行こう』と言われたとして、無意識にでも『はい』と返事したら…と考えるとウトウトするのも怖かったです」

「で、今こうして無事ということは現れなかったということですね、良かったです」

「良くないですよ」

「え?」 


「夫は亡くなったのです、わたしとミライはこの先も生きていくのです、なのになぜ夫はわたし達を見守るどころか連れて行こうとするのですか?先に早く死んでしまってひとりで寂しがっていると思うと胸が痛くなりますが、だからって一緒に行こうっていうのは、それはエゴでしょう?まるでこちらのことなんて考えてなくて…だからとても腹が立ってしまったのです」

「…なるほど」

なるほどです。


「そして今度は2年も経っているのにリアさんを通じて伝言したのでしょう『心配するな』と…夫はどういうつもりなのかしら」

「そうですね、もしもあの声が夫さんだとしても、それについては2年経っても10年経っても、きっと霊側には同じことだと思いますよ…この世で肉体から離れるというのは、それと同時に、その魂は〝時間〟というものからも解放されるのです」

「それは死んだらもう時間の長さは関係ないってことでしょうか?」

「百年でも千年でも、霊魂に時間は関係ないものだと思うのです」

時間が流れるのは魂が器に入っている時だけ。


「わたしが聞いた『もう心配するな』のメッセージ…これを聞いた時はそんなに深い意味とは思っていなかったです」

「やっぱり何か特別な意味があると?」

「…だとしたら、意味は2つありますね」

「2つ?…なんでしょうか?せっかくここでミライを元気にしていただいたのに、夫がまた現れたのかと思うと落ち着かなくて」


2つの意味。

(死んだ俺のことは)もう心配するな。

(家族を迎えに行くよ、だから)もう心配するな。

…どっち?

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