第10話
「ごめん。いるか?」
昼下がり、
小袖を着崩したままの
「ん~、その声は・・・・・・榊原の旦那かぃ? 取り敢えず入りなよ。
それと今、何刻?」
「・・・・・・飲んでいたのか?
今は朝五つ(朝8時位)だ。
それと目のやり場に困るから小袖を直せ」
その言葉に
どうやら朝五つ(朝8時位)という言葉に気を悪くしたようだ。
しかしすぐににやりと笑う。
「おやおや、旦那。
あたしのような
吉原はすぐそこなのにねぇ?
一度行ってから出直してくるかい?」
そう言ってくすくすと笑う
しかし榊原は何も返事を返さず黙って立っていた。
「・・・・・・ったく。お堅いねぇ、榊原の旦那は。
まあいいさね。
とりあえずこっちに上がりなよ。酒が良いかい?
それとも
因みに茶のような良い物は今は無いよ」
「
榊原は一言だけ言うと腰から二本を抜き、
「旦那、中では笠は脱ぐ物ではないかい?」
「ちょいと旦那、どうしたんだい?
もしかして怖じ気づいたのかぃ?」
ひょいと不意を打ったように
唇も青い。本来なら反応できそうな動きにも榊原は対応出来ていなかった。
「・・・・・・旦那ぁ、本当にぶるっちまったのかぃ?」
目を細める
その問いにも答えず榊原は出された白湯を手に取った。その白湯の入った湯飲みはふるふると震えている。
「ああ、ああ、そうだ。
何故か、何故か」
そう言うが熱い
「榊原の旦那。まだ引き返せるよ。秘密さえ守ってくれるのならね」
「・・・・・・
嬉しいんだよ。嬉しいんだ・・・・・・。
己のこれまで鍛えてきた武を思う存分振るえることが嬉しくてなぁ」
ゆっくりと笠を外す榊原。その顔を見て
そう、榊原の
「へぇ、良い
一度殺りあってみたいものだねぇ」
「さあ、
儂の仕事はなんじゃ?」
暗い見世の中で不気味に笑う鬼が弐匹。
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榊原はその間、一言も口を挟まずに黙って聞き手に回っていた。
「と、いうわけさね。
旦那に頼みたいのはお江戸に入ってきた姉川と
榊原は腕を組み
西国の大家が関わっている事だ。情報を渡さないことは即、死に繋がる。
特に動揺などは無いようだ。
「あい分かった。その程度ならば明日には何とかしよう。
で、入った連中の事だけで良いのか?
中に元々いたその三家の連中は?」
榊原の問いに
江戸の中に入ってきた親子の事しか頭に無かった
実際事件があってからまだ数日。
「あ~、そうだ、そうだよねぇ。中にも連中はいるんだよねぇ。
そしたらさぁ、姉川家の中に六尺ほどで細身の男、
「ん? あぁ、それは問題ないだろう。
槍に関しては姉河流と言ったが特徴は?」
榊原も姉川流には聞き覚えが無かったようだ。
そこで
「まあ、簡単に言えば
あっ、旦那。見つけるのはい良いけど手、出しちゃあ駄目だからね。
旦那の
「・・・・・・旦那ぁ。本気で殺るつもりだったね。
駄目だよ。
今回はそういう事じゃあないんだ。
旦那の表の顔、そっちでの解決を促すための探りだからね。
まぁ、職業柄対応しないといけないのもあるけどね。そこら辺は改めて説明するよ。
で、・・・・・・旦那が考えているそういう仕事は、入ったら廻すからさ」
ばつの悪そうな表情を浮かべる榊原。
「う、む。儂としたことがの。興奮しすぎたようじゃな。
「まぁ、そういうことだね。絶対手出すんじゃないよ、旦那」
「分かった、分かった。
では、明日、
そこまで言うと榊原は笠を被り立ち上がる。
「あ、旦那。これ、持って行きなよ」
「・・・・・・五枚?
これは?」
「あぁ、前金さ。今回は儲けは無いけど報酬は払わないとね」
榊原はもう一度手の平で袋をなぞり複雑な表情を浮かべる。
「足りないかい?」
「いや、
小さな袋を懐に仕舞いながら腰に二本を差す。
「では明日、先程の刻限に」
そう言って榊原は
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「う~ん。面白そうだったから誘ったけど・・・・・・、とちったかねぇ」
榊原が帰った後、鬼灯は湯飲みの中の酒をちびちびと飲みながら先程までいた榊原の事を考えていた。
先日、番屋で話したときには問題は無いと踏んでいたのだが今日の様子を見て心配になっていた。
(まぁ、あたしもこの生業を始めたときはあんな感じだったかなぁ。
問題は予想以上に好戦的だってことだねぇ)
今日の榊原の様子は番屋で話した時、今まで客として訪れていた時とは根本的に違っていたからだ。
闇の中に足を入れると決めた時の榊原にはまだ、武士の心が残っていた。
しかし先程の榊原は全く別物であった。
これには表情には出さなかったが
そしてもう一つ、榊原の技量を完全に見誤っていたからだ。
(枷が外れた武士ってやつは・・・・・・。
あれは武士ではなく
有能かどうかは明日には分かるが・・・・・・、少し暴走しないように気を配ってやる必要がありそうだね)
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