第5話

 童子わっぱが差し出した巾着きんちゃくの中には拳一つ分ほどの銭が入っていた。


「駄目ですか?」


「・・・・・・これを何処で?」


 鬼灯ほおずきはふるふると指を震わせながら一枚一枚銭を確認していく。

 その様子を見た童子わっぱの母親も出された銭を眺める。その中の一枚を取り、じっと眺めた後、首を傾げた。


「どこでこれを? 

これは? なんでしょうか?」


 普段使う一文銭や四文銭ではない。

 若干青みがかっているので読みづらいが銭には【和同開珎】わどうかいちんと言う文字がある。母親の問いに童子わっぱは真剣な表情で答えを返す。


「これは父上から預かった物です。

自分が戻るまで絶対に人に見せるなと言われていたのですが、父上は戻りませんでした。

だからもうどうでも良い物です。父上の遺品ではありますが、仇討ちの足しになる、父上の無念を晴らすためならば差し上げます」


 そう言って童子わっぱは笑う。

 母親は持っていた一枚の銭をぎゅっと握りしめて嗚咽を漏らし始めた。童子わっぱが母親の背を撫でる。

その様子を見ながらも鬼灯は童子から差し出された銭から目が離せないでいた。


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 あの後、鬼灯ほおずきは売り物を決めた。

 母親には三尺ほどの手槍を、童子わっぱには一尺五寸程の脇差しを手渡した。そして古い籠手こて脛当すねあても付けてやる。古い満智羅まんちらも付けた。二人とも旅装束で手甲てっこう脚絆きゃはんは付けていたが武士の振るう刀には何の役にも立たない。そこで二人がわずかでも生きられる時間を延ばす為に用意したのだ。

 古いとは言うが使い物にならない物という訳では無い。使われていたということだ。


 品物を渡す前には当然仇討ちを止めるよう説得もした。もっとも聞いては貰えなかったが。

 仇討ちの助っ人も手配すると言ったのだがこちらも固辞された。既に死の覚悟というか、

 話をしていくうちにそう悟った鬼灯ほおずきはある程度以上は何も言わず、金子きんすを返し、童子わっぱの差し出した銭のみを受け取り、先程の物全てを売った。

 母親とは払う払わないで若干揉めたが、どうせ仇討ちをするのならば良い宿に泊まり、身体を万全の体制で挑むように言って帰した。 


「はぁ、死の旅へ出る者を見送るのはつらいねぇ」


 何度も頭を下げ、日の落ちた江戸の街を歩いて行く二人を見送りながら、鬼灯ほおずきはそっと言葉を漏らした。そして小さな巾着袋を眺める。


「・・・・・・これが原因だろうな。何を考えているのだか・・・・・・」


 鬼灯ほおずきはその巾着きんちゃくを胸の谷間に仕舞い込むと見世みせを閉め、先程の用事、すなわち夕餉ゆうげと酒を買いに走る。


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「とまぁ、このようなことが先日ございましてねぇ」


 ぱくぱくと夕餉ゆうげを頬張りながら、鬼灯ほおずきは先日起こったことを寄騎よりきの榊原と同心の近松へと話す。

 近松が部屋を出て半刻はんこく(約一時間)もせずに榊原は番屋へとやってきた。それから不自然に置いてあった先日の親子の殺された検視けんし報告書を見ながらこのような話をしていた。

 もっとも最初には【このような重要書類を人目に付くように置くな!】と榊原の雷が落ちたのは言うまでも無い。

 当然、売ったことは話したが詳しい事情は話していない。まだその段階では無いからだ。せめて二人の身元が確実に確認できた後で話す内容だ。


「そうか・・・・・・大体の事情は分かった。

しかしその襲撃者がその親子と関わりがあるとしてもだ、何故鬼灯ほおずきまで狙われた? 

高々武具を売っただけであろう? 助っ人をしたわけではあるまい? 

分からぬなぁ」


 榊原は胸の前で腕を組み、天井を見つめながら言葉を漏らす。


「なぁ、鬼灯。自分の胸に手を当てて静かに聞いてみろ。

他に何をやらかした?」


 どうやら榊原は鬼灯ほおずきが襲撃された件と親子の件は別口と考えているようだ。そして別の可能性を思い出せと言っている。

 が、榊原の一言は納得のゆくものでは無い。既に鬼灯ほおずきが狙われる何かをやったという前提での問いであるからだ。

鬼灯ほおずきは頬を膨らませながらぶうたれる。


「何ですか? 

人を迷惑の塊で、いつも事件を起こしているような危険人物扱いは・・・・・・」


 鬼灯ほおずきの抗議に二人はきょとんとした表情でお互いの顔を見合わせる。

そして【にやり】と笑う。


鬼灯ほおずき

お前さん、本気でそれを言っているのか? 

自分の胸の前にあるその巨大な肉の塊に良く問うてみい」


 榊原と近松は笑いながら【してやったり】という表情を浮かべる。

 鬼灯ほおずきが、いかに手柄にならない迷惑を常日頃からお上に掛けているかがわかるものだ。そして俯いて黙ってしまう鬼灯ほおずきもその自覚はあるらしい。


「う~」


 うなるしかない鬼灯はふと思い出したように胸元をはだけた。小袖の胸元から肉の塊の谷間が現れ、その間に巾着きんちゃくが挟まっている。鬼灯ほおずきはその巾着きんちゃくを【えぃ!】と引っこ抜く。

 当然、その挟まっていた場所はゆさりと揺れるもので二人の視線は一瞬釘づけになった。


「おやぁ、肉の塊に興味がおありで? 

まぁ、このような醜女しこめはそうそういませんからねぇ。

次の非番にでも吉原へご出陣なさってはいかがでございましょうか?」


 今度は鬼灯ほおずきが【にやり】とする番だ。

 榊原は三百石取りの寄騎よりきである。そして妻子もいる。

 若く、妻子のいない状態ならば吉原へ春を買いに行くのも問題は無いであろうが今はそういうわけにはいかない。

 近松は若手でまだ所帯を持ってはいない。だから吉原へ春を買いに行くのには問題が無い。

まぁ、高々同心の給与では頻繁には遊びに行けないし、行ったとしてもせいぜいが中見世ちゅうみせが限界であろう。

 金子きんすの面で節約ができる夜鷹よたかはお役人という立場から買えない。本来ならば取り締まらねばならない身分だから当然だ。


「五月蠅いな! 

で、その巾着きんちゃく袋は? まさか賄賂わいろ・・・・・・と言うわけでもあるまい? 

山吹色のお菓子を出せるとも思えぬしなぁ」


 山吹色のお菓子。

 それは世の誰もが嫌いでは無い物である。二拾五枚を一括りとしたものと五拾枚を一括りとした物が有り、大抵は半紙に包まれている。

もっとも鬼灯ほおずきが懐から出したのはそのような分厚い物では無い。

 鬼灯は二人の目の前で巾着きんちゃくを取り出すと、中から数枚の銭を取り出し、二人の前へ置く。

当然二人は手にとって見のであるが二人の反応は全く違ったものであった。


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