第9話 この世界

 二都達はアルクカナ村を去り、隣町のモドルカナを目指していた。

 二都とユウミは徒歩なので、隣町までそれなりに時間がかかる。

 野宿覚悟の準備を、ユウミはしていた。


 整備された街道一本道と言っても、危険な旅だ。

 野盗や魔物、魔獣がこちらに紛れているかもしれない。

 商人はいつも護衛を雇って、この道を取ってきている。


「フンコロガシ、フンコロガシ、フン、フン、フン!」


 二都は巨大なボールを足で動かしながら、手で移動していた。

 ボールは人の二倍程のサイズがあり、堅くて重そうだった。


「流石二都さん! 道中も修業と言う事ですね!」


 純粋なユウミは、二都の行動を修業だと考えていた。

 実際に二都にそんな意図など存在しない。

 二都はどや顔で、懐から大きな爪があるグローブを取り出した。


「ほら。お前もモグラやれよ」


 二都はグローブをユウミに渡す。

 ユウミはグローブを装着すると、地面にうつ伏せになる。


「掘って! 掘って! また掘って!」

「そうだ! 良いぞ! ナスだ! ナスっ気を出すんだ!」


 フンコロガシとモグラになった二人は、街道を歩き続ける。

 二都が手に着いた泥を見て、軽く舌打ちした。


「って! 歩きにくいわボケェ!」


 二都はボールを空に蹴り飛ばした。

 ユウミもモグラに飽きたので、グローブを近くに捨てた。


「そう言えば、魔獣と魔物って何が違うんだ?」


 二都はここにきて、この世界の情報を知らないと気が付いた。


「魔獣は人間達が暮らす人界出身の獣ですよ」

「ん? 魔物はこの世界出身じゃないのか?」

「はい。東にある渓谷。その向こう側にある魔界が出身地です」


 魔獣と魔物は知性にも、大きな違いがある。

 怪物の様な姿をしたゴブリンでさえ、人間と同じくらいの知性がある。

 対して魔獣は本能のまま暴れる存在だ。


 旅人であるはずの二都が、それを知らない事にユウミは違和感を覚える。

 もしかして記憶喪失かもしれないと、心配になった。


「何を隠そう! 私は魔界の侵略者から、人界を守護する聖騎士団だったのです!」

「聖騎士団? なんだそれは?」

「二都さん。世間知らずにも程がありますよ……」


 ユウミは本気で心配になった。二都を記憶喪失だと判断し、仕組みを説明する。

 聖騎士団とは、魔界からの侵略を阻止するエリート騎士団だ。

 数は少ないが、選りすぐりの優秀者のみがなる事が出来る。


 人界では最高の名誉と言われ、騎士団所属の家族はそれだけで富と名声を得る。

 誰もが騎士団に憧れ、それを目指して戦っている。

 ギルドのメンバーだって、いつか騎士団に入る事が目標のはずだ。


 ユウミにとっても、かつてそんなメンバーの一員だった事は、誇らしく思う。

 実際騎士団は高貴な人物が多く、尊敬した先輩も大勢いた。


「そんな大層な組織なのに。どうして辞めたんだ?」

「私にも色々あるんです……」


 ユウミは明るさを消して、口をつぐんだ。

 ここから先はあまり人に話したくない。

 二都なら追求してこないだろう。そう信じて、話しを終わらせる。


 ユウミは自分の家族がどうなったかも、二都に話していない。

 二都も彼女が話そうとしなければ、それ以上聞かない。

 距離感を保ちながら、二人は旅を続けていた。


「モドルカナの町まで、後どのくらいだ?」

「二日はかかりますね。馬車があれば直ぐなんですけど……」


 ユウミもそこまで金銭を持ち合わせていない。

 食料も干し芋などが殆どだ。二人で別ける必要があるので、量も望めない。

 たった二日でも、野宿をするのは大変だ。


「あ……」


 ユウミは足がふらついて、コケそうになった。

 二都が咄嗟に体を支えて、体勢を持ち直す。


「すいません……」

「その体調じゃ、三日はかかりそうだ。そろそろ休もうぜ」


 二都はかつて部隊長を務めていた。

 隊長として、隊員の体調は常に気に張っていた。

 ユウミが疲労している事など、お見通しだ。


 普段ならもう少し強がるユウミだった。

 だが魂が訴える様に、彼に従おうと心が告げて来る。

 ユウミは頷き、道端にシートを広げてしゃがみこんだ。


「少し寝ておけ。見張りは任せろ」

「ん……。お願いします……」


 本来のユウミは警戒心の強い少女だ。

 会ったばかりの男性に、無防備を向けるなどあり得ない。

 それでも二都の不思議な空気に、ユウミは安心感を抱いていた。


 シートの上で横になり、目を瞑る。

 数秒後に寝息を立てながら、ユウミの意識は薄れた。

 野宿だと言うのに、気持ち良くなった。


 こんなにも穏やかになれたのは、いつぶりだろうか。

 二都のもつ不思議な魅力。ユウミは以前から知っている気がした。


「スゥ……。スゥ……」

「随分可愛い寝顔なんだな」


 二都はフッと笑いながら、ユウミの寝顔を見つめた。

 直ぐに笑顔を消して、カードを構えて木影を睨む。


「この寝顔を邪魔するなら、容赦しないぜ」

「やりますね。この私に気が付くとは」


 木影から突如白いローブを着た人物が、姿を現した。

 フードで顔を隠しており、一見性別を判断する事が出来ない。


「ですが私は敵ではありませんよ」

「その割には、村からずっと付けてやがったがな」

「ええ。フンコロガシを見せられた時は、どうしようと思いましたが……」


 フードの人物は頭を触りながら、溜息を吐いた。


「あ~。ごめん。さっきのボールが当たった?」

「まあ、良いです。慣れてますから」


 軽く咳払いをして、話題を変えようとするローブの人物。

 二都は警戒しながらも、カードを下した。


「私は主の命を受け、助っ人を探しております」

「助っ人ねぇ。悪いが俺らはまだ、ギルドを設立していないぜ」

「存じてます。ですからギルド設立後に、顔を合わせたいと思っていました」


 相手から敵意を感じられない。二都は警戒を解いて、構えを下した。

 ローブの人物が内心ほっとしたのが、動作から分かる。


「ですが知られた以上。先にお話ししたいと思います」


 ローブの人物は封筒を取り出して、二都に手渡しする。

 封筒には推薦状と書かれていた。


「それは衛兵大会へ参加する、チケットです」

「興味ねぇな」

「お言葉ですが、結成後のギルドなど、大した稼ぎはありません。ましてや二人など」


 二都も内心でその事は、理解していた。

 ギルド。傭兵とは信頼稼業だ。実績がものを言う。

 設立後のギルドなど、その両方が0に等しい。

 

 二人だけでやっていける程、甘い世界でない。

 理解していたが、人員を集める人脈も時間もない。


「ですが大会で名を売れば別です。優勝すれば賞金と共に、仕事も舞い込むでしょう」

「助言どうも。でも何故そんな事を?」

「貴方が助っ人に相応しいかどうか。試すと言う目的があります」


 その言葉に二都は、鼻で笑った。


「まだ足りないってか? その様子だと村でのことも監視してやがったろ?」

「ええ。腐れ外道を貴方方が成敗する所を、拝見しておりました。ですが……」

「まあ、相手は雑魚だったからな。もっとやべぇ奴が相手なんだろ?」


 二都は相手が言葉を続ける前に察した。

 封筒を受け取り、懐に仕舞う。


「受け取って頂けたと言う事は、承認されたと考えても?」

「ああ。アンタ悪い奴じゃなさそうだ。それに、俺にとっても有益だからな」

「ああ、良かった……。内心ビクビクしていましたよ」


 ローブの人物は胸を押さえながら、深呼吸する。

 どうやら断られれば、マズい状況だったようだ。


「では私はお先に失礼します。貴方が大会で勝ち抜く事を、祈っていますよ」

「ああ。期待に沿える様、努力するよ」


 ローブの人物は再び姿を消した。

 気配が遠ざかる所から、この場から消えたようだ。

 二都はユウミの寝顔を見ながら、再びフッと笑った。


 それから数時間が経過した頃。ユウミは薄っすらと意識を戻した。

 まだハッキリしない意識の中で、直前の記憶を辿る。

 そうだ。自分は昼寝をしたはずだ。どのくらい寝ていたのだろうか?


 彼女は目を空けると直ぐに、辺りの気配を探った。

 気が付くと空は赤く染まっている。

 昼前に寝たのだから、相当眠っていたのだろう。


「よう。眠り姫のお目覚めかい?」

「あ、二都さん。ありがとうございます」


 長時間自分の見張りをしてくれた二都に感謝する。

 ジッとその場から動かないのも、退屈だろうに。

 自分を気遣ってくれた二都に、何処か胸が熱くなる。


「気にすんな。俺とお前の仲だろ」


 二都は小さく微笑みながら、ユウミに手を差し伸べた。

 その手を掴んで、ユウミは立ち上がる。


「えへへ……。案外良いコンビだったりしますかね?」

「ああ。俺もそうである事を願うよ」

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