第16話 ただの勘
夕食は隣り町のファミレス。
「遅いよ、ミケ!」
『みかん』君の髪は猫のような3色になって『ミケ』君になった。
「フ、狙い通りだぜ!」
案外ご機嫌なので、きっとこれでいいんだろう。
「ここでミライさんが働いているのか〜」
と言いながら『ミケ』君はメニューをデザートから見る。
ミライさん?
あの母娘がセットで脳裏に浮かぶ。
「いらっしゃいませ」
髪がショートになってハツラツとしたミライさんがいた。
「3人が入って来た時は驚きました」
私も聞かされてなかったので驚いている。
そして見違えるほど表情が明るくなっている。
「ちょっとだけ、聞きたいことがあって来ちゃった…」
リアちゃんは小声の早口で告げた。
「もしかしてミライさんのお父さん、亡くなってる?」
「はい、2年前に」
「優しい話し方をする人?」
「…はい、そうです」
それだけの会話でミライさんの目には涙が浮かんでいた。
これ以上話したら泣き出すかも、リアちゃんはミライさんの思わぬ反応にためらって黙った。
私達は親の死の経験がまだないが多分悲しむ想像も乏しいので無神経だったようだ。
「あの、もう少ししたら休憩になるのでここに来ていいですか?」
「え、大丈夫なの?ごめんね、また後日にでも電話するよ?」
「着替えたら大丈夫なので、それに気になりますよ、わたしもお話ししたいことがあるので」
ハキハキと注文をとると、この前に来た時とは別人のように包み込むような笑顔を残して颯爽とフロアを歩いて行った。
綺麗なだけのイメージだったのになんだかカッコイイ、うちの豊田さんを思い出す。
食事が来る間に私も気になっていることを聞く。
「今朝の2人の騒ぎはなんだったの?」
「あれか〜侮辱だったよ!リアが汚ないネームつけて呼んだからさー」
「ええ?ミケが臭そうなヘアカラーにしてきたからでしょ!」
結局『ミケ』君の髪色の問題?
「失礼だと思うよ!俺は茶髪にしただけだったのに!」
「!」
…これは聞いた私が悪かったみたい。
「ごめん、この話はやめよう!食事前だから!!」
リアちゃんと『ミケ』君が揃ってニヤっとした。
「おねえさん少し勘が良くなってきたね」
時々リアちゃんに試されている気分になる。
今夜だってそう、何も聞いてなかったしミライさんと何を話すのかもわからない。
「そうだ、おねえさんにはちょっと残念なお知らせがあります」
「ん?何か嫌な言い方だなぁ、なに?」
「おねえさんが気に入ってたドラッグストアね、潰れるよ」
「えっ?それはリアちゃんの夢のお告げ?それとも予言?ダウジングじゃないよね…」
「ただの勘」
なんだ、ただの勘なのか…え?
「勘?勘って、リアちゃんが言うと怖いよ〜」
「あのドラッグストアの店員さん達って優し過ぎるよね」
「うん、まぁね」
なんで知ってるのかな?見た感じで判断出来るのだろうか?
でもそれが閉店とどう繋がるのか?
「このエリアには2つの高校と中学校が1つあるからだよ、あそこはターゲットになりやすいもん」
「あ、俺はわかっちゃった!答えすぐ言うんだから考えるヒマもないな」
まさかの状況だけで人を疑ってはいけないと思うけれど…そうなの?
でも、そういえば、あの若い店員さんが気になることを言っていた。
確か…『暇でも忙しくても油断出来ない』
なんか悔しいな、リアちゃんの言うことが本当になったらショックだ。
「あの店員さん達には出来ないよ、万引きの完全な防犯対策」
リアちゃんの分析は当たっているかもしれないけど、チェーン店だからそんなに簡単には潰れないだろう、と私は祈る。
でも万引きするのは中・高校生だけじゃないから疑うのも広範囲だから大変だろう。
ターゲットはお客様でもあるのだから、単純に販売だけしていられたら良いのに。
あのドラッグストアで働いている人達は真面目でとても頑張っている。
悪意の犠牲になるのはいつでもそういうことを考えつかない無防備な人。
悪意なんて持たず、そんな想像もつかないピュアな人達が結局傷つくことになる。
「リアちゃん、それはなんとかならないものかねー」
「そうねー、おねえさん」
役立たずな私達。
ミライさんが本当に着替えて来た。
ついでに食後のデザートを一緒に食べた。
拒食症だと言われたら信じてしまいそうな雰囲気だったミライさんが大好きだと言ってプリンアラモードを美味しそうにパクついていた。
「リアさん、いつ父の声を聞いたのですか?」
「昨夜、寝る寸前だった…でもごめんね、二言三言あったけど小さくてよく聞こえなかったの、思い出すのも無理なレベル」
「…父は普段からポソポソと小声で話していました、穏やかで1度も荒げた声を聞いたことがないです」
「ハッキリ聞こえたのは『もう心配するな』だったの、心当たりある?」
ミライさんは何度も頷いた。
「リアさん、それはお告げと思っていいですね?」
「父は癌で自分が辛いのに母とわたしの心配ばかりして…もう助からないとわかると残して逝くことが申し訳ないと謝って、末期になってからも痛み止めで意識朦朧としながら母の名前呼んで最後まで心配してくれて、でもきっと母とわたしが同じくらい父のことを心配していたのも理解していたからそんなことを言いに来てくれたのですね?」
リアちゃんは自信なさそうに首を傾げる。
「うーん、実は誰から誰へのメッセージなのか?ハッキリ言えることがまだ出来なくて確定している訳じゃないの、でもこうして見当つけて話を聞くとあの声はミライさんのお父さんの可能性大だね、聞いていると眠くなるような優しい囁きの声」
「そうです、それは間違いなく父です」
ミライさんが改めて話したいことがあると言うので私は2杯目のコーヒーを飲む。
ちょっと長くなりそうな気配。
ミライさんからは貴重な休憩時間をここで使い果たすという覚悟を感じた。
「父の話が続くのですが、まだ元気な頃に3人でデパートに行った時に不思議なことがあって今もわからなくて、リアさんならわかるかと思って」
「その時は催し物フロアで何かの物産展をしていましたが、たくさんの人で混んでいて…父はトイレへ行き再び合流しようとわたし達を探してウロウロしている時に背が高く目立つ老人とすれ違ったというのですよ、その老人は見た目がまるで花婿のように上下真っ白なスーツに同じく真っ白なハットを被って大股で歩いていたそうです」
「父はその老人の姿をあまりジロジロ見ては失礼だと思ったらしく顔は見てませんがすれ違った後にすぐ振り返って後ろ姿を見て、もっと驚いたそうです…なぜかというとその老人のお尻の周りは大きくて真っ赤なシミがあったのです」
「そして父が後方を気にしながらこちらに向かっているのが見えたのでわたしは呼び止めてやっと会えてホッとしましたが、すぐに父が『あのお爺さん大丈夫かな?』と言って、そのすれ違った老人の様子を母とわたしに少し面白そうに話したのですが、そのまま構わず行こうとしたので、わたしは『どうして教えてあげなかったの?』と怒って『そのお爺さんはどこ?』と聞きました」
ミライさんはそんな目立った格好でお尻が真っ赤なまま歩いていたら、後で気づいた時に恥ずかしいだろうと思ってとにかく急いで自分が知らせようと思ったようだ。
それに…
真っ赤なものは血かもしれない。
「父は『今すれ違ったばかりだからまだその辺にいるだろう?』と適当に言うけど、背の高い白いスーツにハットの老人なんて目立つはずなのに見当たらないので少し探しましたが、それらしい感じの人も見つかりませんでした」
「混雑したデパートのフロアはわかりにくいよね」
私は自分の仕事でたまにデパートの催事のマネキンもするので状況が想像出来た。
「はい、でも父が1度『ほら、いるよ?隅の非常階段近くに』と教えてくれたけど父自身はなぜか全然動く気がなかったようで、わたしがその場所に急いで行ってみましたが結局は見つかりませんでした」
「それから3年後に父の直腸癌がわかったのです、お尻からの大量出血でわかったのですが…直腸癌から肺に転移していて助かりませんでした」
ミライさんはためらいながら話を続ける。
「こんなこと、人に言えば思考がおかしいって言われそうで母としか話してないのですが、あの時に老人が見えていたのは父だけだったのでは?と…」
「死神って存在しますか?」
リアちゃんは杏仁豆腐を食べ終えて答える。
「いると思う、これはわたしのただの勘だけど」
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