第13話 接触者

 アオは二都が寝泊りしている、宿屋にたどり着いた。

 あまりお金がないらしく、安物の質素な宿に泊まっている。

 店主の態度も悪く、あまり評判も良いとは言えなそうだと思った。


 貴族として、それなりの部屋で過ごしてきたアオ。

 このややボロボロの宿が、少し落ち着かない。

 ぎこちない様子で、もう一人の宿泊者が待つ部屋へと向かった。


「ヤッホー! 二都さん! 大会では活躍したようで!」


 二都と同室に泊まる少女、ユウミが手を挙げて挨拶した。

 今夜はここに泊まるのだが、同年代の少女が一人いるだけで落ち着く。

 アオは軽く荷物をおろしながら、ユウミに挨拶した。


 事情を知らないであろうユウミは、アオについて特に言及する様子はない。

 代わりに大会で起きたあれこれを、二都に話した。

 話を聞く限り、大会での騒動は彼女も一枚噛んでいるらしいのだ。


 ユウミは元々騎士団だったらしい。アオにとっては、かつてのあこがれだ。

 だが彼女の口から騎士だったころの話は出てこない。

 人には色々あるものだなぁっと、アオは思っていた。


「俺の要件は終わった。次はユウミの要件だな」


 コートを掛けながら、二都はベッドに座った。

 あれだけの戦いを行っても、疲れた様子は全く見せない。

 やはり彼には得体の知れない強さがある。アオはそう感じずにいられない。


 勿論騎士団だったユウミも、相当の実力者だろう。

 だが会話を見る限り、ユウミの方が二都を慕っているようだ。

 その気持ちは理解できる。彼の底知れぬ余裕が、どこか惹きつけられる。


「ギルド設立の手続きなら、終わりました。明日には正式にギルド管理委員会から、許可証が来るはずです」

「なるほど。なら、明日まで待機だな」


 アオはここにきて、初めて二人の目的を知った。

 どうやら二都達はギルドを設立するつもりのようだ。

 特定の組織に所属しない。報酬で仕事を引き受ける集団。


 それがギルドだ。アオもかつてはギルドに所属していたことがある。

 ギルド内ではそれなりの地位であり、少数だが仲の良いメンバーだった。

 あの事件が起きるまで、アオはその場所が居心地がよくてたまらなかった。


 またあの居心地の良さを味わえるのか。あるいは悲劇を体験するのか。

 今のアオには分からない。ただ彼女は強くなることを、求めている。

 そのためには二都の元で学ぶことが大切なのだ。


「そういえば、二都さんでしたっけ? 貴方は何故大会に出場したのですか?」


 アオは今更な疑問を口にした。大会には出場条件がある。

 衛兵隊で功績を収めたか、上位階級の推薦状が必要だ。

 二都は衛兵でないことは、ギルド設立から明らかだ。


 ならば誰からか推薦状をもらったということになる。

 彼の実力を考えれば不思議ではないが、性格を考えると不自然だ。

 とても階級ある人間が、礼儀知らずの彼に推薦状を送るとも考えられない。


 そこでアオの質問を遮るように、部屋の扉がノックされた。

 二都は扉に近づく。


「その質問は、直接見た方が早いだろうな。はい。どう……。ぞ!」


 二都は勢いよく、扉を蹴った。

 蹴られたショックで蝶番が外され、扉は吹き飛んだ。

 外にいる人物の悲鳴が聞こえて、何かが壁に激突した。


「ちょっと! 何しているんですか!」


 おそらく扉と共に吹き飛ばされたであろう人物を、アオは心配する。


「鍵がかかっていたから、こじ開けた」

「それ外側から、する奴です!」


 二都は吹き飛ばされたドアを拾い上げた。

 だがドアの反対側には、誰もいない。

 

「相変らず、無茶苦茶な方ですね」


 天井の方から声が聞こえた。二都達は一斉に見上げる。

 そこには天井に張り付いた、白いローブの人物が居た。

 

「約束通り、大会に出てやったぜ。見事優勝したぞ」

「優勝なんですか!? あれが!?」

「確かに約束は果たしていただきました」

「あれで良いんだ!?」


 アオはツッコミながら、白いローブに見覚えがあることに気が付く。

 記憶の片隅を探りながら、ローブの正体を思い出す。

 それは上級貴族のパーティに、渋々参加させられた時の事だ。


「回想には入らせない!」


 二都はカードを掲げて、アオの追憶を妨害した。

 地面から水浸しの何かが、生えてくる。


「海藻に入れよ。海のもずくにしてやるぜ」

「藻屑じゃなくて!? いや、二都さん! 大事な話なんです!」


 アオは記憶の道筋をカットして、ローブの人物を思い出した。


「この人は中央教会、元老院のお方です!」


 中央教会。それはこの世界で神を信仰する宗教の事だ。

 発言力、権力共に上級貴族や国王、皇帝すらも上回るほど。

 元老院は教会の中で、2番目に決定権がある存在だ。


 アオも教会を信仰する者の一人だ。

 滅多に中央都から出ない教会幹部と、こんなところで会えるとは思っていなかった。


「ねえ。もう降りて良い?」

「って、この人フード被っているけど、真っ青だ!」


 顔はよく見えないが、腕がプルプルしていた。

 相当無理のある体勢のようだ。おそらく咄嗟に取ったのだろう。

 限界と言わんばかりに、ローブの人物、元老院は落下してきた。


「幸い下に海藻があったので、固い床に当たらずに済んだな」

「代わりにビショビショになっていますけど!?」


 元老院の一人は、手から炎を放った。

 熱を発する炎で、瞬時に服が乾いていく。


「貴方の実力は分かりました。失礼を重ねて、お願いがあります」


 二都はその言葉を聞いた途端に、眉間にしわを寄せた。

 持っていたドアを振り回して、元老院に叩きつける。


「それが人にものを頼む態度かぁ!」

「ええ!? 結構丁寧な頼み方でしたよ!?」


 元老院は負け時と立ち上がり、誇りを払った。


「貴方にこの世界を救っていただきたいのです」

「それは大きく出たな。でも俺はタダの木こりだぜ」


 二都は巨大なハンマーを取り出して、宿屋の壁に叩きつけた。

 壁が粉砕されて、外のから丸見えになる。


「それは解体屋ですね……。真面目な話なのですが、少しは黙ることが出来ませんか?」

「出来ない」

「そうですか。ではふざけながらお聞きいただきたい」

「なんだか手慣れてますね」


 アオは元老院の態度に、疑問を抱いた。

 二都と彼らに面識がないのは明らかだ。

 それでも元老院はこういった彼の態度に、諦めのようなものを抱いている気がした。


「貴方にしてにもらいたい事は1つ。我が主ぶ、ご協力頂きたい」

「主……」


 アオとユウミは、すぐに主人の正体が分かった。

 元老院は世界のNo.2だその主人となれば、たった1人。

 中央教会の最高位のもの。教皇だろう。


 教皇には王族ですら、逆らえぬと聞いている。

 その事実上の支配者が、何故助けを求めているのか?

 アオは不審がった。この依頼は怪しいと。


「今、中央教会の裏では、恐ろしい事が起きております」


 元老院のただならぬ様子に二都も、真面目な表情を宿した。

 

「詳細は信頼できる者にしか、話せないのですが……」

「つまり、まだ信頼を得ていない俺には、話せんってか?」


 二都の問いかけに、元老院は静かに頷いた。

 

「良いぜ。信頼を得るまで、言うことを聞いてやる」

「二都さん!」


 そこで今まで黙っていたユウミが、口を挟んだ。


「中央教会なんて、放っておきましょう」


 ユウミはバッサリと、言い切った。

 彼女の口調には、どこか私怨のようなものを感じる。

 彼女は信仰心がないのだろうか? アオは不思議がった。


 この世界の人間は、大抵が中央教会を信じている。

 子供の頃からそう教わるからだ。

 教会は絶対である。それに逆らうことは許されない。


 法を支配する存在は、絶対の正義なのだと。

 アオも信じていた。だからこそ、ユウミの態度が気になる。


「彼らは所詮、腐敗権力の象徴です。内輪揉めに、首を突っ込むべきではない」

「我々も無理強いはしません。なので、報酬は用意しましょう」


 ユウミは胡散臭そうな表情で、元老院を睨む。

 今にも飛びかかりそうな彼女を、二都が手で止めた。


「アンタらを信じるか。俺の目で確かめてやろう」

「それは、依頼を引き受けると受け取って、良いですね?」


 なおも何か言いたそうなユウミを、二都は抑えた。

 

「それで? 具体的に何をすれば良いんだ?」

「まず貴方に、ある人物の無力化をお願いしたい」


 元老院は手元に、水晶を召喚した。

 二都は覗き込むように、水晶の中身を見る。

 アオも同じように、水晶を眺めた。

 

 すると水晶に、ある人物の顔が映し出される。

 アオは勿論、ユウミと二都もその人物を見て絶句した。


「こ、こいつは!?」


 二都は息を見込んだ。無理もない。

 アオ達も同じように、言葉を発することができない。


「有名人ですあからね。貴方もお気づきに……」

「なんて安物の、水晶なんだ!?」


 二都がその言葉を発した瞬間。

 アオは堪忍袋が切れる音が、聞こえた。

 元老院は拳を握りしめて、二都のことを殴りつける。


 二都は天井に吹き飛ばされた。

 断末魔と共に、吐血する。


「真面目に聞け!」

「だって知らないんだもん! でも、2人とも驚いているんだもん! 俺も驚かないと!」


 二都は地面に落下しながら、泣き言を口にした。

 アオには彼の発言が、信じられなかった。

 水晶に映った人物。この土地にいる限り知らないではすまされない。


 その人物はこの土地を支配する、上級貴族だ。

 大きな街を領土に持ち、強い権力を持っている。

 あるものはその人物に憧れ、あるものは恐れを抱く。


 一度でも彼の機嫌を損ねると、罪人として連行されるからだ。

 貴族とはいえ、下級階級のアオですが逆らえない。


「オリジン家のクティ……」

「無力化出来れば、生死は問いません」

「ちょっと待って下さい!」


 本来口を挟むべないと理解しつつも、アオは叫んだ。

 オリジン家はその武闘派と知られる、騎士団の一家。

 更にクティは聖騎士団の支部長である。


 聖騎士団は教会が保有する、国家を超えた騎士団。

 つまり教会の戦力であり、魔界から人々を守っている。

 何故教会のトップ2が彼を狙うのか、説明が必要だった。


「詳細は明かせないと、申しました」

「でも、納得出来ないと、上級貴族を襲うなんって……」

「彼を倒せば、全てお話します。今は信じてくれとしか」


 アオは勿論、ユウミですら驚きを隠せない様子だった。

 オリジン家を襲撃する。いくらなんでも許されない。

 失敗すれば、罪人として最悪処刑されるだろう。


 それをなんの説明も無しに、引き受ける事は出来ない。

 アオは二都の方を、チラっと見た。

 彼のニヤリとした表情が、アオに冷や汗をかかせる。


「面白いな。その話……」


 アオ唾を飲み込んだ。引き受ける気だ……!

 彼はオリジン家の恐ろしさを知らない。

 こんな無謀とも言える依頼を、安請け合いしそうだ。


「大いに断る!」

「ええ!? 今引き受ける流れでしたよ!?」


 アオは咄嗟に叫んだ。予想に反して、彼は断る。

 二都はハリセンを取り出して、アオの頭を軽く叩く。


「愚か者!」


 二都は2枚のカードを取り出した。

 彼の背後に青い渦が出現。そこから、飛び出すものがある。

 アオには見覚えのない、物だった。


 馬のような形をしているが、生物ではない。

 無機質な見た目のそれは、大きな音を鳴らしている。

 二都は飛び出したものに跨り、左右の持ち手を握った。


 二都は持ち手を捻った。謎の物体が、前進を始める。

 謎の物体は元老院に当たり、体を吹き飛ばした。


「グボォ!」

「前金なしでは、動かない!」

「報酬の問題だったんですか!?」


 二都は馬のような物体――。=バイクのエンジン音をふかした。

 轢かれた元老院は、吐血しながら壁にめり込む。


「俺を動かしたいなら、カレーパンを持ってこい!」

「安い前金!? それで切れて、半殺しにしたんですか!?」

「カリッカリに焼いた、これくらいのカレーパンが欲しいのだ!」


 二都はバイクから降りて、元老院の足を掴んだ。

 そのまま元老院を持ち上げて、体を回転させる。


「クティは圧制を強いる、腐敗した上級貴族です。殺すのに躊躇はいらないのでは?」

「悪人なら殺して良いと? 簡単に言うな! 人を殺すって言うのはな……」


 二都は手を放して、元老院を投げつけた。

 元老院は再び壁に刺さる。二都はハンマーを懐から取り出す。

 そのまま元老院の腹部を、ハンマーで叩きつけた。


「凄い覚悟がいることなんだぞ! たとえ悪人でもなぁ!」

「説得力0だぁ!?」


 再び口から赤い液体を出す、元老院。

 それでもめげず、元老院は立ち上がった。


「彼のようなものは、そのうち世界を破壊します。それでも、甘い事言っていられますか?」

「上等だ! 俺はそんなに甘くない!」


 二都は元老院の顔をつかみ、壁に叩きつけた。

 更に背中に膝蹴りを行って、追撃する。


「さっきからその人に、恨みがあるんですか!?」

「クティとやらは……。やらは……。俺がぶっ倒す!」

「結局引き受けるんですか!? 今までのは何だったの!?」


 二都はトドメと言わんばかりに、アッパーで元老院を天井に飛ばした。

 元老院は天井を貫通し、空高く星になった。


「ちょっと! 何騒いでいるんだい!?」


 騒ぎを聞いて、二都達の元に宿屋の店主が駆け付ける。

 店主は破壊された壁や天井を見て、顔を真っ赤にした。


「何してくれてんのさぁ!? 宿をこんなに壊して!」


 店主は怒りの怒りと同時に、二都は指を鳴らした。


「時よ、戻れ!」


 指の音と共に、時間が巻き戻された様に宿が再生していく。


「凄い能力を下らない事に使ったぁ!?」


 アオはこの先この人についていけるか、不安になるのだった。

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