第21話 千回潰す

時々コントロール出来ない怒りが湧き上がる。

例えば誰かが理不尽に殺されたニュースを耳にする。

正しくて弱い者が悪い者に捕食され続けていたら、この世の中はどうなってしまうの?

殺された者の魂は恐怖で震えたままそこから動けずにいるとしたら、どうする?

同化出来なくて助ける方法も知らなくて、だけど、この震えが止まらない自分の感情をどうしようか。

…人は見た目ではないよね。

でも話していると、相手を知ろうとすると、わかることがあるの。

どうしても相容れない魂の資質の違いということが…


『過ぎ去ったことなど、もう忘れなさい』

解決してもしなくてもなだめるためにこの台詞を言っていいのは罪なき犠牲者、当人だけだよ。

そして、わかっているのは何を以ても一生消えることのない過去、そして憎悪…


私の終わらない憎悪。

叶うなら本能のままにぶつけたい。

そうね…『あの男』の目を100回踏み潰そう。

『こっちにおいで』と言った時に私を見ていたその両目を。

それから頭の中の脳を100回踏み潰そう。

大人が児童を相手にいやらしいことを考える、その歪んだ頭の中を。

そして指を千回踏み潰そう。

手招きして覆い被さり下着を脱がし局部に触れたその気色悪い指を。

更に口を千回、もう千回、永遠に千回踏み潰そう。

『仔猫』などと『先生』などと『100回』などと2度と話せなくなるように。

最後に魂を千回潰す。

永久に潰され続けてグシャグシャなままで存在すればいい。

私の憎悪の源として。


…本当はわかっている。

もしも『あの男』が既にこの世から消えていたとしても私の傷は癒えない。

起きてしまったことは消せない。

過去に行きたい。

あの過去に行って私は躊躇なく『あの男』から小さな自分を取り戻して抱きしめて、そして2度と私を離さない。

何度そんな妄想をしただろう?

その繰り返した数だけ私は精神的な殺人者だ。

小さな私を取り戻すために何度も何度も『あの男』を殺している。

これからも続けていくとしたら、私はどれくらいの数の人殺しをするのだろうか?


鈴虫坂は冬になっても鈴虫が鳴くので『鈴虫坂』と呼ばれている。

温泉の地熱で冬でも鈴虫が生きている。

…なんていうのは嘘だ。

私達は冬どころか春も夏も秋も、ここで鈴虫を見たことがない。

鳴く音を聞いたことがない。

「鈴虫鳴かないね」

「鳴かないねー」

「鳴かないよ」

「泣かないよ」

「泣いてもいいよ」

「鳴いてほしいよ」

「鳴いたらいいねー」

「哭いてるかもね」

「哭いてるみたいだね」


『誰』が『なぜ』?


リアちゃんと私の拠り所は鈴虫坂で一緒にいた時間の全てだった。

私が叔母から離れるためにこの街を出るということは、その間の人生でリアちゃんと過ごす時間を失うということだった。

それがどんな作用を持つのかなんて想像してなかったけど、結果はまるで当たり前のように淡々とした6年間を離れていても共有していた。

最初から決まっていたみたいな流れの日々の中で私達は絆をより強く感じていた。


子供の頃、戯れの中で、どちらかが言い始めた『呪い』とか『怨念』とか。

私達が嫌いな大人の話をすると、後でその人物は事故やトラブルの不幸が起きるということに気がついたのはいつからだったのだろう?

そんな偶然が続くと今度は意識して『ともしび』をターゲットに念じてみるようになった。

子供とはいえ邪悪な実験をしていたが、悪いという自覚は無かった。

出来ることなら『ともしび』の足が千切れてしまえばいいのに、と心の底から真剣に願ってみたけれど、願っても願ってもいつになっても全然影響は無いので今まで私達が悪口言った大人達に次々と起きた不幸はただの偶然だと思いガッカリした。


鈴虫坂で密かにしていたふたりのその遊びの延長『おまじない』は、離れて初めて効力を持ち私達を妄想から疑惑の世界に導いてくれた。

リアちゃんの無意識の秘めた力が覚醒して教えてくれたのだ。

もしかしたら私の負のエネルギーが爆発しないようにリアちゃんの本能がコントロールしてくれたのかもしれない。


誰にも言えない。

私はリアちゃんと2人きりになっても、それでも、もう言わない。

私の心の中だけだとしても、それを考えることはしない。

それは禁忌なんだと思う。

リアちゃんの占いに導かれて移動した土地で働きながら私はターゲットを見つけた。それは老若男女問わず、関わり合う中でジャッジしてリアちゃんに知らせると程なくして災厄が襲い、亡くなってしまった人もいた。

でもそれもただの偶然かもしれない。

だけど、思ったの。

『あの男』はもうとっくに死んでいるんじゃないのか、なんて。

ただの偶然だと心の中に収めるには7年間で多くの人に起きてしまったことだった。


ふたりで想像したの、リアちゃんの生き霊が卑劣な人間達を追い込む様を。

でも私達が長く憎む人間達はいつでも平穏無事だった。

もしかしたら、リアちゃんの念力は自分ではコントロールが出来ないのかも?

それについては試行錯誤しても、どうにもならないし、何の確証も無いことだったけど。







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