第18話 

「ちっ、よりにもよってあんたかい」


 笠を被った細身の男。

その両手には大刀が二本握られていた。

骨董屋鬼灯ほおずきに襲撃を仕掛けてきた男だ。

 鬼灯ほおずきが短刀で受けなかったのはちらりと見た瞬間受け流せないと判断したからである。


「よく躱したな。

受けていればあの世行きだったものを・・・・・・」


 細い男の口元が笑う。

 鬼灯ほおずきは短刀を構え直し問いかけた。


「・・・・・・あんた生駒犀角いこまさいかくだろう」


 その問いに細い男の笑っていた口元が引き締まる。


「答える義理はない」


 上下に切っ先を向けた構えで距離を詰めてくる犀角さいかく

五尺を切った瞬間、ぬらりと動いた鬼灯ほおずき犀角さいかくがぶつかった。

 みしりという音が二人の耳をうつ。

慌てて間合いを取る犀角さいかく

離されまいと間を詰める鬼灯。


「てめ、指を折りに来やがったか・・・・・・」


 犀角さいかくの、振り上げた右手の刀の柄を握っている手の小指を鬼灯ほおずきは狙っていた。もっとも反応の速さで柄を盾にしたので柄が砕けただけに終わっていたのだが。


「あんた・・・・・・、相当だね。

ちいと分が悪いかねぇ」


 鬼灯ほおずきは離れようとする犀角さいかくに離されないようついて回る。

 大刀の間合いを取られると不覚を取る可能性が圧倒的に高くなるからだ。得物が短刀しか無い鬼灯ほおずきは間合いを殺し、体術の勝負に持っていくか刀を奪うしか無い。

 そしてそれをさせない犀角さいかくとの攻防が続く。


「やっぱり化け物かよ」


 犀角さいかくは突然鬼灯ほおずきに向かい刀を軽く放り投げた。

思わず後ろに飛ぶ鬼灯ほおずき

間合いが開いたことに鬼灯ほおずきの顔に【しまった】という表情が浮かんだ。


「さて、追い詰めた。

久しぶりに本気になったわ。

では、死ね」


 犀角さいかくは手放さなかった刀を両手で持ち、腰に当て突っ込んでいく。

その速さは鬼灯ほおずきの予想の遙か上であった。

鉄のぶつかる音、鉄の焼ける匂い。

そして鉄臭。

 

「ごふ」


 犀角さいかくの脇腹にめり込む鬼灯ほおずきこぶし

地面を濡らす赤い液体。

二人は再度間合いを開けた。

 犀角さいかくは脇腹を押さえ、鬼灯ほおずきの腕からは血が滴り落ちる。


「手癖の悪い女子おなごだ」


「あんたこそ、か弱い女を襲って楽しいのかねぇ。

しかもこんな年増をねぇ」


 にやりと笑う鬼灯ほおずき犀角さいかくも笑いで返す。


「さて、次は油断はせぬ。

・・・・・・いざ」


 犀角さいかくは再度刀を両手で構える形を取った。

その様子に鬼灯ほおずきも身体を弛緩させる。

どちらともなく突然動く。


「ちっ」


 再度五尺ほどの間合いに入ったとき、それは犀角さいかくの眼を襲った。

視界が赤黒く染まる。

一瞬だけ止まった犀角さいかく鬼灯ほおずきは見逃さなかった。

 そのまま犀角さいかくの脇をすり抜け一気に加速する。それは小袖を着ている女子おなごの走る速さでは無かった。


「またね。

次はこっちから狙わせてもらうよ」


 そう言って人通りの多い方角へ走り去る鬼灯ほおずきを、血を拭き取った眼で見つめるしかない犀角さいかくであった。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「ったく。

乙女の肌に傷なんか付けてくれちゃってさ」


 骨董屋鬼灯ほおずきに戻った鬼灯ほおずき犀角さいかくに斬られた傷を縫っていた。

針を焼き、糸で縫ってゆく。その表情は何故か一切歪むことは無い。

ただただ淡々と縫ってゆくだけだ。

 鬼灯ほおずきはあの後、全力の速さで逃げた。何度か道を変えやっと見世みせに辿りつく。

それからすぐに愛刀を引っ張り出し、何時でも対応出来るようにしてから腕の傷口を縫い合わせ始めたのが先程だ。


 (しかしまぁ、油断したとはいえ、久しぶりに手傷を負ったねぇ。

 ありゃあ、榊原の旦那の手にはきついかな)


 傷口を縫い終わった鬼灯ほおずきは、今度はその部分に薬草を潰し、練ったものを塗りさらしで巻いてゆく。


「あぁ、酒が飲みたいねぇ。

まだ来ないのか・・・・・・」


 実際、酒屋の届けてくれる時間までは半刻ほどある。

その配達を待つ間に鬼灯ほおずきは愛刀の様子を見る。


 (ふむ、何処も傷んではいないようだね)


 利き手を斬り裂かれた鬼灯ほおずきは軽く数度愛刀を振り、最後の一振りだけ全力で振るう。

 【ぴっ】という音が静かな見世みせの中に響く。

 鬼灯ほおずきの顔はしかめっ面だ。


「痛いわ!」


 傷自体はそれほど深くないのだが鬼灯ほおずきにはとんでもない弱点があった。

痛みに堪え性が無いのだ。

鬼灯ほおずきは腕が立つ。

それは刀だけでは無く武芸全般においてだ。何故そこまで強くなったのか。

理由は至極簡単なものであった。


 【痛いのは嫌。

 傷付けられる前に殺せば痛くない】


 これが鬼灯ほおずきが異様に強くなった、とてつもなくくだらない理由であった。

これを知る者はいない。

鬼灯ほおずきもこの事を語ったことが無いので当然である。


(まいったねぇ。

今回は刀だけだったから何とかなったけれど、やりを持ち出されたらやっかいこの上ないね。

早ければ今日、もう一回来るかねぇ)


 鬼灯ほおずきは自分の油断に激しく後悔し、溜め息を吐く。 

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