第19話 26人いる

『ミケ』君とリアちゃんはお互いの母親同士が最初に知り合って仲良くなった。

リアちゃんのママの店に常連さんが一緒に連れてきたのが『ミケ』君のお母さん。

『ミケ』君のお母さんは美人でやり手の芸者さん。

お互いシングルマザーで話が合い昼間も家の方に遊びに来るようになり、リアちゃんは1学年上だから『ミケ』君のお母さんは子育ての相談をママにしていたらしい。

話によると『ミケ』君は超素直な子供で、とても素直すぎた。


小学校の修学旅行で『ミケ』君は定番のお土産を何も買って来なかった。

初めての修学旅行でもお土産を買う習慣は知っていたと思う。

「お小遣いは何に使ったの?」

お母さんに聞かれた『ミケ』君は首を傾げて思い出してから話した。

「みんなに奢ってって言われて奢ってたらお金が無くなった」

お母さんはそれを聞いて、もしかしたらイジメに遭っているかもしれないと担任教師に相談した。


『ミケ』君の先生は誠実な対応で周りから悟られないように生徒達にいろいろ聞いて判断したことをお母さんに伝えた。

「買い物する時にノリで奢って!とお互いに冗談で言い合っていると『いいよ!』と彼だけが誰彼構わず本当にその場ですぐ買って与えてくれたのですぐに謝って『悪いから返す』と言っても『面倒くさい』と断って、それを不特定多数にしていたようです」

『ミケ』君は誰とでも仲良くて男女分け隔てなく付き合いが良いようだ。

その話をお母さんは『ミケ』君にそのまま話して確かめると「うん、そうだよ」とあっさり認めたという。

 

それをリアちゃんのママに話して、リアちゃんに『ミケ』君が中学校に入学したらよく見ていてくれとお願いしたのがふたりが知り合うキッカケになった。

リアちゃんのママのサロンには中学生になる前の『ミケ』君が大人に混じって来るようになった。


「ミケは分け隔てない平等な関わり方をして誰かを好きになったり嫌いになったりしない子で見ててわかったのは、こだわりないっていうより何も考えてない人間ってことだよ」

「おねえさん今の聞いてわかるよね?リアは俺のこと心が空っぽって言うんだ」

うーん、私は『NPC』という単語を初めて聞いて『ノンプレイキャラクター』という意味だと知ると、リアちゃんの観察の鋭さに感心する。

「例えば殴らせてって言ったら殴らせてたよ、幸いにも殴らせろなんて言う人が周りにはいなかっただけで、アンタは見ていてそういう子だった」


『ミケ』君が中学生になる前後、偶然にも廃墟のモーテルが心霊スポットとして広がり始めていた。

「不思議よね廃墟はずっとただの廃墟だったのに、一時期浮浪者が中に入って住み込んで、いつのまにか死んでいたのが見つかって…それからあっという間に心霊スポットに早変わりしてた」

その頃は他県で働いていた私も以前から聞いて知っていた話題なので時々リアちゃんと連絡取り合う時に経緯を聞いてて把握していた。


そのモーテルは建てられて数年内で経営者が何人か変わり、その中の1人がどこかの一室を盗撮出来るように改造して、撮ったものを裏で流して売っているという話が『噂』レベルではなく『疑惑』として周知されてから誰も利用しなくなり、あっという間に経営破綻した。

閉店しても入り口にロープを貼るくらいで管理する者がいないので鍵を壊せば人が自由に出入り出来る状態だったから浮浪者達が住み着いた。

そしてその目撃情報は当時とても多かったのでたくさんの人達が知っていたことだったけど、全ては他人事として放置していたのだろう。


当時、浮浪者は数人いた。

でもモーテルの場所が便利な生活圏ではないので、浮浪者達は長く暮らせないらしく、寒くなる前に早々に出て行った。

…1人を残して。

その時には亡くなっていたのか?

それとも衰弱して動けなくて出て行けなかったのか?

そこまではわからないけど、すぐその後に心霊スポットとして人が集まるようになったようだった。


モーテルは2階建てで、1階の奥で浮浪者の腐乱死体が見つかり、遺体は撤去されても現場は放置したままだったので酷い死臭がいつまでもその周りに残っていて訪れる人は自然とそこを避けて2階に直行する。

2階に行くのはちゃんと理由があってどこかの部屋に飾られている洋画が目的だ。

噂レベルの内容だけど、その絵は腹を裂かれた妊婦、内臓と胎児が飛び出て妊婦の目には血の涙が流れているらしい。


そんな趣味の絵をモーテルとはいえ、客が泊まる部屋に飾るとは思えないので誰かが持ち込んだのだろう、と思うが問題はそこではない。

妊婦の流す涙は描いたものではないというのだ。

触れると濡れているらしい。

2階なのでどこかから雨漏りして絵を濡らしているのでは?という苦しい言い訳まで尾ひれがついて流れていたので信ぴょう性があった。


その話題で地元の中学生達は好奇心でソワソワして心霊スポットとして認知され始めた頃は早朝から自転車で行く生徒達がツアーのように群れを作っていたのでモーテル前には常に数台の自転車が並んでいた。

国道沿いなので車で通りがかる人達はその光景が気になって、そこからまた噂が派生していったようだ。

噂が広がると地元のラジオまでその様子を発信して更に拡散されていった。


『ミケ』君は頼まれると嫌とは言わないので、そのモーテルに何度も行っていた。

行ってみたところで部屋がどんどん荒れ、窓ガラスがどんどん割られて、新しい落書きを発見することが主な話のタネだった。

中学生達はいつも早朝に心霊スポット巡りをしてから学校へ行く。

なぜなら夜は怖いし夕方は教師がパトロールするから。

「また行ったの?」

中学校の昇降口で2人が会った時リアちゃんが呆れて声をかけた。

「付き合いだもん、でも何度行っても幽霊とか血の涙の絵画なんてどこにもないし、噂の1階は死臭なんてもうないよ」

『ミケ』君は呑気に答えていた、その時…


「匂う!」

リアちゃんが『ミケ』君の左肩から20~30cm離れた場所を指した。

「え?死臭?」

「違う、ここ嗅いでみて!」

『ミケ』君はリアちゃんが指した何もない空間に鼻を寄せた。

「…何これ?ヘアスプレー?何の匂い?」

全校生徒の上履きが集まっている場所には縁のない異質の香りが空間を移動して消えた。

「今、アンタから何かが離れたけど、モーテルから持ってきたものだよ」

「なにそれ?意味わかんないし」

 

その夜。

リアちゃんが寝ようと枕に頭をつけた瞬間に頭の中で怒鳴り声が響いた。

『もう2度と来るな!』

若い男の声だった。

『26人いる、もっとこれから増えるんだ』

聞こえたのはその二言だけど、最後の語尾が震えていた。

その時リアちゃんと声の主の意識が同化して声の主の全てを悟ることが出来た。

これがリアちゃんのお告げの能力の始まりだった。


翌日になってリアちゃんは『ミケ』君に忠告する。

「あのモーテルに近づいてはダメだよ」

「え?明日も誘われてるんだけど」

「断れ!」

「なんで?それになんで急にそんなに怒るの?」

「そっちのせいで昨夜はわたしがものすごく怖い思いしたんだよ!」

「俺、リアに何もしてないよね?」


「昨日の憑いてた霊がわたしの方に来て脅したの!…でももしかして親切に忠告しにきたのかもしれないよ、アンタって取り憑かれやすい体質みたいだからね」

「えー?俺はモーテルに取り憑かれてたの?」

「…とりあえず忠告したからね、これからもっと強く大きくなるから次に行ってまた憑かれたらどうなるか知らないよ」

でも『ミケ』君はすぐには忠告を聞かなかった。

もちろんリアちゃんもそれは想定済みなので先回りをしたのが例の動画の様子だ。


あのモーテルの近くには大きな橋がある。

連鎖反応を恐れてニュースにはならないけど、年間に多数の人間が飛び降りている。

高さ数百メートル、絶対に助からない。

景色が美しい所は死の誘惑もあるので眺める時はメンタルに注意した方がいい。


廃墟のモーテルは当時、霊の溜まるスポットとして成長過程にあった。

モーテルで亡くなった浮浪者は無関係で、橋で自殺した霊が集まる、あるいは一定の意識化した強い霊が廃墟にきて、その思念に惹かれるように似たような残留思念が寄せられてしまう現象が起きていたのかもしれない、というのがリアちゃんの考えだ。

あれから何年も経ち、モーテルはローカル新聞でも近寄らないようにと警告文を掲載した。

でもそんなことしなくても、もう誰も近寄らない。 


当時26人分の霊魂がそこに寄せられてきていたのなら今はどのくらいになっているのだろうか?

生きている人間だって集団化した時のエネルギーは悪い流れに向かうと暴徒化するほど恐ろしいのに、思念の塊が集まり膨れ上がった後には何になるのだろう?

そのことについてはリアちゃんが面白いことを言う。

「悪い思考の魂が集まって怨霊に発達して人間に災いをもたらすなら善い思考の魂が集まって悪い人間をやっつけたり災いを消滅したり出来るかもしれないよね」

「リアちゃん、善い魂は個々に静かに美しく浄化してしまうと思うの」

「あ、俺はおねえさんに1票!」


「そういえば、ミケって死臭がどんなだか知ってる口ぶりだったよね」

当時を思い出したリアちゃんが今更思い出して聞く。

「俺の父親は腐乱死体で見つかってるから子供の時に現場行って臭いを覚えている」

…人は言わないだけでそれぞれ事情がある。






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