第20話 魔物の軍勢
「なるほど……。事情は分かりました」
「お父様! まだ焦げてるよ!」
光夜は村長に事情を全て話した。衛兵を倒してしまったこと。
その裏にあった陰謀の事。昨夜のゴブリン襲撃事件。
それを聞いた村長は難しい表情をした。
「つまり、別の世界から来て、帰る手段を探していると」
「そんなこと一言もいってませんでしたよ!?」
「まあ、そんなところです」
「いやいや! 言ってませんでしたよ!」
光夜と村長はアリスを無視して、強引に話を押し通した。
村長は糸目になりながら、鼻をほじり始めた。
「困っちゃいますな。この村は人界で最も、不安定な場所なのに」
「困ってる感、全くないよ! 適当だよ!」
「この村は魔物がうごめく、魔界と隣り合わせ。衛兵なしでは、とても守れないよーだ」
アリスは最後の語尾にムカついたが、ツッコミを入れなかった。
むしろ、誰がツッコンでやるかと、心で罵声を浴びせていた。
「魔界? なんですか? それは……」
「この村の地下にある、闇の世界ですよ」
「アレアレ!? そうだったけ!? 渓谷に東西で分けられてなかったけ!?」
アリスは自分が知っている歴史と、微妙に違う事実に驚いた。
忘れている人も居るかもしれないが、本来魔界は東の渓谷の向こう側にある。
ユウミもそう語っていたし、二都は現在もその情報で止まっている。
「ワシが埋めた。邪魔だったから」
「何してくれの! このジジィ!」
「嘘だよ~ん! 実際は東の渓谷に最も近い村じゃからだ」
こんな調子だから、アリスは父親と仲が悪いのだ。
どうにもペースを握られ続けられる。
「衛兵がいなくなった今、奴らは東の砦からこの村に攻めて来るんだピョーン」
「そのムカつく話し方を止めろ。さもなくば……」
光夜は微笑みながら、村長の首を掴んだ。
「脊髄から上、全部ぶっ壊すぞ」
「ごめんなさい……」
村長は本気の謝罪をした。
「かつてない脅し文句だ……」
アリスもその言葉には、畏怖を感じずにはいられない。
鬼の形相な光夜に、流石の村長も恐怖を感じていた。
震えながら頭を下げて、光夜から離れる。
「え、衛兵とゴブリン達が組んでいたのなら、奴らが攻めて来るのも時間の問題……」
「ちっ……。思ったより事態は深刻のようだな……」
「そ、村長! 大変です!」
ノックもせず1人の村人が、村長宅に入る。
とても焦った様子であり、全身がびしょ濡れだった。
「ま、魔物の大群が……。村に攻めてきます」
「もうこの村はお終い。折角ここまで開拓したのに、ざんねんじゃったのぅ……」
村長ははなから諦めムードだった。恐らく衛兵が倒されたその時から、事態を予測していたのだろう。
アリスはその態度が気に入らない。戦わずして最初から諦めるその態度が。
母なら最後まで戦うはずだ。この手に握る剣の、本来の継承者ならば。
アリスは自室に向かった。今は簡易な服しか着ていない。
戦闘をするなら、鎧が必要となるだろう。
見習い騎士で安物の鎧だが、ないよりましだ。
たとえ命散ることになっても、最後まで戦い続ける。
それが騎士と言うものだと、母から教わった。
準備を終え、部屋から飛び出す前に剣の調子を確認する。
正直まだ使いこなせる気はしない。
それでも母が残してくれたこの剣が、きっと自分を守ってくれると信じている。
アリスは祈りを挙げながら、自室から飛び出した。
「遅いぞ、アリス。こっちはもうとっくに準備できている」
「光夜さん!」
光夜は村長宅の玄関に立っていた。
一発殴られたのか、気絶している村長も近くにいる。
どうやら彼も、一緒に戦ってくれるようだった。
あの圧倒的な力を持つ光夜がいるなら、心強い。
勝機の薄い戦いも、彼なら何とかしてくれる気がする。
「俺も行く。アリス姉に良いとこ取られっぱなしは、癪だしね」
「ユウ!? でもアンタ、騎士じゃないでしょ?」
「これでも術士としては、優秀なつもりだよ。足手まといにはならないさ」
ユウキは剣の才能はいまいちだが、不思議な術が使えた。
これまでまともに戦ったことがないが、居ないよりましだろう。
最悪自分が盾になって、守ればいい。
「無駄じゃ。この一陣を凌いだとして、次の軍勢がすぐにやって……」
「黙ってろ、名無し」
光夜は作りかけの辛口カレーを、村長にぶっかけた。
村長はカレーの熱さに苦しみ、またしても全身が燃える。
ユウキが追撃の顔面踏み付けを行う。
「行くぞ。とっとと終わらせる」
「へえ、いいねぇ。とが三つで、三戸だ」
「全然意味が分からないんだけど……」
3人はそれぞれの性格を出しながら、表に出た。
村の外に巨大な影が見える。恐らく魔界から来た大群だろう。
思ったより大勢いる……。アリスは少し気負いされそうになった。
まるで戦争でも仕掛けるような数だ。前回のゴブリンの比ではない。
恐らく100は確実に居るだろう。アリスは息を飲み込み、自分を激励する。
「行くぞ。どうやら大した数じゃ、なさそうだ」
「そうですか!? 結構居ますけど……」
光夜は拳で掌を叩きながら、巨大な影の元へかけた。
アリスとユウキも光夜に続いて、影のもとに向かう。
村の入り口。その真ん前に、既に軍勢と呼べる数が立っている。
巨体を生かした一つ目の怪物、ゴブリン。それ以上の巨体を持つオーガー。
翼を広げて空を舞う赤い悪魔、ガーゴイル。
豚のような顔をした、大きな筋肉を持つオーク。
全員が今までおとぎ話で聞いていた、魔物たちだ。
まさかこんな大勢と自分が戦う日が来るとは……。
「あ、あいつです! あの黒いのが……」
先頭を歩くゴブリンが、光夜の事を指さす。
どうやら昨夜、光夜に見逃してもらったゴブリンが報告をしたようだ。
となれば、彼らはこの数で十分勝てると見込んでいるのだろう。
「テメェら。チクりやがったな……」
光夜は凄い剣幕でゴブリンを睨み、肌がぴりつくほどの威圧を出す。
鬼の形相にゴブリン達は昨夜のトラウマを、刺激されたのか震えだした。
「違うんです! この人が言えって、脅してきたんです!」
ゴブリンは泣きながら土下座をした。
その指先にはこの場で最も巨大な姿をした、怪物が存在する。
オーガーの一体なのだろうが、明らかに格が違う。
どうやらその巨大なオーガーが、敵のボスのようだ。
光夜は腕を鳴らしながら、ゴブリン達に近づく。
「今引き返せば、チャラにしてやる。さもなくば、豚を殴れ」
「ええ!? 一応オークは仲間ですし……。それに逆らえば、キングオーガーに殺されます」
ゴブリンは巨体に似合わないへっぴり腰で、光夜に命乞いをした。
「やれ。さもなくば、俺が皆殺しにする」
「ぎゃああ! 悪魔ぁ!」
ゴブリン達は泣きながら、引き返そうとした。
だがそこに巨大なオーガー。キングオーガーに睨まれる。
その瞳を見つめて、ゴブリン達は凍り付いた様に止まった。
「貴様、人間の分際で舐めた口を聞くな……」
キングオーガーはその巨体で、高く飛んだ。
着地と同時に振動が発生し、アリスは体勢を崩しそうになる。
巨体通り重いようだ。あんな腕で殴られたら、普通なら一溜りもないだろう。
もっとも目の前の人間は普通じゃない。ゴブリンの一撃を、生身で受け止める人だ。
それに……。以前の戦いで彼はまだ本気じゃなかった。
それが本当なら……。勝ってしまうかもしれない。
「俺は先輩みたいに、何でも出来る訳じゃない。だが……」
光夜は剣を引き抜き、地面に突き刺した。
彼の体から青い光が発せられ、剣に向かってエネルギーが流れ込む。
「俺なりの戦い方があるんだよ。ブルーヒートにはこんな使い方もあるんだぜ!」
凍り付いているゴブリン達の足元が、青く光り始めた。
地面から同じように輝く無数の腕が、生えてくる。
腕はゴブリン達を掴みながら、その身を拘束した。
ゴブリン達は悲鳴を上げるが、全く動ける様子がない。
腕はそのまま地面に再び、埋まり始めた。
掴まれたゴブリン達も、引きずり込まれるように地中へ。
「秘儀、地獄落とし」
「全員地獄に叩き落としたぁ!?」
「この光を浴びたものは、死に至る。そして……」
地中から再び何かが飛び出してくる。
それは先ほど埋まったゴブリンの集団だった。
全員瞳が青く輝き、先ほどの怯えが嘘のように落ち着いていた。
「ゾンビとして蘇り、貴様らに復讐する」
「いや、殺したの貴方ですよね!? 魔物達とばっちりじゃん!」
ゴブリン達は一斉に背後の魔物達に、飛び掛かった。
その手にはこん棒の代わりに、牛乳が握られている。
「あ、これお近づきの印です。どうぞ」
「喋ったぁ!? このゾンビ喋ったよ!」
ゴブリン達はオーク達に牛乳をプレゼントした。
何故かくす玉を持っていたユウキが、ひもを引っ張って玉を開ける。
するとそこから"牛乳で交流しようの会"垂れ幕が出てきた。
オークとゴブリンはシートの上に座り、牛乳で乾杯する。
そしてお互い牛乳を、飲み始めた。
「なんか、変なの始まったぁ!?」
「その牛乳を飲んだものは……」
オークは立ち上がりながら、目を青く光らせた。
その表情はゴブリン達と同じく、怒りに満ちている。
「全て俺の手駒となる」
「悪魔の所業! しかも意外と何でもできてますよ!」
ゴブリンとオークに反逆されて、他の集団は戸惑っている。
否、それ以上に光夜の不吉な技に、恐怖を抱いていた。
「良く分からんが、あいつやべぇぞ!」
ガーゴイル達は一斉に、空高くに逃げ出した。
「ふ、この高さまでは……」
青い腕が再び地中から、飛び出してきた。
それはガーゴイルが飛ぶ高さまで、伸びる。
その手には虫取り網が、握られていた。
「おふぅ!? 届くの!? やっぱり届くの!? 捕まる!」
「秘儀……。オーク採集!」
「狙いはそっちかぁ!」
光の腕は虫取り網で、ハエ叩きの様にガーゴイル達を叩き落とす。
ガーゴイル達が落下したその先には、オーガーの大群が立っている。
「オークって言ったじゃねえか!」
「俺の気が変わったんだよ!」
悲鳴と共にガーゴイルと、衝突するオーガー族。
あれだけの大群が、あっという間に少数になった。
キングオーガーが、歯ぎしりをしながら再び高くジャンプする。
光夜の目の前に着地し、巨大な刀を構えた。
オーガーが素振りをしただけで、風圧が発生する。
「舐めた真似を……。貴様は殺す!」
「俺も貴様のような、外道を許す気はない」
「……。どっちかと言うと私達の方が、外道のような……」
アリスの方をユウキが、チョンチョンっと戦う。
再びくす玉を割って、垂れ幕を見せた。
そこには"うるさい"っとだけ書かれていた。
「うるさいってなにさ!? 事実言っているだけでしょ!」
「アリス姉……。黙っていれば、誰も気が付かないさ!」
ユウキは邪悪な笑みでアリスに、サムズアップする。
村の防衛をしているはずが、気が付けば悪人側に立っている気がしてならない。
アリス溜息をしながらも、戦いの行く末を見守る。
「我ら闇の一族を愚弄した罪だ。貴様には、我が奥義を味わってもらうぞ!」
キングオーガーは刀を掲げた。太陽が黒雲に包まれ、あたりは薄暗くなる。
オーガーは両肘を引いて、筋肉を固めた。体が黒いオーラに包まれる。
黒いオーラを体内に取り込み始め、オーガーの体は灰色に染まった。
瞳の色は真っ赤になり、筋肉がより巨大化する。
アリスは威圧感から、肌に電流が流れる感触がした。
「これが我が闇の一族の奥義……」
そこで紫の稲妻が、キングオーガーに降り注いだ。
オーガーの体に衝突すると同時に、衝突音と煙を上げる。
「黒雲と雷は、俺の演出」
「紛らわしい演出すな!」
ユウキが軽い口調で、どや顔を見せた。
アリスは彼の頭を地面に叩きつける。
「雷直撃のせいで、肝心の敵が見えなくなったじゃん!」
落雷の影響で、砂埃が舞い散った。
闇を得たキングオーガーの姿が見えない。
流石に今の一撃で倒せはしていないだろう。
アリスは警戒しながら、敵の出方を伺った。
強い風圧が発生して、砂埃を割いていく。
アリスは体感に力を入れて、踏ん張る。
「まあ、こんなものだろう。人間の力は」
雷が直撃しても、オーガーは無傷だった。
蚊でも刺さったかのように、体をはらう。
「へえ、少しは骨がありそうだ。だったら……」
光夜は地面を叩いた。周囲に僅かな振動が流れる。
同時に地面から、青い炎が吹き出してきた。
炎は円形に広がり、オーガーやアリス達を囲む。
「ザ・アンダーワールド!」
炎は空高くまで上がり、球状になった。
戦場を包み込むように隔離する。
「なにが始まるの?」
「見せてやる。これがブルーヒートの真髄だ!」
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