第22話

「上様御成」


大老、老中、勘定奉行、勘定吟味役と幕府の経済の中枢が集まる中へ、将軍綱吉が入室する。

その場にいた全ての役の者、特に勘定奉行と勘定吟味役は全身に冷や汗を搔いていた。

皆が頭を下げる。


「皆の者、ご苦労」


将軍綱吉はゆったりとした動作で上座に座ると、その場にいるすべての者に向かい声をかけた。

上座の者達から徐々に面を上げ、全員が将軍の顔を見る。


将軍綱吉の顔は特に感情は無いように見える。


「勘定奉行、西国の件掴んでおったか?」


感情の籠らぬ声。

その声に勘定奉行はびくりと身体を震わせた。


「も、申し訳ございませぬ」


平伏し上目遣いで将軍を見る。


「……掴めておりませんでした」


隣に座る勘定吟味役も平伏する。


「さようか……」


将軍綱吉の言葉に部屋の中に静寂が訪れた。

特に怒りの感情は感じ取れない。それがまた不気味さを増す。


「金座から人を西国筋探題と大阪城代配下へ廻せ。それと一時金座の小判生産量を落とす」


将軍綱吉の言葉に一同が怪訝な表情を浮かべる。


「かねてから勘定奉行から提案のあっていた小判の金の含有量を減らし、品位を落とした小判の流通量を増やし経済を活性化させる案を実行する」


 勘定奉行萩原重秀おぎわらしげひでは一瞬ぽかんという表情を浮かべ、破顔した。

 この提案はお上の発行する銭に関しては、どのようなものでも信用されどのようなものでも受け入れられるという萩原重秀おぎわらしげひでの献策である。

 この案は信用という言葉が大前提になっており、幕府の信用を担保にした政策だ。品位を落とした金で小判や分板など金を含む通貨の生産量を増やし、流通量を増やし、停滞しかけている江戸の経済を立て直すという財政健全化の策でもある。


「委細、承知いたしました。贋金を回収しながらその倍の量の小判を市中に流し、経済を活性化させる施策を実行いたします」


勘定奉行萩原重秀おぎわらしげひでは頭を下げると勘定吟味役と共に中座しようと立ち上がりかける。


「勘定奉行、吟味役、まだ話は終わってはおらぬぞ」


将軍綱吉。


「この施策を実行するのと、贋金の件は別問題じゃ。施策の実行は単に事態に乗っかっただけ。失態とは別じゃぞ」


 萩原重秀おぎわらしげひでと勘定吟味役は自分たちの施策が通った喜びの表情を一気に引き締め、再度座りなおす。

若干の焦りの表情が浮かんでいるのは自分の役職を解かれるかもしれないという考えが頭をぎったからだ。


「一年分の俸禄をお城の蔵へ返上せよ」


一年分。

約三千石の返上だ。

正直厳しいものがある。

それでも役職を奪われたり、切腹を申し付けられるよりははるかに軽い処分だ。


「……はっ。承知つかまつりました」


勘定吟味役も同様に返事をする。


「それとな……」


萩原重秀おぎわらしげひではまだあるのかと表情を硬くする。


「贋金を作った者達は捕らえても死罪にすることはまかりならん」


その言葉にその場にいた者達の表情が変わる。


「上様、そのようなことはなりませぬ。一族郎党市中引き廻しのうえ獄門が妥当でございます」


 老中の一人が声を大にして主張する。大老、老中も同意見のようだ。当然萩原おぎわらもそう考えているようだ。


「まあ、それが妥当だな。本来ならな」


将軍綱吉の言葉に一同は不思議な表情を浮かべた。

先ほどと言っていることが食い違っているからだ。


「しかしの、折角こちら幕府を出し抜けるほどの技術を持った者達、惜しいとは思わぬか」


将軍綱吉の言葉に一同はっとした表情を浮かべる。


「飼い殺しにして使い潰そうと……」


老中の一人。


「使い潰すなどもったいないことはせぬ。金座に引き込み永遠と小判を鋳造させるがよい。委細は勘定奉行に任す」


そういうと将軍綱吉は立ち上がりその場を後にする。

後には感心した表情を浮かべた者達だけが残った。

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骨董屋 鬼灯 @fireincgtm

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