第14話 消せない記憶

 誰にでも忘れられない、長い1日がある。

 アオにとって、まさにこの日がそんな1日だった。

 今日は単純な任務。村に近づく怪しい野盗を退治するだけだった。


 ギルドのメンバーは皆、士官学校からの旧友だ。

 訓練に明け暮れ、騎士としての資格を得た。

 それでもアオ達はギルドを結成することを選んだ。


 皆正規軍にも負けず劣らずの、強者ぞろい。

 アオ達にとって、ただの野盗など敵ではないはずだった。

 

 アオはこのギルドが居心地が良かった。

 稼ぎは少ないが、やりがいのある日々を送っている。

 時には人々に感謝されることもあった。


 こんな日々が永遠に続くと思っていた。

 そう。奴に出会うまでは……。


「フッハハ! この程度が、士官学校を乗り越えた、エリートギルドですか?」


 2メートルはあるであろう、巨体のゴリマッチョ。

 巨大な斧を片手で握り、銀色の鎧で全身を包み込む悪魔。

 仲間の1人に手を掛けながら、高笑いを挙げている。


 野盗が全滅した後、アオ達は謎の人物に襲撃を受けた。

 本人曰く、野盗が雇った用心棒とのことだった。

 その強さは圧倒的であり、重騎士に彼女達は手も足も出ない。


「やめろ……」


 既に大ダメージを追って、アオは動けずにいた。

 多くの仲間が重騎士に殺されている。

 最後の1人だけでも、アオは助けたいと思っていた。


「ですが魂は中々に、キレイですねえ。この私の食事にピッタリです!」


 重騎士は仲間の胸に、自らの手を当てた。

 仲間は白目になり、胸から重騎士の手に向けて黄色い光が放たれる。

 徐々に筋肉が萎縮を初め、肉抜きされたように骨だけの体になる。


「この者の魂も、中々に美しい……。これが誇りとやらですか!」


 アオはこの時、死を覚悟していた。

 もはや勝つための手段を、考える余裕すら彼女にはない。

 それでもせめて、最後まで抵抗を続けようと決意を固める。


 仲間達がそうしたように。アオも最後まで必死で生き抜こうとした。

 そんなアオを見て、重騎士は無防備に背を向ける。


「な、なんのつもり?」

「食べ過ぎは良くありませんからね。今日はここまでにしましょう」

「なっ! ふざけるな! 私とて戦士のはしくれだ!」


 アオは盾を構えて、必死で立ち上がった。

 重騎士はこちらを振り返りもせずに、徐々に遠ざかっていく。

 今なら一撃くらい、くらわすことが出来るはず……。


 アオはそう思い、盾に魔力を込めようとした。

 だが中々呪文を唱える口が、動かない。

 

 ――死にたくない……。ここで奴の機嫌を損ねれば……。

 そんな恐怖が無意識を支配して、アオの動きを止めた。

 動けと必死に祈るが、死への恐怖が彼女の体を拘束する。


「復讐に染まった魂は、私の好物です。せいぜい、憎しみと悔しさを抱いて、生き恥を晒しなさい!」

「ふざけるな……。戦いなさい! 私と……」


 アオの体は全く動かない。戦え。それは自分に対して言うセリフだ。

 重騎士は次第に小さくなっていく。

 その後高笑いを挙げながら、高く飛んでどこかへ去った。


「私と戦え!」


 その叫びが、曇天の空へと消えていく。

──────────────────────────────


「……。夢か……」


 簡易テントの寝袋で、アオは目が覚めた。

 昨日二都が暴れまわったせいで、宿屋から追い出された。

 仕方なく隣町まで、夜逃げするために野宿したのを思い出す。


 嫌な夢を見たものだ。あの時の記憶が、そのまま再生された。

 こんなことは今までなかったのに……。

 消えない嫌な記憶が、アオの胸の中に痛みを残し続ける。


 ふと現在の時刻を確認する。どうやらまだ、朝の6時の様だ。

 いつも7時に起きるアオには、少し早起きだ。

 だが夢のせいで二度寝する気分ではない。


 隣で寝ているユウミを起こさぬように、アオは注意してテントを出た。

 野宿した場所は、森の奥にある湖の近くだ。

 流れる川で顔でも洗おうと、アオは外に出た。


「ふわぁ~。ん?」


 アオは川の上流に、立っている人影を見かけた。

 目をこすって、人影をよく見る。


「二都さん?」


 川に足をつけながら、、二都はアオに背中を見せていた。

 こんな朝早くに何をしているのだろうか?

 アオは咄嗟に木影に、身を隠した。


「召喚! 野球盤! からのピッチングマシーン!」


 二都は2枚のカードを掲げた。すると地面に変化が生じる。

 白い線が四角を描き、角に板のようなものが置かれる。

 二都の前方には、ボールを居れた謎の物体が出現する。


「時速150キロ! バッター構えて……」


 二都は何やら丈夫そうな棒を構えた。

 同時に謎の物体から、白いボールが飛び出してくる。

 とてつもない速度だった。少なくともアオは、飛び出した瞬間から、ボールを捉えることができなかった。


 まさかあの速さのボールを、棒で叩くつもりなのか……?

 アオはゴクリと唾を飲んで、二都に視線を移した。


「うぉ! あぶねぇ!」


 二都は胴体に近づいたボールを、体を捻って回避した。

 ボールは二都の背後に、飛んでいく。

 そのまま木に当たって跳ね返り、空に向かって飛んでいく。


「何しているの……?」


 アオは呆気にとられながら、観察を続けた。

 二都は空に飛んで行ったボールを見上げる。


「ホームラン」


 彼が呟いたのとほぼ同時だった。

 無数のボールが、青い炎を帯びながら二都のもとへ振ってくる。


「なんでぇ!? 一個しか飛ばしてないじゃん!」


 二都は飛んできたボールに向かって、飛び掛かった。

 そのままボールの一つを足場にして、次のボールへ飛び移る。

 徐々に空に近づきながら、ボールからボールに移っていく。


「何をやっているのかさっぱりですが、なんか凄い!」

「はああ!」


 二都は最後のボールを踏み込み、天高く飛んだ。

 そのまま棒、正確にはバットを構える。

 彼に向かって近づく、ボールとは違う物体が存在した。


 白いサンドバックだ。二都は飛んできたサンドバックに向かって、バットを振り回す。

 大きなカキンっと言う音と共に、サンドバックは星になる。


「飛距離、500メートルといったところか……」


 二都は地面に着地しようとした。

 だが運悪くバナナの皮が落ちており、足元を取られる。

 そのまま滑って、腰から転倒しそうになる。


「うお! ジャーマンスープレックス!」


 二都は咄嗟に足を地面に近づけて、腰を曲げた。

 何とか転倒を免れて、体を起こす。


「まあ、こんなところか」

「いや、何やってんんですか? 朝っぱらから……」


 アオは呆れゲージが振り切れて、つい声をかけた。

 二都はそこで彼女に初めて気づき、頬を赤くした。


「貴方、いつからそこにいたの!?」

「ごめんなさい……。ずっと居ました」

「帰って! 帰ってよ! 見なかったことにして頂戴!」


 突然のキャラ変更に、アオは戸惑った。


「私が欲しいなら……。その流れる滝を乗り越えてみなさい!」

「いらないし、流れているのは川ですし……」

「ああそう。ならば好きにしなさいよ!」


 二都はバッドをへし折って、上空に吹き飛ばした。


「ウォーミングアップ終了」

「今のがウォーミングアップだったんですか!?」

「そうだよ。朝は軽く体を動かさないと、眠気が消えないからな」


 アオは改めて二都に、戦慄した。

 あの動きをしても、彼は息切れを全くしていない。

 それどころか、汗すら掻いていない。


 本当に彼にとっては、ウォーミングアップだったのだろう。

 アオには本気を出しても、真似できないような行動だった。


「アオか。随分とうなされていただろうけど、大丈夫か?」

「ええ……。まぁ……。って、"だろう"って何ですか?」

「何って……」


 二都は親指で、自分の事を指した。


「俺が見せたから」

「ええ!? 何してくれちゃってるんですか!?」

「一々お前らの事情なんて、聞いてられるか。記憶をちょっくり探らせてもらった」


 アオは二都に記憶を吸われていたから、嫌な夢を見たのだ。

 

「大体都合よく、過去の映像が夢で流れる訳ないだろ。あれは演出だ」

「確かに見たことないですけど、言いきっちゃった!」


 アオは大きなため息を吐いた。彼女は強くなるために、二都と行動をともにしている。

 全てはあの重騎士に復讐するため。仲間の仇を撃つためだ。

 それなのに肝心の二都が、こんな様子では強くなれる気がしない。


「一応聞いておきますけど、私達の仕事は理解していますよね?」


 二都が依頼されたのは、クティ・オリジンの無力化だ。

 生死は問わないと言われたが、簡単に済む仕事ではない。

 まずクティは上級貴族だ。当然多くの護衛がいるだろう。


 更にクティ事態も聖騎士の1人であり、実力相当のもの。

 おそらくタイマンでも、アオに勝機はないだろう。


 ちなみに依頼者の元老院は、監視目的で二都達に同行している。

 彼の実力は未知数だが、それでも劣勢は覆せないだろう。


「安請け合いしましたが、とても私達で勝てる相手では……」

「俺はこの目で見たものしか、信じない主義なんだ」

「は?」


 二都の突然な物言いに、アオは混乱した。

 彼はカードを取り出して、指の上で回す。


「情報は簡単に、捻じ曲がる。中継点が多いほど。遠ければ遠いほど、真実は遠くなる」

「真実……。二都さんは、あのローブの人を信じているのですか?」

「それを確かめるためにも、クティとやらに近づく必要がある」


 アオは意外な言葉に、面食らった。考えなしに見えた二都だったが。

 彼は彼で、色々考えて行動していたのだ。

 普段のおとぼけた二都と、たまに真面目になる二都。どちらが本物なのだろうか?


 きっとそれも、自分の目で見て判断するしかないのだろう……。

 それに。この底知れぬ強さなら、もしもの可能性がある。

 そんな風に視点を心に向けていると……。


「アオ!」


 突然二都がアオの事を、突き飛ばした。

 ほぼ同時に、アオが先ほどまでたっていた位置に何かが飛んでくる。

 それは黄色に光る、矢の形をした何かだった。


「ほう。我が一撃を察知し、咄嗟に仲間を助けましたか」


 アオは矢が飛んできた方向へ、視線を動かす。

 そこには小柄ながら、白いマントを着た男性がいた。

 十字架の描かれた帽子を被っており、見た目は神父のような人物だ。


 アオは再び矢に、目線を移す。いくつもの木を貫通して、地面に刺さっていた。

 もしもあんな一撃をくらっていたら、大けがしていただろう。


「私、中央教会魔術師のスライドと言います」

「なんで俺達を襲うんだ?」

「老いぼれ達の裏切りなど、私達は察知していたのですよ」


 中央教会魔術師。その肩書だけで、アオは背筋に汗を流す。

 教会の魔術師は、高位の魔力を操るものだけが所属できる。

 特に男性の被っている帽子は、高位司祭のものだ。


 つまり目の前の男性は、相当な魔術師なのだろう。

 アオは盾を構えて、警戒心を強めた。


「貴方達に恨みはありませんが、これも結社のため。死んでもらいますよ」


 それだけ言い終えると、スライドは術式を唱え始めた。

 それなりの魔法を使えるアオにも、聞き覚えのない魔法だ。

 

「この俺を殺すだと? 愚か者め」


 二都はその場で指を鳴らした。

 するとどこからともなく、ボールが飛んでくる。

 それはスライドの股間に命中。彼は術式を中断して、当たった箇所を抑えた。


「痛ぁ! 何これ!? 固ぁ!」

「ここは俺の野球盤の上だ。したがって……」


 二都は再び指を鳴らした。

 次の瞬間、スライドの頭上にたらいが出現。

 そのまま彼の頭に激突。鈍い音と共に、スライドはよろけた。


「この俺がルールだ!」


 二都の叫びと共に、地面に丸い穴がいくつか出来る。

 そこからバットを構えた、人形が現れた。


「よって全てが、俺の力加減によって決まる!」

「そんな無茶苦茶アリか!?」


 先ほどまでクールに決めていたスライドに、焦りの色が見える。

 二都はピッチングマシーンを持って、スライドに向けた。


「秘儀、千本ノックじゃぁ!」

「ぎゃあああ!」


 ピッチングマシーンから発射された、いくつものボール。

 それらが一斉にスライドに、飛んでいく。

 常人には捉えられない速度で、スライドは全く反応できない。


「いっかねぇ、速度新幹線級にしてた」

「絶対わざとですよね!?」


 二都は無視して、スマホを取り出した。

 一回だけ画面をタッチ。すると、スライドの立つ地面、パカッと空いた。

 千本ノックでふらふらのスライドは、出来た坂道を転がった。


「更に消える魔球! からの……」


 スライドは坂道を転がり、穴から落ちた。

 二都はそのタイミングで、指を鳴らす。

 すると大きな振動と共に、穴から炎とスライドが飛び出してきた。


「地底火山噴火」

「無茶苦茶だぁ!?」


 火山噴火に巻き込まれたスライドは、地面に投げ出された。

 魔法でシールドを張ったのか、緑の球体に包まれている。

 炎は事なきを受けたが、摩擦でダメージを負った様だ。


「よくもこの私をここまで、コケにしてくれましたね……」


 シールドを解除しながら、スライドは眉間にしわを寄せた。


「絶対ぶっち殺す!」

「良いだろう……。第2ラウンド開始だ!」

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