第7話 

 鬼灯ほおずきが連れて行かれた部屋は土間で、部屋の中には二つの腰ほどの高さの机が置かれている。ひんやりとした部屋の中は殺風景で、机の上にむしろが被せられた二人の仏と思われる存在ものがあった。

僅かながら血の臭いと死臭が漂っている。


「はぁ、本当に後悔しないな?」


 近松が再度念を押してくる。

 鬼灯ほおずきは何事も無いように黙って頷く。

 榊原も近松も微妙な表情を浮かべる。

 三人は机の間に移動し、両方が振り返ればられる位置へと移動をした。近松が小さな溜息をつきむしろめくる。そこには顔が仏が横たわっていた。

 僅かに鬼灯ほおずきの眉が動いく。しかし、榊原と近松が心配していたように混乱し、嫌がるような素振りは一切見せない。吐くもどすこともない。

 あまりの反応の薄さに、立ったまま気絶でもしていないかと心配する二人であったがそれは杞憂きゆうであった。

 机の上に横たわっている仏は全裸であり、髪型と胸、背の高さ、線の細さ、肉付きから女性だと分かる。ただし顔が判別不可能まで潰されている。

 正確に言うと表面を削がれた後で更に潰されていた。

 鬼灯ほおずきが確認をした事を確認すると、今度はもう一つの仏の方に向き、同じようにむしろを外す。そこにも同じような仏が横たわっていた。

 無残な姿の小さな仏。


「また・・・・・・、派手にやりましたねぇ」


 二人の仏を視ながら鬼灯ほおずきは呟いた。

 特に感情が籠もっているわけでは無く淡々とした声色だ。逆にそれが怖い。

 普通は大の男でもを視たら若干は取り乱すものだ。

 実際、最初に発見された時には近松や同僚の同心、岡っ引きなどはほとんどが吐いたもどした程であった。

 そしてそれは見物に来た野次馬根性の塊である江戸の住民達も同じであった。


「あぁ、胸糞が悪いであろう? しかしまぁ、良く平気なものだな」


 榊原が感心したように言う。

 その言葉に何も返さずに鬼灯ほおずきは潰された仏の、無い顔をじっくりと見聞けんぶんする。


「うん。潰されたのは死した後でございますね。

削がれたのも死した後。

そしてこの胸に深く入っている傷が致命傷。

これならば、後ろまで抜けていますね。本当に一撃ですねぇ。

ただ、この傷は・・・・・・、ああ、何となく分かりました。これで繋がります」


 鬼灯ほおずきは触れること無く仏の死因を述べてゆく。

 それには榊原も近松も驚いていた。

 何しろ一切触れていないのだ。死因などは伝えていたがただけで検屍けんしの者の見解と同じ事を述べている。

 いや、さらっと変なことを呟いた。


鬼灯ほおずき。傷とはなんじゃ? 傷は心の臓を一突き。これだけのはずじゃが? 

後は背の方に抜けた後と擦り傷がある程度じゃがのぅ」


 榊原の問いに鬼灯ほおずきはゆっくりと胸の傷口を指さした。


「よ~くてくださいな。

ほら、僅かでございますが心の臓の辺りから真横に薄らと皮膚が裂けているのがえませんかね」


 鬼灯ほおずきの指差す場所を鬼灯ほおずきを押しのけた近松が見聞する。

 それはほんの一厘いちりん程度跳ね上がった裂傷であった。


「ほ、本当じゃな。なんだこれは長さは三寸程度か。

もしや此方のわっぱの方にも?」


 慌てて仏を確認する近松。そしてその後をゆっくりと確認する榊原。

 二人の表情は硬い。


「まあ、本当に僅かでございますので気がつかないのも仕方がございませんねぇ。わたくしはその傷を疑って視たから分かったのですよ。

 そして、この仏達は間違いなく私が得物を売った方々でございます」


 鬼灯ほおずきの言葉に二人は顔を上げ鬼灯ほおずきの顔を見る。ここまで顔が確認出来ないのに言い切ったからだ。


「おや、不思議なお顔をされておりますねぇ。

大方、これで何故言い切れるかといったところでございますかね」


 鬼灯ほおずきは揃って頷いた二人に断言した理由を話し始める。


「まぁ、背格好が完全に一致いたしますのでね。

 わたくしは小袖こそでなどを見繕みつくろう時もありますので着物の上からでも体型が分かるのでございますよ。

 それが完全に一致している。

 そして見せていただいた得物と防具。これで充分だと思いますがね」


 根拠としては薄い。

 それでも鬼灯ほおずきは断定していた。

 もう一つの決め手にしたのは傷口から薄く真横に走る裂傷である。

 特徴が昼間に殺り合った得物と同じだったからだ。鎌槍の鎌の部分と傷口の長さが一致していた。殺ったのは昼間の細い男だろう。そう感じていた。


鬼灯ほおずき。この傷は明朝にでも医者を呼んで確認させる。

しかしまぁ、良く見つけたものだなぁ」


 近松が感心して何度も頷いている。その様子を榊原は黙って眺めていた。主に鬼灯ほおずきの様子をだが。

 視線を感じ取った鬼灯ほおずきは口元を軽く歪ませ笑う。


 「で、鬼灯ほおずき。そろそろ木戸が閉まる刻限だが・・・・・・。もう泊まってゆけ。夕餉ゆうげは手配してやる」


 突然榊原が鬼灯ほおずきに声をかける。その内容に鬼灯ほおずきは顔を歪めて抗議した。


「えー、なんでですかぁ。わたし、帰って酒を飲みたいのですがねぇ。

それに私は何も悪くないですよ。

しかも検分もしたではないですか。

後は私の知っている情報を流してそれで終わりでしょう? 

帰らせて下さいよ、見世みせの片付けもやらなければいけないのに・・・・・・」


 ぶつぶつと文句を垂れる鬼灯ほおずき。榊原はその様子を見ながら溜息を付いた。


「分かった分かった。夕餉ゆうげだけではなく酒も手配してやる。

徳利で良いか?」


 まだ検分を続けている近松を横目に榊原は話を続ける。

鬼灯ほおずきは榊原の提案に黙って首を振った。


「・・・・・・樽でよろしく」


 にんまりと心地よい笑顔を浮かべる鬼灯ほおずき

その言葉に榊原は開いた口が塞がらない。

そして大きく溜息を付いた。


「・・・・・・近松、至急夕餉ゆうげとつまみ、そして酒を樽で手配してくれ。一斗樽だ。料金は儂につけておけ」


 その言葉に近松は声を失う。その横では鬼灯ほおずきが小躍りしながら喜んでいた。


「ほれ、早う行け。

この刻限ではほとんど見世みせもやっておるまい。最悪酒だけでも手配して参れ。

つまみは岡っ引きを使ってかまわぬから蕎麦屋の屋台などから手配せい。行け。

あぁそれと我が屋敷に向かい今宵は戻れぬと伝えてきてくれ。

頼む」


 何故か有無を言わせぬ迫力で言ってくる榊原に近松は思わず頷き、慌てて外へと出かけていった。

榊原は近松と岡っ引きが出て行く音を聞き終えると、未だに横で小躍りしている鬼灯ほおずきに面と向かう。


「で、お主何者じゃ?」


 突然、殺気を放ち刀のつかに手を掛け、腰を落とした榊原にゆらりと優雅に向き直る鬼灯ほおずき

 そのかおに張り付いた笑顔に榊原は戦慄せんりつした。


「・・・・・・旦那ぁ、それを知ると一蓮托生か死を選んでいただくことになりますがねぇ。

今まで通り骨董屋の小娘、鬼灯ほおずきではいけませんかぁ?」


 榊原は五十年生きた中で最大の恐怖を感じていた。盗賊や夜盗、山賊などと何度も殺り合ってきた榊原だがその額には冷や汗が伝う。

 冷たい気配から逃れるために間合いを取ろうとするが足が土間に張り付いたように動かない。

 そしてまた手を掛けた刀も動かせなかった。


【格が違う・・・・・・】


 死線をくぐり抜け、御前試合でも最低でも上位に喰い込む榊原であるがそれでもなお、死を全身で感じていた。

 勝てない訳では無いのだ。

 確実に生き残れないだけで・・・・・・。


「・・・・・・秘密は守る。それが例えどのようなことであってでもじゃ」


 榊原は必死になり声を絞り出す。

それほどにも精神的に削られていた。


「へぇ、修羅の道へと飛び込みますか? 

どういたしましょうかねぇ。

下手をすると幕府、職務、武士の矜持きょうじにも触りますよ」


 目の前で、しかも間合いの中で刀に手を掛けられていても、にやにやと笑い悠然と構えている鬼灯ほおずき

 その姿を榊原は観察していた。

そしてこれまで生きてきた人生を振り返る。


 (幸せな人生であるのだがな、何かが不満だったのであろうな。

 すまぬ・・・・・・)


 家族に心の中で詫びる榊原。

幸せな日々が、刺激的な日々を送る自分の姿に負けた日であった。


「かまわん。

主もこちら側に人がおっても困るまい? 

それに儂も好奇心に負けたわ」


 榊原の精一杯の反撃であった。

その返答に【にぃ】と笑みを浮かべる鬼灯ほおずき


「あは、いいね、それ。

ちゃんと報酬は払いますよ。

ただし、裏切り者には死あるのみ。

それは絶望を知ってから与えられると思っていて下さいね」


 満面の笑顔で鬼灯ほおずきは笑いかける。

そして鬼灯ほおずきの言葉を心の底で噛み締めながら榊原も腹を括るのであった。


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