第3話

「だから~、突然入ってきた男が槍を振り回してですねぇ」


 鬼灯ほおずきは番屋で不機嫌そうに同心と話している。

 先程、細い男と戦った後、鬼灯ほおずきは番屋へ連れてこられていた。

俗に言う【しょっ引かれる】だ。

 当然番屋へ行く前に見世みせの中を軽く片付け戸締まりはしてある。

 ごくたまにあることと、鬼灯ほおずきが逃げたことが無いという微妙な信用がそれを許した。

それでも今夜は番屋から返して貰えそうにないからの不機嫌さである。


「そうは言ってもな、あれだけ暴れたのだからさすがに一晩は泊めないと示しが付かぬのじゃ。特に唯の骨董屋があれだけ暴れたのだからのぅ」


 同心の視線が痛い。

 今、この場には鬼灯ほおずきと同心しかいない。岡っ引きは別部屋で待機させられている。また、見回りに行っている者もいる。


「すぐに榊原さかきばら様がおでになる。暫くおとなしくしておれ」


「そんな、近松様ぁ~」


 鬼灯ほおずきの言葉に振り返りもせず、近松と呼ばれた同心は片手を上げ部屋を出ようとする。

その時、近松が手にしていた瓦版かわらばんらしきものが鬼灯ほおずきの目に止まった。


「ねぇ、旦那~。さっきからにらめっこしておられたその紙はなんでございましょうか?」


 ねたようなつやのある声を出しながら尋ねた鬼灯ほおずきに近松は手元を見てむっとうなった。


「・・・・・・あぁ、今朝方、亡骸が見つかった者達の情報だ。仇討ちの最中だったのだろう、二人とも白無垢しろむくの装束に身を包んでおったわ。

 三十路ほどの母親とおぼしき女子おなごは手槍を持っておったし、十程の童子わっぱは脇差を持っておった。

どこから手に入れたのか籠手こてすね当て、満智羅まんちらも付けておった。

 もっとも二人とも心の臓を一突きであったがな。あれは相当な手練れとりあったのであろうな

今は身元と届け出を探しておる最中じゃ」


 近松の言葉を聞きながら鬼灯は何気に十数日前の事を思い出していた。

 そう、子連れの三十路を越えた女が見世を尋ねてきたことを。そして得物えものの事を・・・・・・。


「ちょいと旦那。その得物えものはどこにあるんですかねぇ? 見せていただくわけには?」


 突然、雰囲気の変わった鬼灯ほおずきの声に近松はぎょっとして振り返る。

 何気に話してしまった事に有無を言わせぬ声色こわいろで疑問が返ってきたからだ。

そして振り向いた先には先程までとは打って変わった様子の鬼灯ほおずきが正座している。

先程までの人をくったような女子おなごは既に存在しなかった。


「あ?、ぁ・・・・・・、ああ。それならこの番屋に置いてあるが・・・・・・。

如何いかが致した、鬼灯ほおずき?」


 思わず返事を返してしまう近松。

初めて見る鬼灯ほおずきの姿に若干焦りと困惑の色を浮かべていた。

 喧嘩っ早いのは知っているし、何度も番屋へ泊めたこともある。

しかし、それはあくまでも喧嘩の範疇はんちゅうの話だ。鬼灯ほおずきは大の男、博徒などをもこともままある。

 ただ、今の鬼灯の雰囲気はそのような段ではない。

道場で剣を、様々な武芸を学び日々精進している近松でさえもぬるい汗を背中に流すほどの威圧感を放っている。

それは近松が通っている道場主ですら及ばない程だ。


「いえねぇ、その親子、その持っていた得物えものに心当たりがございましてね。もしよろしければ私がお売りした得物えものかどうかの確認をいたしたいのでございます。

 もし私がお売りした品でしたら身元、までとは言いませんがどの地から来たかまでは聞いておりますので・・・・・・。

如何でしょう?」


【にぃ】と笑う鬼灯ほおずき。この鬼灯ほおずきの言葉に近松は先ほどまで背に感じていたぬるい汗が吹き飛ぶ程の衝撃を受けた。


「そ、それに相違ないか? 

う~む、そうなると私の一存ではな。

やはり寄騎よりきの榊原様の到着を待つしか無いな。

すまぬがやはり泊まっていって貰うことになりそうだな。

・・・・・・しばし待っておれ」


 それだけ言うと近松は手に持っていた似顔絵と検視の詳細が描かれた紙を位置に置き、鬼灯ほおずきを残してそそくさと部屋を出て行く。

後には紙ににじり寄ってゆく鬼灯ほおずきの姿があるのであった。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「・・・・・・いらっしゃ~ぃ」


 日が傾き始めた頃、その親子らしき二人は見世みせを尋ねてきた。ちょうど鬼灯ほおずき見世みせを閉めようかと立ち上がったのと同時である。

 間の伸びた声と不機嫌そうな声で鬼灯ほおずきは客に言葉をかけた。鬼灯ほおずきはこれから酒とつまみ、夕餉ゆうげを買いに出かける直前だったのだ。

二人はくたびれた様子の旅装束だ。


「ぁの、ここで刀は売って貰えますか?」


 弱々しい声で尋ねてくる三十路前後の女。

 本来刀は武士の物。武士以外が持ち、差すのは禁止されている。博徒ばくとなどでせいぜい長脇差ながわきざししを持っている程度だ。

 もっともそれは建前で、実際、好事家などは結構持っている。差して歩かなければ問題は無い。そして質屋と古物商も大抵は持っているのだ。

 これは武士の家計とも関連している。早い話、武士の質草しちぐさの一番目に来るのが腰のものの質入れだ。

 【刀は武士の魂】と言われているが、実情は使わないものはとっとと売り払い、飯の種にした方がましだというのが本音である。しっかりしたそとがあれば中身は竹光たけみつでも良いのだ。

 実際、武士が刀を抜くことは無い。

正確に言うと抜いたら最後、腹を斬らされるので誰も抜かない。よっぽどの事が無い限りだ。


 町人の無礼討ち?

 そのようなことはほとんど無い。

 寧ろそれをしてしまうと【なんと心狭き者】とさげすまれる。実際はそのようなものだ。

 長い年月戦は無い。

 多少の小競り合いや島原の一揆など中規模な争いなどは起こったが、それでも武士が総動員されるような事態は無い。

 刀はともかくとしてもそれ以外、槍・長刀なぎなたなどはすでに形骸化した物、好事家の収集物と化している。

 そして種子島ひなわじゅうにいたっては江戸への持ち込みが固く禁じられている。それこそ在るとするなら御城えどじょうくらいだ。


 そのような時分に種子島ひなわじゅうとは言わないまでも、刀を求めてくる母子おやこに鬼灯は違和感を持ったのだ。

 思いつくことはあるが、簡単には売れない。とばっちりは避けたい身の上だからだ。

 

「ん・・・・・・、どうしてそんな物を買いたがるんだぃ?

しかも刀かい?

長刀なぎなたや槍ではなくて? 

見たところ好事家・・・・・・という感じでも無いようだしねぇ」


 鬼灯は入ってきた二人をじっと観察する。

 母親らしき女は三十路前後だろう。特に鍛えられているという風でも無い。歩き方なども重心じゅうしんは低いが申し訳程度だ。武芸を身につけているという程でも無い。

 そして見世みせの中をきょろきょろと見ている童子わっぱ

 こちらは十を越えるかどうかだろう。まだ元服までも行かない。

 売る売らない、在る無いを言わず、疑問を投げかけじっと見ている鬼灯ほおずきに三十路ほどの女は落胆の色を表した。

そして大きく溜息をつく。


「無いのでしたら結構でございます。・・・・・・行きますよ」


 三十路ほどの女は疲れ果てた声色で童子わっぱに声をかけると、手を引き見世みせを出ようとする。

その背に鬼灯ほおずきは慌てて声をかけた。


「あぁ、物はいくらでもあるんだよ。

ただね、そう簡単には売れないのさ。

 押し込みなんかに使われたらこちとら【商売で売った】では通用しない。番屋へ引っ張られるし、下手をすると所払ところばらい、遠島えんとうなんかもあり得るからねぇ。

慎重になるのさ」


 鬼灯ほおずきはもっともらしいことを口のしているが実際はその優先度は低い。鬼灯ほおずきの頭の中にあるのはいくらの物が売れるかな、ここ数日で久しぶりの売り上げだというところだ。正直金には困ってはいないがやはり本業で物が売れるのは嬉しいのだ。

あとついでにを探られたくは無いということもある。


「売って・・・・・・貰えますか?」


理由・・・・・・次第きんすだねぇ。

とりあえず戸を閉めて入りなよ。茶くらい出すからさ」


 そう言って鬼灯ほおずきは二人を見世みせの中に招き入れ、見世みせ仕舞いの札を出すのであった。

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