第24話
傷が治ったと言って鬼灯の元を訪ねたのだが実際には動けるようになっただけであった。
「松沼様、やはり警戒が凄いですね」
供の者が彦枝に声をかける。彦枝は駕籠に揺られながら横を通り過ぎてゆく捕り手たちを眺めた。
「そうだな。まあ、武家屋敷周辺へ戻ればこの警戒も薄くなるのだがな」
彦江の言葉に供の者も「そうですな」と相槌を打つ。
「がっ」
鍋島家上屋敷へあと少しというとき、突然横から何かが走り出してきた。あがる呻き声。彦枝を乗せた駕籠は彦枝を乗せたままひっくり返る。彦枝は慌てて起き上がり状況を確認した。
供の者が刀を抜き、何者かと対峙している。彦は相手も確認せずに放り出された刀を手元に手繰り寄せた。その一瞬の間に供の者は切り倒される。
「死ね」
ぬらりとした声が彦枝を襲う。その声に聞き覚えがあった。
「貴様、あの時の……」
慌てて刀を抜き腰を落とす。防戦の構え。
刀が左右から彦枝を襲う。傷が完全にいえていない彦枝は防戦一方。
「おや、手強いな。先日よりも動きが良いのではないか?」
ぬらりとした声。
「おい、駕籠屋! 鍋島の上屋敷へ走れ!」
声を荒げ震えている駕籠屋へと発破をかける彦枝。
「逃がさんよ」
立ち上がろうとした駕籠屋の方へぬらりとした男が動こうとするがそれを庇うように彦枝は動いた。
対峙する二人。
「なにをしとるか!」
突然大声が響き渡る。それと同時に呼子が鳴る。
「そこの二人刀を引け。北町奉行所寄騎、榊原である」
騎乗した武士は刀を抜くと馬上から降りる。その後ろには同心二人と捕り手が十名程。
「ちっ、面倒な……」
ぬらりとした声の男が舌打ちをする。彦枝はその音に表情を緩める。
「阿呆が」
呟いたぬらりとした声の男は視線を上げた彦枝の眼前にいた。慌てて刀を戻そうとするが間に合わない。
「引けと言っておろうが!」
横からぬらりとした声の目掛けて突きが繰り出される。男は事も無げにその突きを躱し距離をとる。彦枝とぬらりとした声の男の間に榊原が割って入った。
「狼藉者、神妙にお縄につけ」
榊原の言葉にぬらりとした声の男はくつくつと笑う。
「よく言うわ。先ほどの突きは殺す気満々だったぞ」
嬉しそうに笑う男。
「御用! 御用!」
捕り手たちがぬらりとした声の男を取り囲もうとする。がぬらりと動いた男が捕り手たちを襲った。たちまち悲鳴が辺りに響き渡る。
「逃げずに切り込むか」
「下がれ下がれ」
同心二人が刀を抜き前に出る。
「すわ」
同心の一人が上段から切りかかる。ぬらりとした男は上段からの振り下ろしを半歩動いただけで躱し、足で同心の膝を抑え体制を崩す。そのまま二刀を背中に叩き込む。するりと身体に飲み込まれた刀。そのまま同心を蹴り飛ばし、もう一人の同心へと迫る。慌てた同心は不用意にぬらりとした男へと切りかかる。同時に悲鳴が上がり、同心の手首から血が噴き出した。すれ違いざまの一撃。もう一刀は腹に吸い込まれている。
「ええい、全員下がれ。儂が相手をする」
榊原がゆっくりとぬらりとした男に近づく。
「ほぅ、楽しめそうなのが出てきたな、が……」
ぬらりとした男はちらと彦枝の方へ視線を飛ばす。
「遊んではいられぬよ」
一気に彦枝の方へ駆け寄り一閃。彦枝の頭を切り裂いた。上がる血飛沫。
「ぬ。主の相手はこの儂だ!」
榊原が背後からぬらりとした男に切りかかる。男は身体を前面に押し出し一寸の距離で躱す。くるりと回転した男は細かい動きで突きを繰り出す。慌てて後ろに下がり突きを捌く。
(こやつが
こまめに突き出される二刀を捌きながら内心舌を巻く。それでも榊原の心は焦るどころか心躍っていた。素早く突きを放ち横薙ぎ。下がりながら下段からの摺り上げ。自分が数十年で会得したすべての剣技を犀角へとぶつける。
「お主、笑っておるぞ」
「お主こそ」
蒼い火花が二人の周りで蛍のように飛び交う。
「ええい、埒が明かぬな」
犀角が小さく呟いた。
「隙ができたぞ、犀角」
その言葉に犀角の目線が厳しくなる。同時に犀角の太腿から血飛沫が上がった。
「ちっ、勝負はお預けだ」
犀角が榊原に向かい小さく蹴りを放った。血が榊原に飛ぶ。
「さらばだ、榊原とやら」
それだけ言うと犀角は囲んでいる捕り手たちを切り捨て、囲みの外へと走り去っていった。
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