第21話 ザ・アンダーワールド

 光夜は両肘を引いて、力を込めた。

 彼らを取り囲む青い炎が強く光る。

 周囲と完全に隔離され、太陽の光すら差し込まない。


 炎で照らされる空間を、光夜は作り出した。

 アリスは何が始まるのかと、周囲の様子を観察する。

 明らかに今までとは違う。異質な雰囲気が流れていた。


「この空間では、全ての者の思考にブルーヒートが作用する」

「思考にブルーヒートが作用? 一体何が始まるのですか?」


 アリスは全身に入り込む、エネルギーを感じていた。

 まるで心が解放されるような、興奮状態に近い感情になる。

 脳が高い集中力を発揮した時の様に、スッキリした気分になる。


 これがブルーヒートのエネルギーなのだろうか?

 まるで全てを解き放つような、心地良さをアリスは感じていた。


「強くイメージしたことを、ブルーヒートが現実にさせる! こんな風にな!」


 光夜は拳を前に突き出した。誰も居ないので、空振りに終わる。

 その動作と連動して青い光が、大きな拳の形になった。

 拳はキングオーガーに放たれ、彼の胴体に直撃した。


 オーガーは不意な攻撃に、少しだけ動揺していた。

 そのため普段なら防げるであろう一撃を、まともに食らう。

 僅かに後ずさりをしながら、胴体を抑えていた。


「更にこの空間では、興奮状態になる。少しでも想像すれば、それは現実化する」


 光夜はこの世界の仕組みを説明した。

 使用者の想像力がそのまま攻撃力に転換される。

 強く思えば思うほど、攻撃力は増していく。


「なるほど。ルール理解した。ならば!」


 キングオーガーの背後に、青い光が集まる。

 光は徐々に巨大な影となり、オーガーと全く同じ形になった。

 元々巨大なキングオーガーを、更に巨大化させた様な巨人が誕生した。


 恐らくオーガーがイメージした力なのだろう。

 彼らは人間に自分が負けるはずないと思っている。

 その絶対的意思が、この空間で具現化しているように見える。


 アリスには背後の巨人が、オーガーの力の象徴に見えた。

 それほど彼は強大な力を絶対視しているのだ。

 何故魔物が力による支配に拘るのか。アリスにはまるで理解できない。


「踏みつぶしてやるよ!」


 キングオーガーの言葉と共に、巨人は一歩前に出た。

 巨人にはオーガーの力が全て集約されているだろう。

 一撃でもくらえば、一溜りもない。アリスは歯を食いしばって、攻撃に集中した。


 巨人は一歩前に出て、足を大きく上げた。

 そのまま……。キングオーガーの事を蹴り飛ばす。


「オボロォ!」


 キングオーガーは吐血しながら、ブルーヒートの壁まで叩きつけられた。

 何が起きたのか分からず、黙って巨人を見上げる。


「え? え?」

「なお、攻撃される対象は、俺の気分によって変わる」

「そんなのアリか!? こっちに不利過ぎるだろ!」


 オーガーが文句を言うと、巨人は彼の方へ振り向いた。

 拳を固めて、オーガーを殴りつける。


「文句がある奴も、ぶっ潰す!」

「一方的な殺戮だぁ!」


 全てが光夜のさじ加減で決まる。それがこの技の特徴だった。

 更に興奮状態にあるため、思考を止めることもできない。

 アリスですら、興奮状態だ。そこで彼女は背中を嫌な視線がよぎった。

 ユウキの方を振り向くと、彼は両手を上げながら、足を交互に浮かせている。


「アリス姉! アリス姉! ジェンガやりたい! ジェンガやりたい!」


 ユウキが前のめりで言い放つと、オーガーの上に長方形が出現した。

 長方形はオーガーを下敷きにして、積みあがっていく。


「やめろ! 変な想像を止めろ!」


 オーガーは積みあがったジェンガを、下から持ち上げていた。

 エネルギーといえど重量があり、汗をかいている。


「わーい! ジェンガだ! 俺が先行な!」


 ユウキは巨大なハンマーで、オーガーを叩きつけた。

 

「グボォ! ジェンガのルール知ってんのか!?」


 オーガーは体勢を崩して、崩れたジェンガの下敷きになる。

 彼はジェンガから何とか抜け出した。


「牛乳! 牛乳! ワシの牛乳が飲めんのか! オラぁ!」


 オーガーの前に現れたゴブリンの集団。

 彼らは一斉に牛乳瓶を、オーガーの顔面に叩きつける。

 更にオークが前に出て、マッチに火をつけてオーガーに叩きつけた。


 炎が頭に引火し、オーガーは苦しみ始めた。


「何が火種だよ! 牛乳か!?」


 オーガー暴れていると、数名のガーゴイルが彼の脇を掴んだ。

 彼を持ったまま、高く飛びあがる。

 十分な高度にたどり着いた所で、ガーゴイルは手を離した。


 オーガーは地上に向かって落下。

 クレーターを作りながら、地面に叩きつけられる。


「テメェら、なにちゃっかり向こう側についているわけ!?」

「この空間では、一番ムカつく奴に、攻撃したくなる」

「さっきから俺ばっかじゃん! 俺、そんなにムカつく!?」


 オーガーは背後から、ユウキに羽交い絞めされた。

 ユウキは腰を倒して、オーガーの頭を地面に叩きつける。


「それがみんなのアンダーワールド!」


 オーガーが叩きつけられた地面から、青い針が飛び出した。

 串刺しにされて、体から血が噴き出す。

 

「あ。それ、僕らが想像したものだ」


 ゴブリン達が頭を搔きながら、照れくさそうに言った。

 

「想像を止めろ! これは指揮官の命令だぞ!」

「火薬投下! 火薬投下!」


 上からガーゴイル達が、樽の形をした青い光を落とした。

 樽はすべてオーガーの上に降り注ぎ、その場で爆発。


「だから、なんでそっち側にいるんだ!?」


 空中のガーゴイルに苦情を言いながら、オーガーは立ち上がった。

 これ以上は耐えられない。この技を放った張本人を倒すしかない。

 オーガーはそう思い、光夜の方を見た。そこで目が飛び出す光景が、広がっている。


 光夜は巨大な鉄球に鎖がついた武器を、装備していた。

 彼は鎖を手に持ちながら、鉄球を振り回していく。


「これは俺が一番目障りだと思っている連中に、飛んでいく」


 光夜は鎖を放して、鉄球を投げ飛ばした。

 鉄球は牛乳を飲んでいる、ゴブリン達に落下した。


「ええ!? 俺ら、そんなに目障りでしたぁ!?」

「ここは戦場だぞ。呑気に牛乳を飲むな」

「アンタが配ったものでしょうが!」


 ゴブリン達は鉄球を蹴り飛ばした。

 飛んで行った鉄球は彼方へ飛んでいく。

 戻ってきて、オーガーに直撃した。


「ゴフ! これも攻撃かぁ!」

「全ての想像が攻撃になる。それがみんなのアンダーワールド!」


 ユウキがオーガーの前に、立ちふさがった。

 オーガーは青い光の箱に押し込められる。

 ユウキは大きく手を叩いて、周囲から注目を集める。


 オーガーの顔だけが、箱から見える形となっていた。

 宴会をしていたオーク達も、オーガーの方を振り向く。


「皆さんご覧ください! 種も仕掛けもございません!」


 箱の周辺に、5本の剣が出現する。

 

「おい待て! そのパターンは止めろ!」


 オーガーは箱から抜け出そうとする。

 だがユウキのイメージ力は強く、身動きを封じられた。

 空中に留まった剣は一斉に、箱に突き刺さった。


 オーガーは全身に痛みが来るのを、覚悟した。

 だが剣が箱を貫通する様子はない。


「あったぁ! 種も仕掛けもあった!?」

「ああ。ないのはここだけ」


 ユウキは剣を取り出して、オーガーの頭を突き刺した。

 額を差されたオーガーは、そこから血を吹き出す。


「ぎゃあああ!」


 箱の上部が開いて、オーガーが飛び出した。

 彼はガーゴイルが飛ぶ高さに到達しそうになる。

 ガーゴイル達は先ほどの鉄球を、運んでいる。


「ここら辺?」

「何してんだ!? テメェら!」


 ガーゴイル達は手を離し、鉄球を落とした。

 

「皆さん、1人を集団でリンチして……。可哀想だろ!」


 地上の光夜がそんな事をほざいていた。

 オーガーが目を開けると、青い腕が鉄球を受け止めていた。


「ええ!?」


 青い腕は牛乳を飲んでいる、オークに落とされる。

 下敷きになったオークは、吐血した。


「ええ!? 俺らなんかしました?」

「被害被ってないから」


 光夜はオーガーに向かって、飛び上がる。

 背後に掴み掛かり、オーガーを下にして落下を促進。


「いくぞ! パラシュート!」


 光夜達が落下する位置で、ユウキが腹を立てて寝そべる。


「そしてトランポリン!」


 光夜とオーガーはユウキの体に落下する。


「これぞスカイダイビング!」


 筋肉と筋肉に挟まって、オーガーは吐血した。

 光夜達は空飛ぶガーゴイル達に、視線を向け。


「そして弾力!」


 光夜は引っ張られる様に、ガーゴイルのもとへ。

 オーガーを振り回して、ガーゴイル達を蹴散らす。


「なに、、呑気に飛んでんだ!」

「見境ない!?」


 アリスのツッコミが炸裂する。

 全員が攻撃対象に入り、収拾がつかない。

 気がつけば地上は、血塗られた大地になっている。


「よくもキレイな大地を汚したなぁ! キングオーガー、ぶっ潰す!」

「えぇええええ!?」


 急にキレ出した光夜の背後に、光が集まっていく。

 青い光は文字の形になり、光夜のイメージを反映した。


「1+1=?」

「え? え? に、に……」


 光夜は背後の+を握り、オーガーに叩きつけた。


「+が1番強そう!」

「=って何だけ? =って!?」


 残った式と共に、オーガーは落下した。

 地上ではユウキがはしゃぎながら、オーガーを待っている。


「そして残りは……。ジェンガに似ている!」

「似てるけどぉ!」


 1達と=に挟まれる、キングオーガーはジェンガになった。

 オーガーは口に着いた血を拭いながら、式を飛ばした。

 既に限界に近いダメージを負っている。形勢不利だ。


「バカな……。人間如きが、ここまでの力を……」

「これで終わりだ。キングオーガー。俺達を……。人間を侮るなよ!」


 光夜は剣を引き抜いて、空中から落下を開始する。

 縦振りの構えで剣を掲げて、オーガーの体を真っ二つに。

 する前にゴブリン、オーク、ガーゴイル達の一斉の頭突きが光夜に飛ぶ。


「ゴボォ!」


 光夜は吐血しながら、頭から落下した。


「まっとうな時に、ムカつく奴に認定されたぁ!」


 アリスは光夜に近寄る。彼は頭から血を流している。

 それでも平然と立ち上がり、口の地を拭った。


「ぜぇ……。ぜぇ……」

「光夜さん! 大丈夫なのですか?」


 アリスは光夜の傷を癒そうと、術式を口にする。


「ぜぇんいん処刑だぁああああ!」

「明らかに大丈夫じゃないぃ! やっちまったなぁ!」


 敵とはいえど、アリスはゴブリン達に同情した。

 この人がこうなれば、もう楽な死に方は出来ないだろう。

 回復の術式を中断し、アリスは糸目になりながら魔物達を見つめた。


「あの世へのドナドナ……」


 アリスは教会で働いていた身として、彼らのご冥福を祈った。

 怒り心頭に光夜のイメージにより、全員が鎖に縛られる。

 鎖に電流が流れ、魔物達は一斉に悲鳴を上げた。


「誰から始末してやろうかぁ? ああん!」

「八つ当たりだ! こんなの八つ当たりだ!」

「……」


 光夜は視界に1人手を挙げる存在に、気が付いた。

 ユウキが生贄候補と書かれた、札をぶら下げている。

 光夜はユウキを無視して、ゴブリン達を見る。


 次にガーゴイル達へ視界を動かすと、ユウキが近づいていた。

 生贄候補の札も、大きくなっていた。

 オークに視線を動かすと、一緒にユウキもついてきた。


「ちょっと、何なの!? あの人! 怖いんだけど!」


 光夜は涙目になりながら、アリスに縋りついた。


「知らないです」


 アリスは冷たい口調で、言い放つ。


「オメェの弟だろうが!? 解説を頼むよ!」

「いいえ。他人です。あれは保存食です」

「そうか。ならしょうがない」


 光夜はユウキを、剣で切り裂いた。

 ユウキは体に切り傷を作りながら、背後に倒れる。


「やぁらぁれ~たぁ~」


 ユウキは即座に立ち上がり、拳を握りしめる。

 固めた拳でキングオーガーの顔面を殴打して、吹き飛ばした。


「俺に何の恨みじゃ!?」

「ええ!?」


 アリスだけではなく、光夜も呆然とした。

 オーガーは鎖に縛られたまま、地面に倒れる。

 そのまま白目を剥いて、意識を失った。


 同時にアンダーワールドも諸滅し、魔物達は解放される。

 光夜はゴブリンの1人に近づき、肩をポンっと叩いた。


「死体処理は任せた」

「へい、親ビン!」

「洗脳されたままだぁ!」

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