動き出す者達

第11話

「吉之助!!」


 闇の中に血飛沫が舞う。

 声は出ない。

 ただ呻き声が上がるのみだ。


「はっ! 大家の追っ手だと楽しめると思っておったがな」


 細身で六尺ほどの影からにやけた声が漏れる。その声に歯ぎしりを成らす者達。男の周りには既に数人が倒れていた。


(こやつ、まさかこれほどの腕とは・・・・・・)


 鍋島なべしま家の中でも腕の立つ者十名を集めたはずであったが、既に半数以上は地に伏している。

 松沼彦枝まつぬまひこえは焦っていた。小城おぎ鍋島家なべしまけ次期剣術指南と言われていた自分が手を出せないでいるのだ。

肥前の北部に位置する小家の家臣と侮った訳ではない。

純粋に相手が強いのだ。


「・・・・・・小城おぎ柳生やぎゅうか? 

どうした、追ってきたのだろう? その腕を見せてみろ」


 細身の男は半身になり腰を落とす。

 その先には銀色の何かが誘うようにゆらゆらと揺れていた。


(槍。

しかも速い。

それにまだ腰の刀すら抜かせておらぬ)


 この男を追って肥前ひぜんから出てきた彦枝は江戸に着き、やっと密命の相手に辿り着いたのだ。

 肥前から江戸まで一切尻尾を掴ませなかった男は突然現れた。

 江戸の鍋島なべしま、黒田、姉川家の国元からの追っ手達が江戸に入るまで共同で張っていたが引っかかりもしなかったのにだ。


(誘われた・・・・・・か)


 男の居場所の知らせが入ったのは暮れ六つ(18時頃)であった。慌てて男の居場所に走った彦枝達十名。

 黒田と姉川家には念のために使いを出してある。

しかしまだ、この場所には現れない。


「どうした? 

来ぬのか? 

あ~、もしや姉川と黒田の者を待っているのか?」


 目の前の男の力が弛緩する。その瞬間、配下の者二人が間合いを一気に詰めた。

 交錯する得物。

 蒼い光が散る。

 次の瞬間、一人の身体がくの字に折れた。その配下を軸にくるりと廻った男はもう一人に向けて腕を振るう。銀の光が弧を描き、すぐに飛沫しぶきがあがる。

 配下の一人は首筋を押さえそのまま倒れた。

 ぐりっという音が響く。

 くの字に身体を折っていた配下の足があらぬ方向を向いた。

男はその配下を思い切り蹴り飛ばし地に這わせる。


「はは、奇襲を掛けてもこれか? 

ぬるいなぁ」


 男の頭上を槍が一回転。

 すぐに先程の構えに戻る。

隙が無さすぎる。


「黒田と姉川の者達は来ぬよ」


 笑いを含むぬらりとした声が男の口から漏れた。


「・・・・・・どういうことだ?」


 彦枝は嫌な予測はしていたが思わず問いただした。

緊張と弛緩という不思議な空気が辺りを支配。

彦枝と残った配下の二人の身体は反射的に身構えていた。


「大したことでは無い。

・・・・・・あの世で逢え」


 反射的に伏せる彦枝。

その頭上を風が走る。

同時に彦枝は斜め前に走った。

肩口を斬り裂く感触。

熱い物が身体の中を通り過ぎるが気にしてはいられない。

一瞬の躊躇が命取りになる相手だ。


「ほぅ、気がついたか」


 細い男は手に持った槍を引き切った瞬間、そのまま配下に投げつけ、腰の刀二本を抜き放った。

 彦枝は既に懐に入っている。下からの擦り上げ。細い男はそれに二本の刀を上手く合わせた。鈍い光が辺りを照らす。

 次の瞬間彦枝の身体は男の後方へと逸らされた。


ぬるいわ!」


 彦枝の後ろから走り込んで来た配下は、彦枝を流しながら回転した男の一刀目で刀を弾かれ体勢を崩され、二刀目で背を袈裟に斬られる。配下の者はそのまま崩れ両刀を首筋に突き刺された。


「・・・・・・実戦が足らんな。

大家の家臣ともあろう者があの女子おなごにすら及ばぬか」


 細い男は深い溜息をつく。

男はゆっくりと両刀を構え無造作に彦枝に近づいていく。彦枝は体勢を立て直し構える。


「では、・・・・・・死ね」


 細い男が動く。

しかし次の瞬間男はその場から飛び退いていた。

突然甲高い音が響く。

呼び笛の音だ。

どうやら見廻りに知れたようで、がやがやとかなりの数が動いているようだ。


「命拾いしたな。次は仕留める」


 細い男はゆらりと闇の中に染み込むように姿を消す。

後には地に伏した九名の配下と彦枝だけが残されていた。

彦枝は闇の中へ消えた細い男を追おうと走り出そうとするが、その足首がすさまじい力で捕まれる。


「早くお引きを・・・・・・。我らは自害いたします。

御免」


 倒れていた配下の者達から次々と苦悶の声が上がる。そして彦枝の足を掴んだ配下もまた自らの得物で首を斬り裂いた。

ほんの刹那、彦枝は悲しみの表情を浮かべる。


(・・・・・・すまぬ。皆の敵は必ず)


 彦枝は一度も振り返ること無く、刀を引っさげたまま闇の中へと姿をくらます。


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