第2話

「・・・・・・すまないが両替を頼めねぇかぃ」


 年の頃は四十程であろうか。

ひょろりと細長く、丈は六尺に届くかどうか。着流し、帯には差している。顔は深い笠を被り、目線を見せない。

 全体的にぬるりと感じさせる雰囲気を醸し出している。そして発せられたその声もぬるりとした細長いものであった。


「・・・・・・兄さん。ここは両替商じゃあないよ。他を当たりな」


 鬼灯ほおずきはつっけんどに返す。これもこの見世みせの流行らない理由でもある。見世みせの中では愛想が無いのだ。

 その無愛想な言葉を受けても男は黙って戸口に突っ立っていた。

深く溜息をついた鬼灯ほおずきはゆっくりと立ち上がり戸口に近づく。男の手が素早く入り口の横へ向けられると足元で何かがきらりと光る。


「いきなり何すんだぃ!!!」


 鬼灯ほおずきはとっさにしゃがみ男の胸元から飛んできた一条の光をかわす。風を切る音が鬼灯ほおずきの頭上を通り過ぎた。

かしゃんという音が響く。


 「・・・・・・あ、酒井田円西さかいだえんせいの壺・・・・・・」


 音の具合でどの壺が割れたかを悟る鬼灯ほおずき

 この骨董屋鬼灯こっとうやほおずきの中でもかなり高価な部類に入る商品ものだ。怒りを露わにする鬼灯だがすぐに顔は上げない。

二撃目。

次の瞬間更に数枚の器が割れる音が響く。


「あぁぁぁぁ・・・・・・、常滑とこなめのぉ、丹波たんばのぉ・・・・・・。高くないけど、高くないけど・・・・・・、許さんっ!」


 伏せた状態から立ち上がりつつ、風を切る音と共に一気に間合いを詰める鬼灯ほおずき。戸口に立っていた男はあまりの反応の速さに焦った表情を浮かべ、手に持つ棒をさらに速く手元に引き寄せる。

しかし既に遅い。

鬼灯ほおずきは細い男の目の前だ。


「着想は良いんだけどねぇ、あんたの失敗はあたしを怒らせたことだぃ!」


 鬼灯ほおずきの足、内股、腰、胸、腕が僅かにながらしょうへと繋がる。左の手は男の得物を押さえ、左側へと体を崩す。しょうは吸い込まれるように男の顎を打ち抜いた。

 細い男はぐにゃりと膝を折りながら真下へと崩れかける。

 しかし、細い男は崩れなかった。

 得物えものの先端を地面に突き刺し、無理矢理耐える。鬼灯ほおずきは伸びきったたいと逸らした得物えもののせいで追撃が出来ない。

 その隙に細い男は長い棒をそのまま手放すと四尺程真後ろへ飛びすさる。


「ちっ、腕は噂通りか・・・・・・」


 細い男は頭を振りながら鬼灯ほおずきを睨み付け、同時に二振りの刀を引き抜いた。鬼灯ほおずきは細い男と男が地に突き刺した得物えものを見て呟く。


「・・・・・・あんた、肥前者ひぜんものかぃ? 名は?」


 鬼灯ほおずきはゆっくりと地に刺さった鎌槍かまやりを引き抜く。細い男は無言のまま二振りの刀を構える。

 鬼灯ほおずきは男が返事を返す前に見世みせから一歩踏み出し鎌槍かまやりを振るう。石突きが男の水月すいげつに迫る。

 しかしその鋭い突きは二刀によって上手く逸らされた。そのままに沿って細い男は鬼灯ほおずきに迫る。

 一瞬で詰まる間合いにも鬼灯ほおずき狼狽うろたえる事無く沿って迫る刀を軸にやりを回転させ、先端の横、鎌の部分を細い男に合わせた。

 反射的に飛びかわす細い男。


「・・・・・・、だんまりかい。

 うちの売り物壊したんだ、せめて名乗りなよ。すぐにあの世に送ってやるからさ。二刀鉄人流にとうてつじんりゅうを使う奴なんざ調べりゃすぐに分かるんだよ」


 鬼灯ほおずきの言葉に細い男の顔が一瞬反応した。


「・・・・・・造形が深いのだな。唯の骨董屋にしては知りすぎ・・・・・・だっ!」


 細い男は再度鬼灯ほおずきの方へ突っ込んでくる。鬼灯ほおずきは先ほど奪った六尺ほどの鎌槍かまやりで迎え撃つ。

 細い男が放った数倍の速度の突きが繰り出された。

慌てて二刀を使いかわす細い男。かろうじて軌道を逸らす。頬からは赤い筋が垂れ落ちている。


「ちっ、化け物め・・・・・・」


 ゆらりと細い男が動く。


「かぁぁっ!」


 が次の瞬間細い男の叫びと共に刀が地に落ちた。

 先程の頬の傷とは違い今度は細い男の左腕がざっくりと斬れ、肉が捲れ上がる。少し遅れ大量の血飛沫ちしぶきが地を染めていた。


「油断したねぇ。あんた、自分の流派の特徴を忘れてどうするんだい?」


 細い男の怪我、それは鎌にあった。

 槍は突くものと思われがちだが四等分の一は合っている。あながち間違いでは無いのだ。

 しかし槍の本当に恐ろしいところは斬る所にある。通常の穂先でも充分に斬れるが槍という物はそれだけでは無い。かぎが付いている物、鎌が付いている物、千鳥ちどり型の物等様々な形がある。あるものは斬るため、あるものは引っかけるためと用途は様々だ。

 ちなみに残りの二つは払うと叩くだ。

 今回、細い男が持っていた槍は鎌槍かまやりと呼ばれるもので主に突きを放った後、引き戻すときに相手の身体を引き斬るための鎌が付いたものである。

 鬼灯ほおずきはその槍の特徴から男のもう一つの流派に当たりを付けた。宝蔵院流ほうぞういんりゅう、もしくはその系統。二振りの刀を使う二刀鉄人流にとうてつじんりゅう。これももう一つの流派の特徴を十二分に語っていた。

 肥前鍋島家ひぜんなべしまけでよく使われる流派だ。そこから槍の流派を絞り込む。


 姉河流鑓術あねかわりゅうやりじゅつ


 先程鬼灯ほおずき肥前者ひぜんものと呼んだのはこの二つが合わさったからを掛けたのである。


 ここまでは相手を探る情報集め。

 そして流派が分かればある程度の対処は可能だ。

江戸には数百の流派がひしめきあっている。ある程度の内容を知ることはそれほど難しいものではない。

特に鬼灯ほおずきのような骨董屋は道場に出入りが多いからだ。


「さぁて、誰の差し金かは心当たりが多すぎて分からないがね・・・・・・、そろそろ死ね」


 鋭い突きが細い男を襲う。一撃では無い。連撃が襲う。

細い男は一振りの刀で上手くさばく。さばく。

突然払われる足。かわす。飛び上がって躱す。


「悪手だねぇ」


 鬼灯ほおずきの口元がにやりと上がる。

 細い男も自分の置かれた状況に顔をしかめた。足下から鎌槍の鎌の部分が急所を目掛け襲いかかる。

【ぱちん】という音と共に蒼い火花が起こる。細い男はそのまま宙で一回転をして鬼灯から離れた場所に着地をした。

お互いに睨み合う。


「何事じゃぁ!」


 大声と共に数名の岡っ引きと同心が走ってくる。

 呼び笛も鳴らされている。

遥か奥にはに梯子はしご長物ながものが見えるので捕り手も近づいているようだ。

 二人が周囲を視線だけで見回すと巻き込まれない範囲に町人達が見守っていた。誰かが役人を呼んだのだろう。


「ちっ、邪魔が入った。勝負は預ける・・・・・・」


 細い男は苦々しい表情を浮かべ、それだけ言うと【たん・たんっ】と後ろに飛び槍の間合いから外れる。

そのまま一気に町人達の囲みに突っ込んだ。

 巻き込まれてたまるかと慌てて道を開ける町人達。

 細い男はまんまと囲みを抜け逃げ出す。後には鎌槍かまやりを持ったままの鬼灯ほおずきのみが残されていた。


 「・・・・・・またお前か、鬼灯ほおずき。詳しい事は番屋で聞こう」


 にっこりと笑う同心と岡っ引きに囲まれてがっくりとうなだれる鬼灯ほおずきであった。

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