第25話
「え~、逃げられた?」
骨董屋鬼灯から悲鳴が上がる。榊原は面目無いと頭を下げている。鬼灯ははぁと溜息をつき天井を見上げた。
「まあ、いいけどさ。どのみち公務の最中に斬っちまえば遺骸を野に晒すことなんか出来ないからねぇ」
鬼灯は湯呑の中身を煽った。
「で、どうだった」
鬼灯が興味深そうに榊原の顔を覗き込む。
「むぅ、鑓無しであれほどの腕とはな。こちらは同心二人と捕り手を五名失ったわ。さすがにお主が手こずる相手だ。一応手傷は負わせたがな」
榊原はそう言ってがっくりと項垂れている。
「よくもまあ手傷負わせたねぇ。正直あれを殺るのは厄介だよ。どこかに誘い出すしかないね」
榊原は大人しく頷いた。
「そう言えば
榊原の言葉に鬼灯は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「ああ、私が拾ったって奴だよ。ここを訪ねた後に襲われたみたいだねぇ」
「一命は取り留めたがな、両目を失わせてしまった」
「まあ、お武家をやっているとそういうこともあるさね。それより後三日はあるから何とかしないとねぇ」
そう言いながら鬼灯は頭を抱えるのであった。
■□■□■□■□■□■□
「お前が傷を負うとはな」
姉川家の地下では谷崎が部屋の中をうろついていた。
「で、始末は出来たのか?」
谷崎の問いに犀角はぼそりと呟いた。
「鍋島家の彦枝は手ごたえはあったが、死んだかどうかはわからぬな。町方と殺り合いながら生死を確かめるのは無理だ」
犀角の言葉に谷崎は顔を顰める。
「まあお主が手ごたえがあったと言えば大丈夫だろう。もう一人の骨董屋の方は?」
「ふむ。今は無理だな。あれは万全でも五分だぞ。家ごと焼いた方が早い」
犀角の言葉に谷崎は考え込む。
「犀角、骨董屋は放っておいて暫く湯治にでも行ってこい」
犀角は足のに巻いたさらしをじっと見つめる。
「不要になったということか?」
ぬめりとした声。
「い、いや、そうではない。こちらはどうやら手打ちになりそうでな。贋金の件に関しては政治の話になる。今は武を使う時ではないということだ」
谷崎の言葉に犀角は怪訝な表情を浮かべる。
「贋金の件で幕府が動いた」
犀角の眉がぴくりと動く。
「もう、小さく隠してもどうにもならぬよ。後は本国の後始末をするのみだ。お主が必要な時にはまた呼び出すからな」
その言葉に犀角は黙って頷いた。
(ふぅ、もう一人の雇い主に今後の動きを聞いてから江戸から離れるか……)
犀角はもう一度、今度は恨めしそうに自分の足を見つめるのであった。
■□■□■□■□■□■□
「彦枝は無事か?」
鍋島家上屋敷。
鍋島勝俊は慌てた様子で廊下を走っていた。
「松沼様は現在眠っておられます。怪我の程度は最悪かと。両目が潰れていますので……」
勝俊は側仕えの者からの言葉に顔色を失う。小城鍋島家次期剣術指南役を失ったも同然の返答だったからだ。
両目が駄目になったのならばもうお役に付くことはできまい。また、彦枝は独身だったはず。これでは嫁の来手もないであろう。生涯一人で生きていくことになる。
「正直、まだ予断は許しません。刀傷は頭部にかなり食い込んでおりますれば、医者も匙を投げている次第でございます」
勝俊は一瞬、その方が彦枝にとっては良いのかもしれぬと思った。しかしすぐにその言葉を振り払う。
「なんとしても彦枝を生かせ。金は惜しまぬ。江戸中から動ける医者を集めろ。外出禁止など本家筋から役人に圧力をかけてやるわ、行け」
彦枝の寝ている部屋の前に着くと側仕えの者はすぐに走り去ってゆく。勝俊は静かに襖を開ける。そこには死したように蒲団に横たわる松沼彦枝の姿があった。
(彦枝、何としても救うてやるから待っていろ)
勝俊はゆっくりと彦枝の側へ腰を下ろすと眠り続ける彦枝を見つめるのであった。
骨董屋 鬼灯 艶 @fireincgtm
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。骨董屋 鬼灯の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます