第6話 

「ほっ、鬼灯ほおずき! これ、これは・・・・・・」


 榊原は出された銭を見た瞬間、目を【かっ】と見開き喰いいるように見つめている。

 一方の近松は冷静なものだ。黙って銭を持ち上げ眺めた後、おもむろに懐から銭入れを出し、二枚の銭を取り出して比べていた。

 先に口を開いた、会話になったのは近松である。


「これは、一文でも四文でも無いな? かといって宋銭そうせんでも無い・・・・・・か?」


 まじまじと三枚を見比べながら近松は鬼灯ほおずきの取り出した銭を見つめている。


「そうですねぇ、な~んでしょう?」


 うふふと笑う鬼灯ほおずき

 近松はその銭を徐に口に含もうとする。


「のぁぁ! 待て、待てぃ、近松!」


 慌ててその行為を止めたのは榊原だ。どうやらこちらも復活したらしい。

慌てた様子で近松が手に持っている銭をひったくる。


「ち、近松、和同開珎これの価値を知っておるのか?」


 若干慌てつつ、青い顔で手の中にある銭の無事を確かめる。

その榊原の様子をきょとんとした表情で近松は見つめていた。


「・・・・・・これは・・・・・・、冷静沈着、文武の誉れの高い榊原様がこのような様子を見せられるとは・・・・・・。

その銭にはそれほどの価値がございますか?」


 実際、榊原は奉行所の中の五十騎の中の一人である。

 歳は五十前後と老人の域へと入りかけているが江戸町奉行五十騎の寄騎よりきの中では武術全般、今でも最強だ。並の旗本や小家の剣術指南程度では相手にならない武の持ち主である。

 また、卓越した現場判断能力があり、数々の事件を解決もしている。

 そしてまた、江戸の治安を預かる役人として、また人格者としても武士、町人達から絶大な支持を集めている。

当然面白くなく思っている者達も同僚や上役の中にはいるが、上役の受けもほとんどは良好だ。

 その榊原が滅多に見られないほどの慌てぶりを見せた。そしてそれはほとんど誰も知らない榊原の趣味の故だった。


「おやおや、お気づきになられましたかね。さすがはうちの常連さんでございますねぇ」


 くすくすと笑いながら榊原の様子を笑う鬼灯ほおずき

そう、榊原の趣味は身を滅ぼす三大趣味の一つ、骨董収集であった。

 因みに残りの二つは釣りと盆栽である。

 横で笑っている鬼灯の顔を軽く睨み、それでもすぐに目利きの顔になり、手に持った銭をじっくりと観察を始めた。その真剣な眼差しは近松が声を掛けようにも掛けられない程鬼気迫るものである。

四半刻しはんとき(訳三十分)ほど手の内の銭を眺めていた榊原はおもむろに顔を上げる。


「この銭、創り物じゃな・・・・・・」


 その言葉に近松は再度きょとんとした表情を浮かべ、鬼灯ほおずきは我が意を得たりという表情を浮かべる。


「その通りでございますね。

その多分殺されたと思われる二人が私が武具を売った人物と同じであれば・・・・・・、私の見世みせが襲われた事と繋がるのでございますがね」


 鬼灯の言わん所は【こちらの手の内は出した。持っていた武具の確認をさっさとさせろそちらの手の内を見せろ】ということだ。

 この番屋に連れてこられてかれこれ一刻半(三時間)は立っている。まだ昼間に荒らされた見世みせの片付けもほとんど手を付けていないし、このままでは好きな酒にもありつけなくなるのだ。

 興味はあるし、今後も関わることになると思うが、とりあえずとっておきの情報と引き換えにさっさと帰りたいというのが鬼灯ほおずきの本音である。更に核心の所はまだ話していない。だから早く確認をしたいのだ。

 しかし榊原も反論する。深い事情を知らない榊原にはこの偽銭と見世みせが襲われたこと、殺された二人の事が結びつかないのだ。


「で? どうしてこの偽銭とお主の見世が襲われた事と殺された二人が結びつくのじゃ?」


 榊原の問いに鬼灯ほおずき対価武具を見せろをという視線と表情を作る。


「むぅ、役人でも無く身内でも無い市井しせいの者に見せるのは些か問題ではあるのだが、被害者の身元を証明できる者が無いでなぁ。此方としても有り難いことなのだが・・・・・・」


 対価を見せるまで手の内は明かさないという鬼灯ほおずきの態度に、見せることを微妙に渋る榊原。そして腕を組んで考え込む。


 長考ちょうこうすること暫し・・・・・・。


「そうじゃな、身元の確認が出来ぬのでなぁ。手掛かりになるのであれば有り難い・・・・・・が」


 榊原は眉間に皺を寄せ言葉を出した。


「本当は面通しもして貰えると有り難いのじゃが、にはちと刺激が強すぎるからのぅ」


 違和感を持った鬼灯ほおずきが詳しく聞くとどうやらこの番屋に仏は安置されているらしい。

 それなら見せてくれと言い寄るが榊原と近松は渋い顔をして拒む。

 埒があかないのに業を煮やした鬼灯ほおずきが、取り敢えず武具だけでも見せて欲しいと言うと、仕方なしに榊原が頷き、近松に合図を送る。

 近松は黙って頷くと立ち上がり部屋を出て行った。すぐに目的の物を抱えてくる。手に取って見ずともそれは見知った得物であった。


「・・・・・・どうやらわたくしの売ったに間違いはございませんね。

 返り討ちにあいましたか。世の中無情なものでございますねぇ、南無」


 鬼灯ほおずきは目を閉じると軽く手を合わせる。しかし目の前の二人はまだ渋面のままだ。


鬼灯ほおずき、この銭を持っていた童子わっぱが母親と仇討ちをしたのは分かるのだが、何故にお主の見世の襲撃と関係があるのだ? 

 確かに得物が鬼灯ほおずきの売った得物ではあるが・・・・・・、結びつかぬ。

 その偽銭もじゃ。それに・・・・・・仏の状態がなあ」


 榊原は何かを考え込んでいるようで真剣な表情を崩さない。代わりに近松が疑問を投げかけてくる。その近松の言葉に鬼灯ほおずきは若干の引っかかりを覚えた。


「近松の旦那ぁ、その言い方、なんか引っかかりますねぇ。

そう言えば人相書きなどは無いのでございますか? 

あれば確実に分かるのでございますが」


 得物だけでも充分なのだが、親子の事情を話すには面を確認する必要があった。

 あの夕刻に聞いた内容を伝えるには鬼灯ほおずきをもってしてもそれだけ慎重にならざるを得ない内容だったからだ。

 鬼灯ほおずきの問いに榊原が顔を上げ、近松の表情が今まででもっとも険しいものになった。

 沈黙が部屋の中を支配する。

 鬼灯は【何か変なことを聞いたかな】と疑問に思い返事を待つ。


「むぅ、そうじゃな。結論から言うと人相書きは無い。

本当は面通しをしてもらのがてっとり早かったのじゃが・・・・・・」


 榊原も渋面で口ごもる。


「花も恥じらう乙女でございますが、そうそう参るものでもございませぬよ。

肝はそこそこ据わっているつもりでございますがねぇ。

・・・・・・よろしければ面通しもいたしますよ」


 冗談を言って笑いを誘おうとした鬼灯ほおずきであったが二人は笑うこと、笑みを浮かべることすらなかった。

 鬼灯ほおずきの提案に思案する二人。

 【市井の者に何故】というような感じでは無く、純粋に鬼灯ほおずきの事を心配しているようだ。


「・・・・・・そうじゃな、多分見ても意味は無いと思うが視てみるか? もっとも今宵から暫く物が喉を通らなくなっても文句を言うなよ」


 榊原が念を押してくる。

 鬼灯ほおずきは意味が無いと言う言葉に疑問を持つがてみると返事をする。

 鬼灯ほおずきの答えが返るのを確認すると、三人は仏の安置されている場所に移動を始める。その途中で近松が予備知識だと言って情報を出してきた。


 「仏さんはな、顔が潰されておってな。むごいものじゃよ。心しておれ」


 近松の言葉に鬼灯ほおずきは【ふむ】と唸ると首を縦に振り二人の後について行く。

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