第8話 旅立ち

 激闘を終えた翌朝。村の中央に村人は集まっていた。

 十字架に縛られた衛兵長。その横にゴブリンの死骸が倒れている。

 十字架には張り紙がある。そこには衛兵長の悪だくみが書いてあった。


 その内容を疑うものはいた。だが誰も逆らう気にはなれない。

 ゴブリンや衛兵長を倒した者と、戦える者が居ないからだ。

 誰が倒したのか知られていない。だが村人は探す気にもなれなかった。


「これで一件落着かな?」


 光夜が青汁を飲みながら、陰から見守っていた。

 

「何が一件落着だ。何も解決してねぇぞ」


 楽観視しているみつやに、二都が注意を促す。

 片手に木刀を持ち、もう片方にマシンガンを構えていた。


「随分物騒な装備っすね……。何事ですか?」

「分かんねぇのか? 衛兵倒しちまったから、この村を守る人が居なくなったんだよ」

「ああ。そうですね。って倒したの二都先輩ですよね?」


 光夜の言葉に二都は黙って、衛兵長を見た。


「あ、目を逸らした」

「まあどのみちこうなっていたよ。奴らは村を滅ぼすつもりだったからな」

「言い訳っぽいですね」


 二都はマシンガンの銃口を光夜に向けた。

 光夜は両手を挙げながら、口笛を吹く。


「冗談、冗談。本当に冗談ですから」

「それに。これは氷山の一角に過ぎないかもしれない」


 二都は銃口を下ろしながら、語りを続けた。

 光夜は黙って、彼の話を聞くことにする。

 

「今後同じ考えの奴が現れてもおかしくない」


 二都は他の衛兵が同じ考えに至っても、不思議でない。

 そう思い、この世界の実情に心を痛めていた。

 魔物と呼ばれる存在から村を守るには、あまりにもこの世界の住民は非力だ。


 せめて自分達の様に異能力が使えれば、少しは変わったのだろうが。

 嘆いた所でしかたがない。二都はこの考えを胸に仕舞う。


「元の世界も心配だが、この状況を放っておけない」

「それで、全部救うってつもりですか。そいつは無理だね」


 光夜は目を細めながら、口角を上げた。

 彼には現実が見えている。それ故二都の理想が、実現出来ないと思っていた。


「俺達はこの世界の事を何も知らないんですよ? それどころか……」


 自分に何が起きたのかも分かっていない。

 光夜はこの世界を救うより、情報整理が先だと考えていた。


「お前の考えは正しい。でも俺は……。やっぱり放っておけないんだ」

「まあそうでっすよね。そうでなきゃ、俺は先輩を慕いませんよ」


 光夜は木にもたれかかった。

 二都の瞳を見つめて、彼の決意を探る。

 説得しても聞く耳を持たない表情だった。


 光夜は諦めと共に溜息を吐く。先輩の性格を、彼は良く知っていた。

 だったらこっちも、腹くくるしかねぇ……。


「光夜、俺はユウミと共にギルドを設立する」

「人員を増やす訳ですね。まあ、現実的ではありますけど」

「ギルドの設立には、隣町まで逝かないといけないらしい。だから……」


 その先の言葉を光夜は、手を広げて止めた。

 指をサムズアップの形へ変化させる。

 異議なし。光夜は二都の考え理解したうえで伝えたのだ。


「村の防衛は任せて下さい。村長と話して、なんとかしてみせます」

「すまねぇな。いつも裏方ばかりやらせて」

「まあ、美味しいとこ食べるだけが、戦士じゃないんでね」


 二都と光夜は拳を接触させた。これには特に意味はない。

 彼らの繋がりの証と言っても良い。


「ギルドでっかくして、兵隊連れて、戻ってきてくださいや」

「ああ。村を頼む」


 二人はそれぞれ別々の方向へ歩き出した。

 二都は荷物をまとめたユウミの下へ向かう。

 ユウミは昨夜帰るなり、旅の支度を始めていた。


 疲れているから無理するなと言ったが、ユウミは聞かなかった。

 目の下にクマを作りながら、大きなリュックを背負っている。

 二都は苦笑いしながら、ユウミのリュックに手をかけた。


「無理すんなって。疲れているだろ?」

「いいえ! これくらい平気です!」

「声だけは元気だな。まあちょっと貸せよ」


 二都はカードから異能力を解放した。

 物体転移異能力で、リュックを別次元に転送する。


「ふわぁ~。二都さん、色んな事が出来るんですね!」

「まあな。もっとも限度ってものがあるが」


 二都はカードの異能力を解放した後。

 ある程度のクールタイムが必要になる。

 同じ異能力を連続で使えない。それが彼の弱点であった。


「それで。ギルドってどうやって、設立するんだ?」

「ギルドハウスで申請すれば終わりです。隣町に丁度ありますよ」


 各地にあるギルドハウスから、魔獣や魔物討伐依頼を受ける。

 それがギルドの基本である。

 ユウミ自身は騎士団出身だったが、システム自体は理解していた。


 二都を案内するため、前を歩くユウミ。

 途中、やや体勢を崩した。寝ずの準備が祟ったのだろう。

 二都は彼女の体を、軽く支えた。


「無理すんな。君のペースで行こう」

「すいません……。ご迷惑おかけします……」

「気にすんなって!」


 二都は爽やかな笑みを浮かべてユウミを安心させた。

 彼に支えられたユウミは、何処か懐かしい気持ちが込み上げる。

 まるで魂が訴えるかのように、彼と共に過ごす事を求めていた。

 彼と一緒なら何だって出来る。ユウミはそんな気持ちを抱いていた。


 二都の方はかつての幼馴染と、ユウミを重ねていた。

 きっと彼女が生きていたら、ユウミと同じ様にはしゃいでいただろう。


──────────────────────────────


「安受けしたけど、村の防衛ってどうすれば良いんだ?」

「何も考えてなかったんですか!?」


 二都達の旅立ち後、光夜は教会を訪れていた。

 そもそも光夜は宿なし、一文無し、職無しだ。

 一人で村の警備をできる、資材も人材もなかった。


 ノープランで引き受けた光夜に、アリスは冷ややかな目線を向ける。

 光夜はその目線を睨み返し、口笛を吹く。


「やる気か?」

「やりませんけど……。ツッコミはさせてください」

「まあ、いいけど」


 光夜は飴玉を取り出して、口に放り込んだ。

 糖分を取れば、少しだけ頭がさえる気がするのだ。


「気のせいだったわ」

「でしょうね」


 結局アイディアが思い浮かぶことなく、光夜は途方に暮れた。

 人差し指で床と突きながら、いじけ始まる。


「良いさ。どうせ俺なんて、こんな役割だ……」

「拗ねないでくださいよ……」

「同情するなら300円くれ」

「いや、同情はしてませんけど」


 アリスの冷たい台詞に、光夜はトドメを刺された。

 ショックから立ち上がり、腕を鳴らした。


「とりあえず、村長の家に向かうぞ」


 すっかり気を取り直した光夜は、教会の出口に向かう。

 アリスは内心肩をすくめながら、光夜についていく。


「今後の方針でも話し合うつもりですか?」


 アリスは本心から、村長の事を嫌っていた。

 あの人はあくまで領主と言う立場に過ぎない。

 それが偉そうに、村の方針に口出ししているのだ。


 純粋に村だけで育ったアリスには、快くない事だ。

 重い足取りで光夜に着いて行きながら、内心を悟られない様にする。


「お金をたかりにいくだけ」

「うん。そんな気はしました」


 今回に関しては、アリスも止めない。

 あんな人に頼るくらいなら、まだ目の前のバカの方が頼もしい。

 この人には強さがある。まだ信頼できると言うものだ。


 でも彼は何故そこまで強くいられたのだろうか?

 玉ねぎと戦っていたそうだ。彼の口から語られた過去は、そのくらい。

 アリスはその強さに目的の様なものを、感じ取っていた。


「光夜さん。1つ聞いても良いですか?」

「ダメ」

「分かりました。じゃあ無理矢理聞きます」


 アリスはもはや光夜のペースにも、慣れて来た。

 軽く受け流しながら、言葉を続けていく。


「光夜さんも二都さんも。どうしてそんなに強いのですか?」

「先輩は知らねえ。でも俺は、元々弱い存在だったよ」


 光夜は教会の扉を開けながら、軽く振り返る。

 朝日が入り込み、彼の体を照らしていた。

 陽光をバックにする光夜の後ろ姿は、どこか哀愁が漂っていた。


「まあ、今も強いと言えるか微妙だ」

「十分強いですよ。あのゴブリンを一人で倒したんですから」

「どうかな? 力があっても、大切な者を守れねぇと、強いとは言えない」


 光夜は陽光に向かう。先程とは違う、真面目な言葉遣いだった。

 自嘲するかのように、口角を緩める。

 その表情を。背中を見てアリスは決意を固めた。


 人間性は尊敬に値しない。だが強さに関しては本物だ。

 そして力のあり方について、悩みを抱いている。

 頭は兎も角、この人なら道を間違える事はないだろう。衛兵長とは違って。


 もしもこの人の側で、学ぶことが出来たなら。

 自分はあの剣に相応しい騎士になれるのではないか。

 アリスはそんな心中を抱き、光夜の隣に向かった。


「光夜さん。村長の居場所、知らないでしょ? 案内しますよ」

「知ってるよ。勘だけどな」

「それは知らないと同意義です」


 二人は軽口を叩きながら、村長のもとへ向かう。

 今後この村がどうなるか分からない。

 光夜にとっては、何の思い入れもない村だ。


 だが光夜はどこか、故郷とこの村を重ねていた。

 それともう一つ。彼がこの村に残った理由がある。


「偶然なのかね?」


 小声で呟きながら、光夜はアリスの事を見つめていた。

 彼には妻が居た。生涯ともに過ごす事を誓った仲が居た。

 妻と二人で子供の名前を決めていた事がある。『アリス』と『ユウキ』、


 いつか子供が出来たら、そんな名前にしようと考えていた。

 亡き妻の事を思い出しながら、光夜は底知れぬ笑みを浮かべた。


「まあ。楽しませてもらいますかね」


 こうして二人の青年、少女の旅が始まった。

 この出会いがどんな軌跡を辿り、何を成し遂げるのか。

 それはまだ誰にも分からない。物語は始まったばかりなのだから。

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