第12話
「なっ、なんだこれは。
榊原様・・・・・・」
提灯の明かりが照らし出したのは息絶えた数名の遺骸である。
(む・・・・・・ぅ、出遅れたか・・・・・・)
榊原は検分を始めた同心達に指示を出しながら【もう少し早く来ていれば】と後悔していた。
榊原達がここへ来たのは偶然である。
夕刻、江戸の朱引きの外で十数名の武士が殺されていたという情報が入ってきたので江戸内を見回っている最中であった。
朱引きの外で起きた殺しに関してはまだ何も分かってはいないのだが、江戸の奉行所は
当然お城の門という門は全て閉じられ、旗本達が数百と集まっている。この惨状に榊原達が遭遇したのは本当にたまたまであった。
「榊原様。どうやらほんの僅かまで争っていたようです。
まだ暖かい。
ただ、少しおかしい事が・・・・・・」
近松が榊原に現状の報告をあげてくる。榊原は地に這っている者達を視ながら問うた。
「おかしい?
何か変わったことでも?」
榊原は視ていた者の一人に近づきしゃがみ込む。
「・・・・・・自害、か?」
「その通りでございます。しかも死した者の半数は自害でございます」
近松の答えに榊原は【ふむ】と考え込んだ。
(自害・・・・・・か。余程素性を知られたくなかったのか?
草などはそのような訓練を受けていると聞いたことはあるがのぅ)
榊原はゆっくりと立ち上がり遺骸を一つ一つ確かめてゆく。その途中で思わず立ち止まる。
榊原の足下に落ちていた物。それは六尺ほどの槍であった。鉤鎌付きの。
(そうか、そうか・・・・・・。
鬼灯を襲った奴が相手か。
それならばこの者達は黒田か鍋島か姉川の手の者か。そして当然朱引きの外で殺されていた者達もそちらの者達であろう。
なんとまぁ、運の無い事か。
それであったら自害する訳も合点がゆく・・・・・・)
上体を傾け槍を拾う。
槍の穂先と鎌には血が付いていた。まだ固まってはおらずゆっくりと垂れて来る。
「近松、下手人の得物じゃ。回収しておけ」
榊原は槍の長さ、重さ、取り回しなどを軽く確認するとすぐに近松に鎌槍を渡す。
「良く・・・・・・、分かられましたね。
いえ、回収いたします。
ところでこの事件はやはり夕刻の朱引きの外の件と同一でしょうか?」
近松は槍を受け取り話しかける。近くにいた同心や岡っ引きも榊原の見解に興味を示していた。
「さあなぁ、それは何とも言えぬよ。この槍の傷とその連中の傷を確かめて診ぬとな。
それにこの遺骸の傷、刀傷も混ざっておる」
榊原は寄り添うように倒れていた二人の内の一人を指さす。
「この遺骸は・・・・・・二刀で斬られているようじゃな。
傷が三カ所。
刀の傷も合わせると四カ所か?
刀を一刀で弾いたか、体勢を崩されたのだろう。背を袈裟に斬られ、最後に突きが入っておる。
しかも並ぶような穴が開いておるであろう?
同時に首を刺したのだろうな。首筋に綺麗に入っておるわ。
この暗闇の中ここまで正確に突き込むとはな。
余程の手練れだ。
皆集団での行動を絶対に忘れぬようにな。
この事はお奉行にも伝えておく。
夜が明けてからはこの現場の検証と何処の家中の者かを調べる必要があるな。
・・・・・・近松、江戸の関所からの人の出入りを止めるように
お主、数名と共に奉行所へと走れ」
ゆったりとした口調で配下に指示を出しながら榊原はどのように適当に調べを進めるかを考えていた。
(むう、明日、鬼灯に訪れるとは言ったがこのような事態になると行けぬな。
誰かを使いに寄越すか?
しかし下手に勘ぐられるとまずい。どのようにして繋ぎを取るかのぅ)
榊原は明日と考えていたが刻限は既に暁九つ(夜中0時頃)を超えていることには気がついてはいなかった。
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「馬鹿者!!!
あれほど目立つなと言っておいたであろうが!」
暁九つ(夜中0時頃)を過ぎた刻限。
江戸の某屋敷の中で怒鳴り声が響いた。見廻りの腰元や家中の者が走って来そうな大声だが誰も来ない。
男の叫び声に近い怒声はかなり響いていたのにだ。
「仕方があるまいて。
黒田、姉川、鍋島家の者達が大挙して待ち構えていたのだ。ご丁寧に身許を隠していた。このような機会に殺らなくてどうする?
お主も追っ手、不確定要素は消した方が良いとは思わぬか?
相当な手練れだったぞ」
闇の中からの男の問いに怒鳴った男は口を噤む。
「まぁ良いでは無いか。こやつもそれなりに我らの事を考えて動いてくれたのであろう?
今後、動くときには我らに一言相談してくれると有り難いが・・・・・・」
今度は細いが落ち着いた女の声。
その言葉に怒鳴っていた男は何とも言えない表情を浮かべる。
「金子もかなり貯まったことであるし、賄賂も相当流しておる。町方の中にも内通者がおるしの。
明日の朝、もう今朝か、町方から新しい状況も入ってこよう。
それから今後の方針を決めても問題は無かろうて。
あえて問題があるとすれば奥と繋ぎが取れぬ事じゃな」
女の言葉に二人は何も返さない。
暫しの静寂。
「しかし、大奥の賄賂の要求の凄まじさ、
あれだけの品を渡したのに更に要求が高くなって行く。
舶来の品、ご禁制の品、砂糖、菓子。
もっともそのおかげで姉川家は保っているようなものではあるがな」
女の言葉に怒鳴っていた男も頷いていた。
「そうですな。我が家の材木の売り先、便宜を図って貰えなくば財政が行き詰まるところでしたからな、それと姫の件も・・・・・・。
黒田と鍋島家の者達への材木の流通に使った
「そう・・・・・・じゃのぅ。
姫の重婚の件でも相当黒田と鍋島が怒ったうえに材木の取引であれほどの偽銭に勘づくとは想定外じゃったからのぅ。
どうやって気が付いたものか……。
面倒な事になったものじゃ」
女は疲れたような溜息を吐く。
「それに偽銭作りが勘定方の者にばれるとは思わなかったですがな。しかも試しで作った銭を持ち出されるとは……」
「えぇ。あの者は優秀だったのじゃろう。
あのような者を何故下っ端の役人にしておいたのか。
我が家の事ではあるが家老などは何をしておったのか。
我が家のような小家にとっては得がたい存在だった。
もっともその者のおかげで今の状況に追い込まれたのだがのぅ」
二人の会話はまだ続くようであったがもう一人が横から口を挟む。
「なぁ、そろそろ眠いのだが・・・・・・。
休んでも良いか?」
暗闇の中に溶け込んでいた男がぬるりと現れる。
細く背が高い男。
腰には二本の刀が刺さっている。
「あぁ、かまわん。先に休んでおれ。
今後暫くはおとなしくしておれ。
江戸見物をするのも良いが気取られぬなよ。
それと、例の母子が寄った骨董屋。先程大人しくとは言ったがそれだけは始末しておけ。
ただし、先日みたいに大きな騒ぎにはするなよ。
腕は買っておるのだ」
男の言葉に細い男は黙って首を縦に振り階段を上ってゆく。
後には男と女、二人残された。
「あの男、何を考えておるのか分からぬ」
女の声。
「まぁ、そうそう裏切ることは無いでしょう。
あれは殺しを楽しんでおる眼でございます。獲物さえ与えておれば、そしてこちらが危険なことにならなければ大丈夫かと。
それに今は此方の最大の戦力でございます。
今暫くは使い道もございましょう」
男の答えに女は黙って頷いていた。
「我が姉川家を守るため。その為にはいかような事でもしてやるわ」
女の言葉を最後に二手に分かれ二人はその場を後にする。その場には暗闇だけが佇む。
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