第8話

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 翌日、鬼灯ほおずきは自分の見世みせへと歩いていた。

 お天道様は真上に近い。

 番屋を出るとき見送ったのは与騎よりきの榊原だけであった。残りの役人は死屍累々。酒に酔いつぶれていたのだ。

 もっとも半分は酒の力、もう半分は薬の力であったが。

 結局、鬼灯ほおずきは半分も情報を提供しなかった。出した情報は殺された者の国と得物の情報だけであった。

それでも情報としてはかなり絞り込む事ができる。


 情報を提供しなかったのには三つの訳があった。

 一つは榊原を完全に自分側に取り込むために今回の事件を利用すること。

 もう一つは意趣返しの為。正直襲撃を受けたことに対してだ。

 これは裏家業としての矜持が許さない。嘗められたらそれまでの世界だ。これで引き下がったら仕事が激減する。

 鬼灯も引けないのだ。

 そして最後に壊された骨董品の落とし前がつけられていない。

 それと同時に偽銭にも興味があった。骨董を扱う者として贋物は許せないという骨董を扱う者としての矜持である。

 その三つを建前にあえて自分から面倒事に首を突っ込むつもりであった。


 (榊原・・・・・・ねぇ。腕は立つし能力も申し分無いという噂だからね)


 この二十五年。

 爺様から引き継いだ見世を切り盛りしながら、また一人で裏家業をこなしながら生きてきた人生。

 その中に初めて仲間を引き込んだ。もっともまだ信用はしていないが。

 それでも仲間が出来、心が若干躍る鬼灯ほおずき


 (これが吉と出るか凶と出るか・・・・・・。

 ま、何とか成るでしょ。

 懐が寂しくなったら頼るところが出来たと思えばいいや。

 しかしこの事件の裏を知ったら旦那も腰を抜かすだろうなぁ。それで抜けられるならそれでも良いしね。

 口さえつぐんで貰えればまぁ)


 鬼灯ほおずきは明後日に見世みせへやってくる榊原にどのように事件の概要あらましを説明するかに思いを馳せながら、江戸の街を見世みせとは別の方角へと歩いていた。


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 「旦那ぁ、いる?」


 番屋から出た後、鬼灯ほおずき昼餉ひるげを済ませ、ふと思い立ち、とある見世みせに向かった。その見世みせはそこそこの見世みせ構えである。

 暫く待つと所狭しと並べられたの中から返事があった。


 「・・・・・・なんでぃ、鬼灯ほおずきの嬢ちゃんか? 

 今日はどうした? 

 何か入り用な骨董ものでも出来たか」


 見世みせの奥から中年の少し小太り気味の男が出てきた。身なりは割としっかりしている。

 骨董を扱う者達は横のつながりが強い。売りたい商品などが手元に無い場合は横のつながりを利用して手に入れる。

 この骨董屋もその中の一つだ。


 「毎度~。ちょっと聞きたいことがあってさ」


 鬼灯はにこりと笑いながら胸の間から和同開珎を引っ張り出した。

 やはり揺れる。


 「ほほ、相変わらずええのぅ、眼福眼福」


 顔の前で合掌し、鬼灯ほおずきの胸を拝む男。

 この骨董商、実はかなりずれている。鬼灯ほおずき醜女しこめと見ない男の一人だ。そのような男はそれほど多くは無いが存在はする。

 普段、そのように見られることのない鬼灯ほおずきはやはり照れる。


 「う、うるさいやぃ。褒めても何も出やしないよ。ったくこの肉の塊のどこが良いのかねぇ。動きづらいったらありゃしないだけなのにね。

 やっぱりあんた相当ずれているよ」


 照れ隠しで悪態をつく鬼灯ほおずき。その様子を中年の男は微笑ましそうに眺めていた。

 暫く照れている鬼灯ほおずきを眺めていた見世みせの主はおもむろに口を開く。


 「で、どうした? 今日は何を探している?」


 見世みせの主の言葉に鬼灯ほおずきはいきなり真顔に戻る。

 その七変化ばりの変わりように見世みせの主は若干引き気味になった。


 「これどう思う?」


 何時になく真剣な声色で話しかけてくる鬼灯ほおずきから差し出された包みを受け取り、見世みせの主は中身を手のひらに出した。

 数枚の銭が出る。


 「ほ、ほぉ。

 鬼灯ほおずき・・・・・・、これどうした?」


 見世みせの主は出てきた銭を見て思わず声を上げた。

 小太りの中年の男の声が僅かにうわずっている。その声に鬼灯ほおずきは思わず自分の身体を抱きしめていた。


 「き、気持ち悪い声だすんじゃないよ! よおく見てみな!」


 鬼灯ほおずきの言葉に若干顔を顰めながら見世の主は銭を観察する。


 「・・・・・・偽銭か?」


 寄騎よりきの榊原も趣味人のため気がつくのが早かったが、見世みせの主は更に早かった。


 「あんたんとこに持ち込まれてないかい?」


 「・・・・・・いや、ねぇな。

 しかしこれはまたとんでもねぇ出来だな? 何処で手に入れた?」


 見世みせの主の表情と目付きが真剣な物になる。

 鬼灯は【ふむ】と頷くと面倒な部分を省き、手に入れた経緯を話し始めた。

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