第15話

「朱引の外で大量の殺しがあったそうじゃな」


 老中数名が集まっている。

 大目付おおめつけと東西の江戸町奉行の姿もある。


「皆には申し訳が無かったが既に上様に上奏じょうそうし、旗本を数百入れてある。

大番おおばんも既に臨戦態勢を整えている。

城の門もそこもとらが入城したすぐ後に閉鎖した」


 老中筆頭の言葉にその場の全員が一瞬不快な表情を浮かべたがすぐに消える。


「今、郊外で起こった事についてはこちらから数十名の役人を出して調査中だ。

明日の朝にはどれ程の死者で、何者かは判明するはず」


 北町奉行の言葉。


「江戸の町は?」


 老中の言葉に南町奉行が答える。


「現在、北、南、両奉行所から非番も含めた全ての寄騎よりき、同心、岡っ引き、捕り手を江戸の町の警護に当たらせております」


 南町奉行の言葉に老中は黙って頷く。

 そして大目付おおめつけ筆頭に話しかける。


「各家の動きに変化は無いか? 

もしやとは思うが転覆の可能性が無いとは言えぬ」


「今のところ取り立てて怪しいところはございませぬ。小さな争い事や問題が燻っているところはございますが、こちらに反抗という知らせは入っておりませぬ」


 老中筆頭は黙って頷いた。


「では南北町奉行は郊外の事件の報告を大至急上げてくれ。

町民を守るため尽力してくれ。

唯の辻斬りだとは思えぬ。

思わぬ被害が出ぬとも限らぬ。

大目付一同は各地の監視を強めてくれ。

もし仕掛けてくるのならば近場からであろう。八州と問題を抱えている家を徹底的に洗うのじゃ。

これは各部署を越えて共有する事件じゃ。各々今回に関しては柵は取り払うように。

派閥でのいらぬ対立は処罰の対象とする。

それと・・・・・・江戸市中各所に不要な外出は控えるようにと触れを出せ」


「しかし、江戸近郊でこのような殺しが発生するとはのぅ」


「先年の火事からやっと復興してきたところじゃのに。

浪人同士の斬り合いという訳でもなかろう」


「規模が大きいからな。取り敢えず招集に応じた旗本の正確な数を数えて備蓄の兵糧を計算せねばならぬ。

また財政が苦しくなるな」


 老中が大きく溜息を付く。

 実質籠城状態にあるので兵糧の運び込みは不可能となる。

 そして大老、老中他、ほとんどの役職の者が家に戻ることも無く籠城に参加することになるのだ。


「・・・・・・また、奥が五月蠅くなりそうじゃな。

唯でさえ生類憐令のおかげでいらいらしておるのでなぁ」


「聞かれたら事じゃぞ。

気をつけられよ」


「くわばら、くわばら」


 二人の老中は兵糧の問題よりも更に面倒があったことを思い出し、疲れた表情を浮かべるのであった。


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「ええぃ、外出が出来ぬのじゃと? 

それに物が入って来ぬとはいかなる事じゃ?」


 甲高い叫び声が響く。

 大奥。

 多数の女性が暮らす場であるが、城の中で一番浪費の激しい場所でもある。

 下っ端の腰元は外出するのはほとんど問題ないので上の者から買い物に出されることが多々ある。

 そしてまた各家、各商家から大量の貢ぎ物、賄賂が送られる場所だ。

 しかしこの日城の門という門が閉ざされた。

 内部の者も外部の者も一部しか出入りは許されておらず、しかもかなりの詮議をうける。贅沢品も砂糖などの貢ぎ物も城に入れるのは中止。

 外には中々出られぬがそれでも贅沢という自由を謳歌していた大奥の者達には耐えがたい物であった。


「原因は? 

原因はなんじゃ?」


「ちまたで起こった惨殺事件でございます。

朱引きの外で起こった数十名の死、原因は不明ですが武士の斬り合いだと思われます」


 留守居の言葉に詰め寄っていた女達は若干青ざめる。


「・・・・・・いつ頃門は開くのでしょうか?」


 一人の女が留守居へ尋ねる。


「下手人が捕まるまでとしかいいようはございません。

そして倹約が言い渡されました。

 城の備蓄してある兵糧のみで暫く持たせることになりますので此方の食事等も相当制限が掛かることになるとお思い下され」


 それを聞き女達から不満の声が上がるが、留守居は伝えることは伝えたとだけ言いその場を去る。

 女達も仕方なしにばらばらと己が部屋、職務へと戻ってゆくのであった。

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