第14話 

「はっ、ははは。

こちらの用意した精鋭十五名が殺られただと? 

馬鹿も休み休み言え」


 姉川家江戸留守居役、谷崎守谷たにざきもりやは部下からの報告を一蹴した。

 それでも報告に来た部下は俯いたまま動かない。

 その様子に谷崎は額から汗を流す。


「まさか、まさか。

本当に・・・・・・全滅したのか?」


 報告書を書いていた手が止まる。

 十五名の損失。

 これは小家である姉川家にとっては痛手処の騒ぎでは無い。

 家の体制から見直さねばならぬほどの損失だ。


「一人帰りましたが、報告だけ済ませると息を引き取りました」


 あまりのことに谷崎がわなわなと震えていると部下は更に追加の情報を出す。


「ただ、悪いことばかりではございませぬ。

あ、いや、やはり最悪でございました」


 報告に来た者の顔色が悪い。

 その言葉に谷崎は脱力した様子でその先を促す。


「追っていた者の素性が分かりました。

生駒犀角いこまさいかくにございます」


 脱力していても平静を装おうとしていた谷崎はあっけなく筆を落とした。


「は? 

生駒じゃと? 

馬鹿な。

奴は暗殺したはずであろう? 

あの粗暴の輩は・・・・・・」


 生駒犀角いこまさいかく

 元姉川家剣術指南役。

 道場の稽古で部下を再起不能にしたり、町の者に乱暴狼藉を働いたりするその目に余る行為のため内々に暗殺したはずの人物である。

 ただし、武に関しては不気味なほど強かった。

 何故か名は全く売れていなかったのだが。


「はい、帰ってきた者がそれなりに高齢の者でございましたので判明いたしました。

あのやり使いと二刀使いは間違いなく生駒いこまだと断言し、逝きました」


「もし、もし、生駒いこまだとするとじゃ、うちの手勢、報告を受けている黒田、鍋島の手勢だけでは心許なくないか?」


 谷崎の言葉に報告に来た者は微妙な表情を浮かべた。


「私めはその戦力を存じないので確かなことは申せませぬが、あれを相手となると並の武装では二、三十程度では不足かと。

せめて鎖等の重装者は必要かと思われます」


 二人の間に微妙な空気が流れる。

 と、突然慌ただしい足音が廊下に響く。

 襖の外に気配が停まる。


「申し上げます。

黒田家より火急の書が参っております。

入室よろしいでしょうか?」


 二人は思わず顔を見合わせる。


「かまわん、入れ」


 谷崎が招き入れる意思を示すとすぐに配下の者が部屋に入り手紙を手渡す。

 谷崎はその手紙を慌てて開き内容を確認する。

 徐々に顔色が悪くなる。


「・・・・・・すぐに黒田の江戸家老が来る。

それと誰かは分からぬが鍋島からも人が来る。

迎える支度をせい」


 手紙を持ってきた者はその二つの名を聞くと慌てて返事をし、部屋から去って行った。

 顔色が悪い谷崎は部屋にいるもう一人に呟きをもらす。


「黒田の手の者は全滅したそうじゃ。

そして鍋島の手勢が生駒いこまを追って出たそうじゃ」


 その答えに報告に来た者の表情が歪む。後のことが想像できたのであろう。


「黒田の手勢はいかほど?」


「分からぬ。そのことで話があるそうじゃ。

生駒いこまの件は話さねばならぬよのぅ。そしてこれが私怨では無い事は判明した。

同時にこの家の中に生駒いこまを生かした者がいて、その者が生駒いこまを使っている事も間違いなかろうて」


「取り敢えず、私は追っ手の追加を手配いたします。

我が家からはもはや出せませぬゆえ、そのようなことを生業とした者に繋ぎを取ります。

それでは御免」


 報告に来た者は廊下では無く外へと去って行った。

 後には谷崎だけが残る。

 谷崎は脱力したようでゆっくりと机に突っ伏した。


「いったい何が起きているのか・・・・・・、分からぬ」


 谷崎は黒田の家老が来るまで脱力したままであった。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 夜五つ(20時頃)。

 姉川家には三家の江戸代表が集まっていた。

 黒田家からは江戸家老西脇守善にしわきしゅぜん、鍋島家からは鍋島勝俊なべしまかつとし、そして姉川家は谷崎守谷たにざきもりやである。


「なんですと? 

黒田家の追っ手が全滅? 

どういうことですかな?」


 鍋島勝俊なべしまかつとしは唖然とした表情を浮かべ問いただす。

 黒田の西脇は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、姉川の谷崎は俯いている。


「勝俊殿、こちらの手勢が負けたのは不甲斐ないのではあるが、こちらの知らせたように手勢は引き戻したのか?」


 西脇は取り敢えず話を進めるべく鍋島勝俊なべしまかつとしに話を振る。

 これは手勢の不手際をごまかすためでは無く、純粋に鍋島の手勢のことを思っての事であった。


「・・・・・・いや、それがのぅ。

補足できなくなったのじゃ」


 勝俊の言葉に西脇は天を仰いだ。


「で、そちらの手勢は?」


 西脇は谷崎へ話を振る。そして表情を見て理解した。


 (こちらも駄目か・・・・・・)


 暫く三者の無言が続いたが、顔色が悪い谷崎が口を開いた。


「うちも全滅です。

ただ、一人だけ生きて帰った者がおり、下手人の事は分かりました」


 その言葉に勝俊と西脇が谷崎に視線を集める。

 谷崎は観念したように身体を弛緩させた。


「その者の名は生駒犀角いこまさいかく

 年の頃は三十少し、元姉川家剣術指南役だった男です」


 勝俊と西脇は黙って頷いて谷崎に先を促す。


「腕はかなり立つ。

姉河流鑓術あねかわりゅうやりじゅつ二刀鉄人流にとうてつじんりゅうの使い手であった。他の武芸も群を抜いておった。

 ただ性格が最悪での、こちらで裏で始末したのじゃが・・・・・・。生きておったようで」


 勝俊と西脇は顔を見合わせる。


「では姉川家のお家騒動か? 

いや、そうとも言えぬか。むしろ個人的な恨みか?」


「いや、それはないですじゃ」


 西脇の言葉に谷崎は即答で返す。


「考えてもみて下され。

討ち漏らしたとはいえ今回の件はもっと大きな力が動いております。

奴は商才があったとは聞いておりませぬ故。

今回のことはあくまでも例の設備が発端になっていると思われます。そして当家の姫の輿入れ。

 偽銭と姫、この二つの件をあやつが動かせる訳がございませぬ」


 谷崎の返しに二人は黙って頷く。


「それにあの設備の件が・・・・・・」


 最大の謎に全員が沈黙する。

 暫くして勝俊が話しを元に戻す。


「して、主犯の目星は? 

こちらは小城鍋島の家老が婚姻には絡んでおった。

 ただし、偽銭に関してはまだ掴めぬ」


 鍋島勝俊なべしまかつとしは黒田家の西脇に視線を向ける。


「ぬぅ、うちは婚礼に関しては姉川家の鉤沼守善かぎぬましゅぜんという者から話が来たという事であった。

偽銭についてはこちらも掴めぬ」


 二人は姉川の谷崎に視線を向ける。


鉤沼守善かぎぬましゅぜん・・・・・・でございますか? 

当家にはそのような者は存在いたしませぬが?」


 西脇は首を捻り考え、否定する。


「やはり偽名か? 

しかしそちらの当主の花押が入った書状が来ておったようじゃぞ。

残念ながら今は手元には無いが。

そちらから信頼できる人を出して貰えるのであれば黒田の本拠で照合して貰ってもかまわぬ。

むしろ人を出して欲しい。

当然立会人として鍋島家からも人を出して欲しいのだがな」


 鍋島勝俊なべしまかつとしは黙って頷いた。


「それは承知した。

小城鍋島の当主筋から人を出そう。そして鍋島本家からも人を出して貰うように手配しよう。

問題は今、江戸に出ているうちの手勢だ。

それほど腕が立つのか?

その生駒いこまという者は・・・・・・」


 勝俊の言葉に谷崎は首を縦に振る。

 そして西脇も頷いていた。


「うちの手勢三十が皆殺しだぞ。

自慢では無いが相当腕が立つ。

それを皆殺しにするほどの相手のようだ」


 西脇の答えに勝俊は若干顔色を変える。


「一応うちからは次期剣術指南の腕の持ち主を出してはいるが・・・・・・、そこまでの相手となると心許ないな」


 勝俊は渋い表情。


「問題は・・・・・・だ。派手にやりおったので町方が動いておることじゃ。

そして御城江戸城の門が閉ざされ旗本数百に招集が掛かっているということだ。

 それほどの事態へと発展しておる。

もしこの三家の関わりが知れたら取り潰しは間違いない」


 西脇の言葉に勝俊と谷崎は息を飲む。


「これ以上は面子などは言っておられぬか。姫の件はどこかで手打ちにせねばな。それと偽銭の件……今更幕府には……」


 勝俊の言葉に谷崎が反応する。


「うちは小家なので賠償は・・・・・・。

その代わり、腕の良い追っ手を手配いたします。

裏の者なので此方との関係は探られないものと・・・・・・」


「まぁな。

姉川家が全て悪いと言うわけでもあるまいて。

最終的には殿が判断することにはなるであろうがな。

問題は誰が主犯で何が目的かということだ」


 西脇の言葉に勝俊が返す。


「うちの主家を押さえるのは大変だがやってみよう。

主犯に関しては・・・・・・、泳がせてみるか?」


 その言葉に西脇と谷崎は黙って頷いた。


「とりあえず幕府に目をつけられぬようにせねばならぬ。

勝俊殿。

そちらの手勢が戻られたら本国へ戻るように指示を出してくれ。

それと谷崎殿、こちらの遺族に渡す見舞金、三百両を手配して欲しい。

これを姫の件の折衷案にしたいがいかがかな?」


 西脇の言葉に谷崎は黙って頷く。

偽銭の件は後日ということで合意。

そして三人は覚え書きを交わし解散する。


 刻限は夜四つ(22時頃)を過ぎていた。

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