第11話 ともしび
近所で飼っている犬が次々と消える。
昔、そんな現象が起きた。
リアちゃんと知り合って2年経った頃で私は5年生だった。
「リアちゃんが1年生になったら学校でも会えるね」
そんな話をしていた。
河原の土手に座ってクローバーの花冠の編み方を教えていた時だった。
「おねえさん、スカートのスソ足に挟んで閉じて!」
急にリアちゃんが小声で言った。
「どうしたの?なに?」
「ともしびが来たから」
目線で教えてくれた。
いつからそこにいるのか?河原からこちらに向かって歩いてくる大人がいた。
「お前ら何やってんだよ!」
私達は段差のある土手の川べりに座って三つ葉を編んでいただけなのに咎める口調で私達を見上げながらやって来た。
色白で眉毛が薄くて目つきが別の生きもののように動いてる。
「おう!なんだよ!」
近づいてくるのをずっと見ていると、こちらを見上げて怒鳴るけど目は合わない。
私達が座る真下まで来たら踵を返して無言で川の方へ戻って行った。
「あのおじさんどこから来てどこへ行くの?そして何しに来たの?」
河原には時々子供達が入って遊んでいても大人が普通に道を歩くように川を渡りこちらに来るのは初めて見た。
自分達が座っている真下まで近づいて来た時は怖くて動けなかった。
「アイツはわたし達のスカートの中覗きに来ただけだよ、ほら」
川へ戻ったと思ったらまた引き返し、ここから離れた場所の土手を登って道路に上がるとそのまま歩いて行った。
「何あれ」
「アイツ、どこかで川まで降りて遠回りして近づいて来たんだよパンツ見たくて」
リアちゃんの言い方がおかしくて一瞬笑ったけれど、大人の男の得体の知れない執念と気持ち悪さにゾッとした。
私が無心にクローバーを編んでいた間リアちゃんは男を見つけて警戒していたのだろうな、私より年下なのにしっかりしていて普通に頼れた。
「あれは『ともしび』って呼ばれている馬鹿な大人だからイヤだけど顔覚えて1人の時は見たらすぐ逃げなきゃダメだよ」
「あーあ、またそんな人間が増えていたんだね」
「ともしびは特別に悪い大人だよ、ともしびって名前も夜に空き家や留守の家に勝手に入ってライトで照らすからついたあだ名なんだって」
「え、それって泥棒?」
「空き家では何かを見て探してるみたいでフワフワした明かりが窓に当たって外から見えるから最初は火の玉が出たって噂になって、でもそれがともしびの仕業だって後でわかってそのままあだ名になったんだよね」
「泥棒なのに捕まらないの?そんなあだ名まであるのに」
「駅前で屋台やってたお爺ちゃんいたでしょ、死んだんだって」
「あのラーメン屋さん?」
「そしたらね、アイツお爺ちゃんからもらったって嘘言って屋台を盗んだらしい」
「それも盗んだの?なんで捕まらないの?」
「お爺ちゃん1人暮らしだったから本当のことわからないって」
「でも知らない人にあげるかなぁ」
「アイツはその屋台をともしび号って言ってる」
ともしびがいつからこの街にいるのか?
どこから来たのか?
誰も知らない。
いつのまにか、お爺ちゃんのラーメン屋台を引いてお爺ちゃんがいた場所で当たり前のように商売していた。
「お爺ちゃんがいた駅前で同じことやってるけど誰も食べないよ」
「あの場所に夕方とか行くと美味しそうな匂いがしていつも人がいたのにね、私も食べてみたかった」
「アイツが作るスープは何の肉を使っているかわからないって」
駅から続く道沿いの小さな川であり得ないものを見てしまった。
それはネットフェンスに引っかかっていた千切れた小さな犬の足だった。
切り口は白くふやけて何かが少し出て伸びていて、いく筋か川の流れに沿ってそこだけ揺れていた。
見間違いだと思って2人で近くで見てしまい、しっかり確認してしまった。
短い毛並みと色まではっきりとわかり身体から体温が引く気がした。
誰かに知らせようかと話したけれど、こんな時に私達にはこの街で頼れる大人に心当たりがなかった。
川のその場所には道を挟んで八百屋と菓子屋が向かい合っていた。
そこの家の人達をよく知っている。
八百屋には時々水羊羹やカステラが野菜と一緒に売られていて、菓子屋には八朔やキャベツが菓子屋の中で売られていた。
歪み合いが親の代から続いているどちらも相談出来る人間という感じではなかった。
親は頼ろうと思える存在ではなかったから最初から思いつきもしなかった。
足は数日その形のまま引っかかっていて、その後に気がついた誰かが取り除いたのか元の何もないフェンスに戻っていた。
だけどそれは忘れることが出来ない光景。
今も記憶の中で小さな足が川の流れにゆらゆら揺れている。
私もリアちゃんも見た瞬間に絶望していた。
きっと足の持ち主は生きてはいないって。
「小さな犬を外に繋いだままにしないでくださいって回覧板が回ってきたって」
犬のことで騒ぎが大きくなったのは大きな施設の経営者で行政に関わりを持つ家のペットが消えてからだった。
それまでに、すでにたくさんの犬猫が居なくなり探している人達がいた。
それでも変わらず続いた日常はその家のペットが消えたことで大きく動いてパトカーが巡回するのを見かけるようになった頃、ともしびは屋台をやめていた。
そんな話を思い出したのは今朝リアちゃんから呼び出されたから。
ここに来る時にあの川を通りがかり、少し立ち止まった。
『相談所』にはすでに来客が来ていた。
リアちゃんが何か手にぶら下げている。
5円玉を吊るした糸だ。
「あ、おねえさんちょうど良い時に来てくれた」
「わたしの道具」
リアちゃんが肩をすくめる。
それには私が長年よくお世話になりました。
「今ダウジングやってるの」
ダウジング。
それを頼りに私はいろんな地方に行って働いていた。
「おねえさんオハヨ!これ良く当たるんだよね」
口を挟んだのは…
「みかんは余計なこと言うな!」
緑からオレンジ色の頭になった『みかん』君。
「これは霊能者扱いされる前からやってた遊びみたいなものだよ」
「今日は朝からサイレン鳴っててうるさいけど集中出来るの?」
「ダウジングは何もしなくても勝手に動くから集中力なくても平気」
春になって山菜採りが盛んな時期に急を要する相談が来たという。
カウンターには地元の消防団員が2人来ていた。
昨夜から交代で捜索に加わっていて寝ていないらしい。
『みかん』君がイソイソと慣れた感じでコーヒーを出した。
私はリアちゃんに手招きされてボックスのテーブル席にいる。
「ともしび、2日前から帰って来ないって」
「あぁ、だからずっと騒がしいのね」
「行き先はわかっているのに見つからなくて現場にはかなりの人数が入って探しているのに今も手掛かりないって」
リアちゃんの左手はほおづえしている一方で右手の伸ばした先は地図の上で5円玉がグルグル回っている。
「ねぇ、おねえさん」
「ん?」
「どうする?これ」
消防団員の背中を横目で見ながら粗い手書きメモを差し出した。
『特定済み』
地図はある場所をグルグル回っていて止まらない。
リアちゃんは場所を特定出来ているのに何も言わずに私の目を見ていた。
その意味を理解して私は慌てて首を振った。
「ここにいます、多分」
リアちゃんはつまらなそうに地図を指先でトンと叩いた。
パシ
それに応えるように細いラップ音が鳴るけど、消防団員さん達はそれには気づかず地図を見て渋い表情になる。
「ここは絶壁で人が歩けるような場所じゃないですね」
「ああ、その周辺も立ち入り禁止地帯で山菜採りも禁止しているから地元の人間が迷ったり間違えて入ることはないよなぁ」
リアちゃんは地図を見ずに断言する。
「あえて山菜採り禁止地帯に入って採っていて誤って落ちたなら?」
「禁止されてるのを知っててわざと危険な場所に入ったと?」
消防団員さん達は『ともしび』の不道徳な生態を知らないようだった。
リアちゃんはダウジングしなくても最初からそれを予測していたのかもしれない。
「聞いた話ですが、地元民の中に採った山菜を売りさばくために根こそぎ採り尽くす人がいて翌年以降はその地帯には芽も出ないから皆さん困っていたらしいですよ、そういう人は誰も採らない禁止区域にも平気で出入りしてそうだけど」
消防団員さん達はたちまち慌てた様子で出て行った。
リアちゃんのダウジングはとても当たる。
だけど私の依頼はまだ当たったことがない。
どうしてだろう?
たった1人の男を探し出すのに何年もかかっていて、まだわからない。
リアちゃんのダウジングは本当にとても当たるというのに。
「ともしびという男の名前の由来知ってた?」
「うん、知ってた」
「私は子供の頃にリアちゃんから聞いた」
ピシ…
「俺だけ知らなかったのか」
『ともしび』が死んで見つかった場所はリアちゃんがダウジングで示した場所付近だったらしい。
それからは『みかん』君がともしびのいろんな情報を持ってきてくれた。
ずっと不思議に思ってたことがあった。
ともしびは、なぜそのあだ名を肯定していたのか?
「泥棒に入ったことは本人が話してたことで火の玉を噂して怖がってた人達を馬鹿にして笑ってスナック始めた時もわざわざ『ともしび』って名前にしたんだ」
ポン
ラップ音が、なるほど!と言っているようだった。
「でも、そのスナックもすぐ潰れたみたい、ぼったくるから」
人が亡くなると、知らなかった情報がちらほら入ってくる。
『ともしび』の話は興味がなくても続けて流れてきた。
それが本当かどうかは確かめてないのでわからないけど。
「外国人と結婚していたって」
「まだ小さい子供がいるって」
「ホテルのフロントマンとしてちゃんと働いていたって…」
「昔から知っていた人達が驚くくらい亡くなる前は真面目に生きていたらしい…」
新聞には本名が出ていたが興味ないので一文字も覚えていない。
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